第二十三話 弱者

 ある日の夜、俺は自分のベッドの上で横たわり考えていた、というより、考えれば考えるほど自分の慢心さに対する苛立ちから、自分に腹を立てていたと言った方が正しい。。その理由はただ一つ、土人形の消失により目的を果たせないことだ。土人形の消失が自分の鍛錬不足によるものならともかく、他の能力者によるものならば今後も起こることだ。その能力者、もしくは能力者たちを排除しなければならない。そのために俺は今までの土人形の行動について考えた。俺が作り出した土人形は俺の指示を聞く。それに記憶能力、学習能力もあり、何より材料となった素材に潜る事が出来る。そしてこれは自分で試して分かったことだが、土人形が潜るとそこには特殊な空間があり、その空間内では呼吸ができ、これを利用し人を攫っている。そして土人形にはターゲットの写真を見せることで記憶させる。記憶させれば、後は土人形にそのターゲットをロストシティの連れてこさせるだけだ。だが、ここでも問題があり、絶対に土人形は他人の目、もしくは監視カメラなどに映ってはならない。俺はこれを最優先事項として土人形に命令している。恐らく俺の目的に合わせてこの能力が成長したからなのかもしれない。だが、つい先日土人形が消滅した、それも他の能力者によって。俺はその能力者と接触を図るべきだろう、しかしどこにいるか分からない。時計の秒針がカチ、カチと時を刻む音だけが聞こえるこの静寂な空間で俺はしばらく考え込んだ。

「そうか。」

俺を体を勢いよく起こすと家を飛び出て、夜の住宅街を駆けた。向かう先はロストシティ、土人形を生み出す場所だ。立ち入り禁止と看板がかけられたフェンスをよじ登り向こう側へ渡ると、周りに誰もいないことを確認し、さらに奥へ向かっていく。アスファルトで出来た道の周りにはビルや住宅だったと思われるものの鉄筋がはみ出したコンクリートの残骸が転がり、もはや原型を留めていない建物らしきものがそこら中に見てとれ、場所によっては崩れた瓦礫で道が塞がれている場所もある。隕石が落ちた当時、俺は東京近郊で産まれたので、何年か経ってから映像で当時の状況を見た。俺は慣れた足取りでいつもの場所へと向かう。ロストシティに入ってから四十分以上経ったところで目的地に着いた。そこは俺が土人形に攫ったターゲットを連れて来させる場所だ。ここには一階と二階の間の天井が残り屋根代わりになっていて、一階の柱は剥き出しになりつつもほぼ全てが残っており、周りに比べて隕石落下前の当時の面影が残っている建物だ。建物の脇にあるアスファルトの道の上で立膝をつき、両方の手の平を地面につけた。すると俺の目の前のアスファルトの一部がゴゴゴと唸り声を上げものの数秒で見慣れた姿へと変わっていく。そして先日と同じターゲットの写真を見せる。

「今回は俺も連れて行け。」

そう言うと物言わぬ人形は俺を片腕で抱えて、下半身から地面へと体を沈めていく。一瞬息が出来なくなるのではという恐怖を味わうが、久しぶりに見るその空間は前と変わらずどこまでも黄土色のもやのような景色が続いており、どこまで進めば果てに辿り着くのか分からなかった。以前ダイバーの腕を離れ、立とうとしたが地面という概念は無いらしく、水中にいる感覚だった。不思議な気分を味わうが、それを気にすることなくダイバーは空間内を進んでゆく。歩くより遥かに速いスピードだが、この空間内では風を感じることはほぼない。何か少しねっとりしたようなものが体にくっついたかと思うと一瞬で後方へと流れていくのが連続して続いていくような感じだった。そしてターゲットに近づいたのだろう、土人形は徐々に速度を下げる。そして歩くスピードとほぼ同じ速さになったと思った次の瞬間、土人形は勢いよく加速した。俺は一瞬目を瞑ったが、微かに目を開くと、そこには何が起こったか理解しておらず、間抜けな表情をしたターゲットの顔があった。

 ターゲットを拉致してから約三十分後、アスファルトで人形を生成した場所に戻った俺は、人形をアスファルトに戻し、建物内のパイプ椅子に向かって仁王立ちしていた。目隠しされ、足はパイプ椅子に、腕は後ろで交差された状態で縄で縛られたターゲットは必死に身体をじたばた動かして叫んだ。

