第六話 正義

 僕の能力が発現した後、その日はすぐ帰宅することになった。武田によると、ダイバーは夜にしか現れず、それも一人でいる時だけ襲ってくるということだった。今は夕方なので襲ってくることはないだろう。後、能力者は身体能力が著しく上昇するらしい。個人差もあるらしいが、試しに走ってみると確かに速かった。また握力や筋力なども強化されるらしい。だが、あくまで武田たちは自分たちの力を周りから隠したいらしく、あくまで普通の日常生活を送りたいと話していた。僕も力を隠すことに賛成し、しばらくは彼らの家に定期的に通うことになった。帰宅した後の僕は能力を得たというある種の優越感に浸りつつも、それを家族に悟られないように過ごし、布団に入った。

 


 ピピピピピピ・・


 うるさい。そう思いつつも、それが普段使っている目覚まし時計の音だと理解している俺は鳴り響く一日の始まりを告げる音を止め、いつもの朝食の卵かけご飯と味噌汁を準備し、掻き込むと、制服に着替え、自転車で三十分くらいの学校へと向かう。田舎から上京してきたので、一人暮らしで、親の仕送りで生活している。多少寂しさもあるが今の生活に不満は無いし、むしろ充実感を感じていた。まぁと言っても学校生活にではないのだが・・・

 

 俺は月一回あることをしている。個人的には世直しする感覚なのだが、世間一般では連続誘拐事件と報道されている。

 

 2020年7月3日、ロストシティ内の廃ビルの中で俺はコトをなす。今日のターゲットはいつもの通り目隠しされ、どこから持ってきたか忘れたパイプ椅子にひもで縛られている。ターゲットは状況が理解できていないのだろう。なんとかここから逃げ出そうともがいているが意味の無い行為だ。俺はそいつの周りを歩きながらどう声をかけようか悩んでいる。

 

 「お、おい、ここはどこなんだよ…俺が何したってんだよ…!」


 「 うーん、自覚してないのか……」


 こんなのはざらだ。こいつらは自分のしたことの罪深さを理解していない。


 「上山聡太郎、この名前はよく知ってるよな?」


 「あ、あーもちろんだ。と、友達だよ…」


 聞いていて怒りが込み上がってくる。どうやったらこんな嘘をつけるのか?


 「六月三日、上山の教科書全てを校内の池に捨てる。六月五日、上山をプールに落とす。六月七日、上山を校舎裏に呼び出してリンチする。六月…」


 ここあたりからこいつは自分がしたことが俺にバレていることを悟ったのだろう、言うことが見つからず黙り込んだ。もうこれ以上は必要ないと判断した俺はこいつがやったことを言うのを止めた。


 「お前みたいな奴はいつもそうだ。自分の欲求を満たすために他人を傷つける。傷つけられた人間がどんなに辛いのか考えずに…」


 「な、何なんだよ、お前!別に良いだろ!上山はクラスでぼっちで友達が一人もいないから可愛がってやってんだよ!」


 こいつは大変だ。普段ならなんかしら謝るから骨を折って終わらせてるのだが……手間がかかりそうだ。そんな思考をしてる間も聞くに堪えない戯言を吐き続けるこいつ、確か名前は…まあ知る価値も無いのだが…そう思いつつ、いつもやっている通りそいつの左腕を強く握る。ポキッという感触と共にさっきまで喚いていたそいつは一瞬黙ったかと思うと先程以上に泣き喚き始めた。俺はそいつの髪を掴むんでグイッと持ち上げると自分の顔とそいつの顔を近づける。そいつは恐らく身の危険を感じたのだろう、急に黙った。


 「上山が受けた苦しみをお前にも味合わせる、それが俺の役目だ。だが安心しろ、殺しはしないし、すぐお前の家族のもとへ返してやる。お前がまた誰かを傷つけるようなことをしたら、また俺と会うかもな。」


 とりあえず死なないことを理解したこいつはごめん、ごめんと呟いていた。これで今月俺のやることは終った。ふぅ、と息を吐いた俺は廃ビルから一旦出て夜空を見上げる。そこには月が輝いていた。そして俺はまた、ぼそっとその名を口にした。まるで、何かを確認するように。


 「あぁ、翔太、俺はまた一人救えたのか…」

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