第二十五話 戦線布告

 七月十五日、期末試験が近くなり一層焦っている僕はもはや電車内でも勉強するくらいには切羽詰まっていた。二十三日から始まる四日間の期末試験、勉強自体はそれほど苦手意識は無いが、今となっては話が別で、やるべき事が山積している。僕は駅に着いてからも早歩きで学校に向かった。学校に着くとやはり虹原はもう来ており、虹原も試験勉強をしていた。お互いに軽く挨拶を済ませるとそこから喋ることはなかった。だが、僕はどうしても能力者のことを考えてしまう。本当に僕らに危害を加えないなら、僕はもうダイバーについて考えるのはやめようと思っているはずだった。

「ざわ……あいざ……おーい、藍澤?」

 思いもよらぬ呼びかけに思わずはっとする。僕は顔を上げると訝しげに僕を見る虹原がいた。

「なんか、今日のお前上の空だな、なんかあったのか?」

「別に何も無いよ。考え事してるだけだよ。」

僕は何事も無かったように参考書のページをめくるが、もう遅かった。

「あのな、まずお前が開いてるページは試験範囲外なんだよ。」

えっ、と思い、自分が開いたページを見るとそれは前回の試験範囲だった。こうなればもう言い逃れはできないだろう。

「何に悩んでるかなんて詮索はしないけどよ。まぁ、頑張れよ。」

そう言って虹原はまた前を向いた。僕が一体どんな悩みを持っているのか、そこを詮索せずにただ応援だけに留めた虹原に感謝しながら、僕は今回の試験範囲のページまでめくり、目を通した。



 

 七月十五日朝、俺が起床し登校の支度をしていると、珍しくインターホンが鳴った。怪しみながらも玄関へ行き、覗き穴から見ると、そこには朝にも関わらず加賀がニコニコしながら立っていた。俺は深くため息をつき、ドアを開ける。

「どういうつもりだ?相変わらず学校には行ってないみたいだが。」

すると加賀は狼狽える様子もなくニコッと笑い、

「いやぁ、だって昨日あの能力者たちの一人と会って、あんなこと言われたじゃん?どうするのかなぁって。」

俺はまた小さくため息をつき、

「どうもしない。警告はした、彼の出方を見るだけだ。」

「でも、上條君なら大丈夫だと思うよ。いかんせん能力の使ってる時間が段違いだ。」

俺は昨日の出来事を思い出し、フッと笑うと

「にしても彼は馬鹿な奴だ。」

「たしかに、これから戦う相手にあんなこと言わないよね。」

二人は不敵な笑みを浮かべる。

「まったくだ。」

俺は少し呆れたようにまたため息を吐き、ある疑問を持った。

「加賀、どうしてこんな朝から俺の家に来たんだ?」

「え〜、それは、その…」

さっきまでとは一変し、加賀は目を泳がせる。

「また家を抜け出して来たのか。家族が心配するだろ?」

図星だったのか、加賀は慌てた様子で、

「ま、まぁ問題無いよ。僕不登校だし。」

と、大した理由にもならないことを話す加賀に、

「はぁ……お前は良くても家族はよくないだろう。ただでさえ不登校なのをどうこう言うつもりは無いが、朝から一人暮らししてる高校生の家に来るのはダメだ。何のために来たんだ?」

「いやぁ、能力者同士の戦いを間近で見たいからそのためには、一緒にいるのがいいでしょ?」

加賀は目をキョロキョロさせながら、両手の人差し指を胸の前でくっつけたり離したりを繰り返している。俺はまた深くため息をつき、

「とっとと家へ帰れ、これは遊びじゃないんだからな。」

ドアを閉めた。すると加賀はこのケチーッと迷惑にも朝から大声で叫び、走っていったようだった。

 

 七月十四日午後四時頃、俺はある人物に会うために加賀からの情報をもとに、加賀と一緒に都内の大学の近くまで来ていた。

「中にまだその男はいるか?」

「多分ね、大学だから授業によってはそもそも大学には来ていないかもしれないけど。」

上條の問いに加賀は校門を眺めたまま答えた。

「見つけたら教えてくれ。」

「はいはーい。」

と言って加賀は相変わらず大学の校門から十メートルほど離れた電柱のそばに立っている。今から会う人物は加賀が見つけた能力者たちのリーダー格と思われる人物で武田、というらしい。声は分かっており、容姿もある程度把握しているようなので、加賀に任せている。