「おい! なんなんだよ、これ!」

今までのターゲットの経験により、叫び声を聞くのは慣れていた。

「今どんな気分だ?」

俺は相手を試す気分で質問する。

「何?…どういうことだ?」

ターゲットは未だに状況が理解できずに体をじたばたするのを止め、困惑している。

「お前がここに連れてこられた原因は分かるか?」

俺はさらにターゲットを試すような質問を繰り返す。

「そ、そんなん知らねえよ!」

自分の罪に気づいたのを隠そうとしているのか、見知らぬ人間に急に誘拐され正常な精神状態ではないためなのか、声は震えている。

「いいや、お前は分かっているはずだ。よく考えろ。」

俺は語気を強め、怒りを込めていく。

「そ、そんなこと言われたって、知れねーよ!」

今回のターゲットはあくまでしらを切るつもりらしい。

「本田壮太という生徒を知っているな。」

俺はそんな彼にいきなりとどめを刺すように現実を突きつけた。

「そ、そいつは……。」

やはり図星を突かれたのか、彼の反応は一気に勢いを失っていく。すると彼は諦めのか、ついに口を開く。

「お、俺は悪くない。」

ここからのターゲットの言動は人によって変わっていく。今回の場合は現実逃避をするらしい。

「あいつが悪いんだ、あいつが俺に反抗してきたんだ……!」

ターゲットは今になってわなわなと怒りが湧き上がってきたようだ。だが本来その怒りは誘拐犯である俺に向けるべきだ、それを今名前が出た本田に向けているのはお門違いというものだ。

「そうだ、全部あいつが悪いんだ、あいつのせいでこんな目に……!」

俺の存在など忘れたかのように勝手に責任転嫁をする彼を俯瞰しながら、今回はこういうパターンかと冷静に分析すると、俺はターゲットにさらに追い打ちをかける。

「それは本当に本田のせいなのか?」

俺は目隠しをするターゲットに質問をした。

「あいつがお前にチクったんだろ? そのせいで今俺はこんな目に遭ってんだ、あいつ以外に原因なんて無いだろ!」

そう言ってのけるこいつに俺はすでに嫌気がさしてきていた。

「じゃあ、お前は自分の行いにやましいことは何も無いと思っているのか?」

「そ、それは……。」

こいつの威勢の変わりように俺は深くため息をついた。

「いいか、この世で最も弱い部類に入る人間の種類を一つ教えてやる。」

俺は続けざまに言い放った。

「いじめをする人間だ。」

彼はすでに何も言わずにただ黙って聞いている。もう抵抗しても逃げられないと悟ったのだろう。

「何故だと思う? 一見強者の仲間に見えるお前が何故この世で最も弱いのか。」

俺は一応こいつに質問してみたが、当の本人は黙って何も言う気配は無い。

「まずいじめによって得られるのは何か、それは他人より自分が優れていると錯覚することにより感じる優越感だ。」

彼は図星を突かれたのか喉をゴクリと鳴らした。俺はそれを見逃さずに畳みかける。

「そしてその優越感が失われた時に感じるのは喪失感だ。」

ターゲットがビクッと震えた。

「もしいじめをしなくなったら自分のクラスでの立場はどうなるのか、不安になることはないか? 一緒にいじめをしていた友達が離れていくんじゃないか、今度は自分がいじめを受けるのではないか。」

威圧的な俺に対し、ターゲットは肩を震わせるだけで何も喋らなかったが、一筋の涙が頬をつたっていくのが見えた。

「だからお前は弱いんだ。いいか、お前はいじめをして人の上に立っているんじゃない、立たせてもらってるんだよ。いじめをしなきゃお前は優越感なんて得られないんだからなぁ!」

