第十話 共通点
手から放たれた能力によって生み出された火の玉はもはや魔法のようだった。
「これを今日訓練してもらうわ。」
紅は両手を軽くたたくと僕に話しかけてきた。
「イメージとしてはためて、撃つって感じ。藍澤君ならそこまで時間はかからないと思うわ。」
紅に言われてなんとなく想像はできるが実際にやるのとは違う。試しに紅がやったように真似したが、開いた手のひらから少し氷の粒が出て、地面に落ちて儚く砕け散るだけだった。その後も何回か同じことをやるが、どうも上手くいかなかった。僕が顔をしかめていると
「少なくともこれができるとダイバーと戦う時の基本は身に着いたと言えるわ。」
彼女に言われて僕の今日の目的を果たすことにした。何故だかこの話をすることを避けている気がした。
「少し前から誘拐事件が起きてるけど……犯人は、ダイバーだと思う?」
紅はうーんと人差し指を顎に当てて上を向いて数秒考えると
「あまり考えられないかな。」
「どうして言い切れるの?」
「ダイバーが活動している時、私たちは存在を感知出来るわ。でも私たちが感知するときは例外無く能力者が襲われている時なの。だから一般人を襲っているとは考えにくいわ。」
「そうかぁ…」
これほどあっさり否定されるとは思ってなかった。なので、ダイバーが犯人だという仮説を立てたまま話をすることにした。
「じゃあ、もしダイバーが犯人だった場合、紅は戦う?」
紅はまた数秒考えて答えた。
「戦わないかな。私は戦うためにこの能力を使いこなしてる訳じゃないからね。」
「じゃあ、どうして訓練をしたの?」
「人に知られたくないからだよ、この力を。万が一この力を人前で使ってしまったら、私はきっと普通の生活が出来なくなってしまうから…」
そう彼女は寂しそうに言った。彼女がこう考えるのは何も不思議なことではない。この人ならざる力が周りに知られれば、今までの生活をすることはほぼ不可能だろう。僕もこの力を知られたくない。
「藍澤君はダイバーが犯人だってわかったら、どうしたいの?」
逆に質問され、答えようとしたが、即答はできなかった。
「分からない。放っておくかもしれないし、もしかしたら戦うかもしれない。」
なんとも歯切れの悪い答えだったが、本心だった。そう簡単に決められるものじゃない。もしダイバーが犯人の場合、自分はどんな決断を下すのだろう。きっと誰にも分からないだろう。
「私たちがこうして集まったのはね、きっと自分以外にも同じ悩みを持っている人がいることを知ることができるからだと思うよ。」
紅の言葉は重く、僕はしばらく反応出来なかった。彼女たちはとても仲良く思えるが、それは同じ能力者という共通点が大きな影響を与えているのだろう。
「あ、ごめんごめん!こんな話するべきじゃなかったかな…?」
「いや、話してくれてありがとう。」
「そっか…それじゃあ訓練を続けましょうか」
紅はいつもの明るい表情に戻ると僕の訓練に付き合ってくれた。
「つ、疲れた…」
僕が床に崩れ落ちるように尻餅をついた頃には部屋の壁は少し凍りついていた。それを紅が火の能力で氷を溶かしてる状況だ。
「藍澤君やっぱりすごいね!ここまで上達するとは思わなかったよ!」
「はぁ……はぁ……」
紅は興奮気味だったが、僕は肩を上下に揺らしながら息を切らしていた。するとドアが開き、そこには部屋の状態を見て、おー、と驚きの声をあげる武田と霧島がいた。
「すげぇな、藍澤!こりゃ夏には世話になりそうだな!かき氷でも作ってくれよ!」
と笑いながら武田はジョークを飛ばしていた。
「ふふ、夏が楽しみですね。」
意外にも霧島さんも乗り気で内心驚いていた。
「これで今日の訓練は終わりだよ。お疲れ様!」
紅の労いの言葉に僕は笑顔で応えたのだった。
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