第二十四話 邂逅

 七月十四日、僕は部屋に鳴り響くアラームを止めてからカーテンを開けた。今日は台風が徐々に近づいていることもあり朝から雨が強く降っている。ダイバーを倒したのは良いものの、もう期末試験が近づいていることもあり僕は少し焦っていた。手早く朝食を取り、学校へ向かう。昨日は結局家に帰ったのは夜で、親には友達と遊んでいたと、適当に嘘をついた。親からは小言を言われたが、大して気にせずにその日は就寝した。

 学校に着いてからは、今まで通り虹原や鈴林と馬鹿みたいな話をして盛り上がったり、授業を受けたり、久しぶりに部活に行ったり――顧問の先生には部活に来ていなかったことを少し怒られたが――能力を得る前と同じような一日を送った。そして夕方あたりに帰宅するために校門を出て、ふとスマホを見ると、武田さんから連絡が来ていた。

「ダイバーを生み出した能力者がいて、今日会いにきた。」

その連絡を見て、僕は血の気が引いていくのを感じ、瞬時に理解した。ダイバーを倒して終わりじゃない、僕らの戦いには続きがあり、今度は正真正銘、能力者同士の戦いになるということ、そして今度はただじゃ済まないかもしれないということを。僕は新たに芽生えた恐怖心から手が震えたが、なんとか武田さんに今から会えないですか、と送った。武田さんからはすぐに大門地の家で会おうと返信が来たので、僕はすぐさま向かった。恐怖心から息遣いは荒かった、普段ならなんとも思わない道のりがダイバーのことを考えているせいか、今日は気持ち悪く見える。大通りを駆ける時も、住宅街を駆け抜ける時も、時間がゆっくりに感じていた。恐らく思考を頭の中で駆け巡らせているからだ。しかもその思考はどれも自分にとって良い事ではない。ダイバーを生み出した能力者がいるなら、その能力者は僕らを邪魔に思っているだろう。そうなればどんな手段を使ってくるか分からない。もし能力者同士の戦闘になれば、ただでは済まないだろう。だからこそ、今はすぐにでも武田さんと合流したいと考えた。太陽がいたずらに僕に照りつけ、全身からは汗が噴き出しているが、そんなことはお構いなしに僕は走り続けた。

 大門地の家に着くと、まだ武田さんは来ていないらしく、大門地は事情を知っているらしかたので、僕を家の中に入れると、落ち着いた様子で麦茶を出した。

「武田さんはまだ来てない?」

「あぁ、まだ来てないぞ。」

大門地もやはり心配なのか、普段より声に元気がなかった。僕は食卓の椅子に座り、麦茶を一口で飲み干し、息を整えると大門地にまた話しかける。

「どうして能力者はダイバーを生み出したと思う?」

現時点ではこの質問をしたところで無意味だと分かっていても、気になって仕方なかった僕は大門地に聞いた。僕と同じく麦茶を飲んでいた大門地はコップをそっと置くと、

「分からないけど、何か目的があったんじゃないか?そのために人を攫っていたんだと思うぞ。」

もちろん大門地も、確信がある訳ではないだろうが、誘拐事件と関係があるのは明白だろう。

「人を攫って、やりたいこと…。」

そんなことがあるのだろうか。数々の誘拐事件を引き起こし、人を苦しめる事に何の意義があるというのか。犯人への怒りもさることながら、他にも気になることはいくつもあった。なぜ武田さんに接触したのか、どうやって武田さんのもとに辿り着いたのか。考えることが多く、僕らはその後も話し続けた。だが、やはりどれも憶測の領域を出ることはなかった。お互いに黙ってしまっていた時、唐突にインターホンが鳴った。大門地が玄関へ向かった。ほどなくして、居間のドアが開き、来客を見ると、やはり武田さんだった。特に怪我などはしていないようだが、武田さんの表情は強張っており、緊張感が伝わってきた。武田さんが僕の向かい側に座るなり、僕は武田さんに質問をぶつけた。

「どんな人でしたか?」

武田さんは僕の目を見て、少しうんざりしたような顔をしながら答えた。

「俺らとほぼ同い年くらいの男だった。ダイバーの邪魔をするな、これ以上は俺も黙っていない、って言われたよ。それによほど自信があるのか、顔も見せてきやがった。」

「武田さんに会った目的って分かりますか?」

「恐らくダイバーを倒したことで、俺たちは奴の計画を邪魔したんだろう。計画の内容までは分からないけどな。」

武田さんは徐々に冷静さを取り戻し、分析し始めた。

「どうして僕たちがやったって分かったんでしょうか…。」

僕が疑問を言葉にすると、武田さんは食い気味にまた話し始めた。

「そこだ。俺が一番怖いのは俺や藍澤だけでなく、他の奴らにまで危害が及ぶかもしれないってとこだ。俺たちがやったって分かってるってことは、それを知る手段があるってことだろ?どうやって知ったのか、そこが問題なんだよ。」

