第九話 難題
7月4日、今日も普段通りの1日が始まる。昨日の夜に数日前に行方不明になっいたという高校生が骨折という大怪我を追いつつも、命に別状はなく、突然家族の元へ帰ってきたというニュースがやっていた。僕はいつも通り学校へ行った。登校中の電車の中でふと考えた。最近僕は氷の能力を手に入れた。それは決して普通のことではない、いわば非日常的なものだ。では前から起きている中高生の誘拐事件は日常的なものなのだろうか。いや違う。誘拐事件がこんなに頻繁に、しかも数日で被害者が帰ってくるなんて明らかに異常だ。僕も今となってはこの能力が日常のものになりつつあるが、それと同様にこの連続誘拐事件も日常になっていた。警察が今も捜査を続けているがいっこうに犯人は捕まっていない。僕は電車に揺られながら一つの仮説にたどり着いた。
「犯人は能力者?」
頬を一筋の汗がつたって落ちていく。あの日僕を襲ったダイバーが誘拐事件の犯人ということは考えうるのだろうか。ダイバーは武田との戦闘中に下半身を地面に潜らせていた。恐らく全身を地面に潜らせて移動しているのだろう。もし人を抱えた状態で移動できるとしたら…。ただの憶測だが、僕の思考が止まることはなかった。自分が行きついた仮説に恐怖心を抱きながらも、同時に自分にはこの事件の犯人を止めることが出来るかもしれないという高揚感を感じた。もちろん犯人が能力者ではないという可能性の方が圧倒的に高いだろう。それでも僕は自分の仮説が頭から離れなかった。電車が学校の最寄り駅で止まって、僕は我に帰った。慌てて降りて、学校へと向かう。
学校に着いてからは電車内で考えていたことをノートに書いた。電車内で動揺していた思考はすっかり冷静さを取り戻していた。整理すると、僕の仮説はダイバーは人を攫い、数日後に家族の元へ返す。というものだった。だが、説明できない部分がある。そもそもダイバーが人を運搬できるのかということだった。ダイバーが地面に潜っている間、人間は呼吸ができるのだろうか。逆にそこが分かればダイバーが誘拐犯だという説は現実味を帯びるだろう。だがそのためにはダイバーを目視する必要がある。戦闘になる可能性があるだろう、自分にはまだその戦闘力は無い。よりいっそう訓練を積まなければならないだろう。ひとまず自分のすべきことを理解した僕は今日も大門寺の家に行くことを決めた。
放課後、僕は武田たちの家へ向かった。インターホンを押すと、大門寺が扉を開けて出迎えてくれた。食卓では武田と霧島と紅が何か盛り上がっていた。僕に気づくと、武田が声をかけてきた。
「おう、藍澤!今日も訓練か?」
「はい、お願いします。」
「じゃあ今日も私が付き合うわ。」
紅に連れられて僕は2階に移動した。
「前は居間でやったと思うけど、もう少し広いところがいいわ。」
この家に来るのも数回目だが2階に来るのは初めてだ。
「2階には主に訓練をする部屋と茉奈ちゃんの野菜畑があるのよ。」
階段を上りながら紅がそう説明した。
「土とかどうなってるの?」
「まぁそれは見てのお楽しみね」
紅は声を弾ませて2階の通路で左右に1つずつあるドアの片方を開けた。そこにはなんとも異様な光景だった。まず土が無いのだ。それなのに本来土に埋もれた状態で育つはずの人参や大根などの食物がいくつかのつるからそれぞれ伸びている。
「これは一体どんな原理なんだ…」
「それは誰も分からないわね。でも問題なく食べられるし市販のものと変わらないわ。」
少し畑を見た後に僕たちは反対側の部屋に入った。その部屋はこの家で恐らく一番大きい部屋だった。室内には特に物は無く、殺風景だった。
「ここなら多少荒っぽいことをやっても大丈夫よ。」
「は、はぁ…具体的にどのくらい…?」
「説明するより実演したほうが早いわね。」
そういうと紅は腰を曲げ、右手を後ろに持っていくと、一気に右手を約5メートル先の壁に向かって勢いよく突き出すと、サッカーボール程の大きさの火球が一直線に放たれた。その火球は壁に衝突すると、しばらくして消えた。一瞬なにが起きたのか理解できないでいると、
「それじゃあ今日はこれをマスターしてもらうわ。」
笑顔で言ってくる紅に
「いや、無理では…?」
とてもできる気にはなれなかった。
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