「いた!」

俺が到着してから三十分後、加賀の歓喜の声が耳に入ってくる。俺も加賀が見ている方向を見る。

「あいつだよ、あの茶髪のやつ!」

加賀は少し興奮気味だった。

「落ち着け、じゃあ後は俺が話するから、ちょっと待ってろ。」

「えー、僕も一緒に行きたい、いいでしょ?」

上條は呆れた様子で反論する。

「ダメだ。第一、お前は能力で聞けばいいだろ。」

加賀は残念そうにえぇ〜と言うと俺にブーイングをしてきた。俺はそれをスルーして武田と思われる人物の元へと向かう。幸い、向こうは一人だった。恐らく彼は最寄り駅に向かうと思われるのでそこまでに話しかけたかった俺は、半ば強引ではあるが後ろから彼を追い越し、彼の数メートル先で立ち止まり振り返った。目の前の人がいきなりこちらを向いてきたことに、武田と思われる人物は動揺していた。それは無理もないことなので、俺は早速本題に入った。

「お前が武田か?」

「は、はぁ…俺が武田ですけど…」

武田はこの現状を理解出来ずにいた。が、次の俺の一言で目の色を変えた。

「もうダイバーの邪魔をするな。」

武田は俺が何者なのかを理解し、目つきを変えると身構えた。

「安心しろ、こんな場所で戦うつもりはない。今日は最初で最後の忠告に来ただけだ。」

俺は武田との戦闘意志が無いことを示すために、一応両手を上げた。

「どうして、人を攫う?」

武田の質問に俺は解答に悩んだ。ここでいじめ被害を受けている人のためと言えば、彼は納得してくれるだろうか、下手に目的を明かさない方が良いか、だが明かしたところで彼らに目標を事前にマークするのは人数的にも能力的にも不可能だろう。そこまで考え、俺は武田に話すことにした。

「俺はいじめに遭ってるやつを助けるために攫っている。」

「いじめ…か。」

武田は俺の意図が分かったのだろう、俯き、考え事をしているようだった。俺はそのままこの場を立ち去ろうとした。

「分かったなら、もう手を引け、これ以上関わらなければお前たちに手出しはしない。」

「ダイバーはどうして俺らを襲ったんだ?」

「……。」

俺は説明できなことを聞かれ、黙ってしまった。

「ダイバーにはお前たちを襲うような命令は下していない。」

俺は正直に答えた。

「だが事実は違う。一体俺らがどれだけ怯えたと思ってんだ。」

武田の語気が強まっていく。俺はそれでも怯まずに提案する。

「分かった、なら俺もダイバーと同行する。そうすればお前たちを襲う前に俺が能力でダイバーを抑えればいい。これでどうだ?」

「それじゃあ、安全は保証できてない。それに第一、俺はお前の邪魔をしないと言ったわけじゃねぇだろ。」

武田は改めてこちらに鋭い目線を向けてくる。

「なるべく戦いは避けたいんだが…」

俺は武田からの目線に臆することはなかった。しばらくの沈黙の後、武田が口を開く。

「俺はお前を止めたい。だがな、これはあくまで俺個人の話だ。さっき、お前たちって言ったよな。つまり俺の仲間のことも知ってるって訳だ。俺は一人でお前と戦う。他の奴らに手ぇ出すんじゃねぇぞ。」

「それを敵である俺が聞く耳を持つと本気で思っているのか?」

「持ってもらうしかねぇな。力ずくでも。」

武田はいたって本気のようだった。加賀からは武田の能力は斧を使うものだと聞いている。先日ダイバーを倒したのも彼だろう。ならば彼はかなり強い。だがしかし、それでもこの提案をするには無理がある。他人を巻き込まない優しさはあるが、巻き込まれる危険性を考えていないような感じだ。もし俺が武田の友人を人質にでも取れば、彼は戦うことを放棄することは目に見えている。だがそれでも俺にこんなことを話すのは友人を守る手段があるか、それとも筋金入りの馬鹿なのかのどっちかだが、今の時点ではまだ分からない。

「いいだろう。次会った時から俺とお前は正真正銘の、敵同士だ。」

俺はそう言い残し、その場を立ち去った。武田が俺に何かをする気配は無い。武田との距離が十分離れた所で加賀と合流した。加賀は何故かワクワクしているようで、盗み聞きした俺と武田の会話についてペラペラ喋っている。俺はそれを適当に聞き流しながら帰路についた。まだまだ太陽が俺たちを照りつける、そんな暑い日だった。

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