俺は声を荒げた。彼は一際強くビクッと身体を動かし、むせび泣くようになった。そして俺はそんな泣いているターゲットの髪を掴み、怒りをぶつける。

「そんないじめの対象に依存して生きているお前は、この世界で一番弱いんだよ。」

感情的になりすぎないよう意識はするが、俺の手も怒りで震えていた。彼を軽蔑と怒りの意味を込めて睨みつけた。

「す、すいませんでした! お。俺が悪かったです! だから……許して……!」

彼は一際大きな声で泣きだしたかと思うと、涙でみるみる顔をぐちゃぐちゃにしていた。俺はそいつをの髪を離し、冷静さを再度取り戻して話し始める。

「あぁ、俺はお前を許すし、すぐに家に帰してやる。」

彼はほっとしたのか、泣き叫ぶのを止めた。

「だが、その前に罪を償え。」

「え?」

何を言われているのか理解できなかったのか、ターゲットは間抜けな声を出した。そして直後、この日一番の悲鳴を上げていたが、俺は無感情のままに聞き流した。



俺はまた同じように人形を作り出し、彼をロストシティ外に運ばせた。人形が俺の元を去ると同時に柱の影からコツコツと足音が聞こえ、俺はバッと振り向いた。

「そんなに驚かないで。僕だよ。」

そこには俺の協力者である加賀が柱の影からスタスタと歩いてきた。加賀は身長が一六〇センチほどの痩せ型で、黒髪をストレートに適度に伸ばし、高校生ながらも童顔だ。普段はほとんど家から外へ出ないので色白だが、時折会いにくる。

「なんの用だ。こんな時間に来るとは珍しいな。」

普段俺と加賀が直接話すことはほとんど無い。だからこそ、この時間に加賀が来ることは異例だと言える。

「いやぁ、最近どんな感じなのかなぁと思って来てみただけだよ。」

「そうか。」

俺は口ではそう言ったが、それだけの理由で加賀がここに来るとは思えなかった。俺は加賀をずっと見つめていると、観念したように加賀が話始める。

「最近、ダイバーが戻ってこなかったらしいじゃない?」

「ダイバー?なんだそ……なるほど、そういうことか。」

聞き慣れない単語に反射的に聞き返しそうになったが、ダイバーがダイブするもの、つまり潜るものだと推理すれば俺の生み出す人形をダイバーと呼ぶことは筋が通っている。そしてその呼称を俺は言った事がないので、他人がそう呼んでいる、と推測できた。ここで問題はその呼称を誰が呼んでいるかということだ。俺が険しい顔をしていたのだろう、加賀はさらっと答えを言った。

「君と同じ能力者だ。どうするつもりだい?」

加賀の言葉に俺は安堵した。

「何人いる?」

「恐らく五、六人てところだね。」

 俺は淡々と会話を進める。

「一人ずつやるか。」

「うん、それが妥当だね。」

俺は彼を見た。

「……本当にお前の力はすごいな。」

俺はフッと笑った。

「僕の力、いや能力にかかればこんなもんだよ。」

加賀は胸を張り得意げだった。

「その能力者たちは俺の存在を知っているのか?」

俺の問いに加賀はすぐに切り返してくる。

「いーや、あれは知らない感じだったよ。ダイバーを倒したってことでお祝いパーティしてたくらいだからね。」

「お祝い?」

俺は理解できずにいると、加賀がてきぱきと説明を始める。

「彼らはダイバーに命を狙われる危険があると思っているんだよ。実際彼らはダイバーに襲われた経験がある人ばかりだったようだしね。」

「馬鹿な、俺は土に…ダイバーにそんな命令を出した覚えはない。」

「これは僕の予想なんだけど、ダイバーに意思があるんじゃないかな?」

「意思?」

今まで考えたこともなかった事に思考が追いつかなかった。

「ダイバーが自分の意思で他の能力者を襲ったかもしれない。」

俺は無言で思考を巡らせた。今まで自分の操り人形だと思っていたダイバーに実は自我があった、もしくは自我を持ち始めたとして、能力者を攻撃する理由はなんだろうか。考えもしなかった事が次々に頭の中を駆け巡る。それぞれが俺を悩ませ、思考の渦へと引き摺り込み、俺は呑まれていった。そう悩む俺に加賀は彼なりの推理を始める。

「元々僕らの力は何なのか。それから考えないといけないと思うよ。」

「お前はなんだと思ってるんだ?」

ただ冷静に加賀に聞き返す。

「前に能力者たちの会話を聞いたとき、彼らは僕らと同年代だったんだ。恐らく年齢に関係があるんじゃないかな?」

この能力の出自については神様からの贈り物だと勝手に解釈していた俺にとってどうでもいいことだった。

「いや、そんなことは考えても分からないだろ。情報が少なすぎるし、俺のやる事が変わるわけでもない。まずはその能力者たちをなんとかする。」

俺はそう言い放ち、加賀との会話を終わらせ、帰宅しようとした。加賀は軽く返事をして俺についてくる形でその場を後にした。

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