彼の表情は険しかった。

「これから、どうしますか?」

「恐らく、ダイバーの活動はこれからも続く。これ以上手を出すなっていう警告だろうさ。だから…」

武田さんはそこで言葉を区切ると、大門地が準備した水を飲み干し、テーブルに置いた。三人とも黙り込んでしまった。

「俺は手を引こうと思ってる。」

重苦しい空気の中、武田さんの言葉が静寂を打ち破った。

「でも、それって被害者を見捨てるって事ですよね?」

「あぁ、だが俺たちが戦ったら、大門地、霧島、四条、紅、それだけじゃない、それぞれの家族にだって危害が及ぶかもしれない。そうなったら、俺は責任は取れない……。」

武田さんの言葉は苦渋の決断だったことを彼の強く握りしめられた拳がまじまじと物語っていた。そして武田さんは唇を噛み、俯く。武田さんの言っていることは決して間違いではない、友人や家族を危険に晒してまで闘う必要があるのかは僕も疑問を持つ。そもそもダイバーを倒すと決めたのは僕だ、武田さんは手伝ってくれたが、言い出したのは僕なのだ。そのことが尚更申し訳なかった、僕が言い出さなければこんなことにはならなかったのだから。

「このことは皆にも話しておこうと思う。今日藍澤を呼んだのは、説得するためだったんだよ。 お前、また戦おうって言い出すんじゃないかって思ってな。」

「僕一人じゃ戦えません、武田さんがいたから出来たんです。その武田さんが戦わないなら、僕も…手を引きます…。」

武田さんの言葉に僕は悔しさを滲ませながらも頷かざるを得なかった。大門地も武田さんもそれに気づいているだろうが、あえて何も言わなかった。だが実際、これこそが最善の道かもしれないと思ったのも事実だ。

「じゃあ、先に帰ります。」

そう言い残し、僕は大門地の家を出ようと玄関へ向かう。背中越しに武田さんが、ごめんな、と言ったのが聞こえて、また悔しくなったが何も言わずに外へ出た。帰りの電車の中で、僕はどうしても気になり、武田さんに会った能力者のことを考えていた。相手の能力者は一体どんな目的でこんなことを続けるのか。ただ人を攫う非道な人間ならば武田さんにわざわざ忠告などせずに攻撃するのではないか、実は他に目的があるんじゃないか。妄想の域を出ない思考を風船のように膨らませていたが、意味が無いと理解した瞬間パーンと吹き飛んだ。数多くの疑問はあれど、もうダイバーに関わることは無い。だからこんな事を考える必要もない、そう僕に言い聞かせ、窓から外の流れる風景を眺めていた。




――同時刻、大門地宅――

「ほんとのところはどうなんだよ?武田…」

 藍澤が帰宅した後の大門地の家でクーラーの音だけが聞こえる空間を打破するように大門地が口を開く。

「ほんとのところってなんだよ。別に嘘はついてねぇぞ。」

 平静を装う武田に、大門地は呆れたように口を開く。

「はぁ、あのなぁ、どれだけウチがアンタのこと見てきたと思ってるんだ。どうせ、一人で戦うつもりだろ?」

しばしの沈黙の後、観念したように武田が口を開く。

「全く、大門地にはかなわねぇな。気づいてたのか?」

「当たり前だぞ、お前は他人を巻き込まないで一人で何とかしようとするタチだからな。」

大門地はしてやったりというふうにドヤ顔をしている。

「藍澤は一人じゃダイバーと戦おうなんて思わなかっただろ?あいつの誘いに乗っちまった俺の落ち度だよ。俺が一緒にやるなんて言わなけりゃ、今でもあいつはただの高校生だったんだ。」

武田の言葉には後悔や哀愁のようなものが漂っている。

「ほんとに一人でやるつもりなのか? 一人でやるには限度があるんじゃないのか?」

「あるだろうが、やらない理由にはならないだろ。」

そう言った武田の目は決意に満ちていた。

「今度はウチが白旗上げる番だ。いつでも家来ていいぞ、ご飯出してやるから。」

「それさえあれば、何の心配もいらねぇじゃねぇか。」

武田は笑い、そんじゃ、と言って大門地の家を出ようとした。大門地は武田の帰り際に合鍵を一つ渡した。それを受け取り、武田はありがとな、と穏やかに言って、家を出た。

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