閑話——エーデルシュタインの事情

「怪談話に流されてツッコミ忘れてたんだけどさ、ホークス。君はなんで幽霊退治をするって分かったの?」


 ティーノの帰りを待つ間、暇を持て余したセナはホークスに訪ねた。

 ホークスは幽霊のような青白い顔にニヒルな笑みを作って、


「なぜって、さっきも言っただろう? いくつかの前提条件を正しく把握できれば、誰にでも分かることだと。……だが、そうだね、うん。レディ、貴女は異世界からの来訪者との話だったか。ならば、僕もきちんと説明するべきだろうな」

「いや、この世界の住民である私にもさっぱり分からんぞ?」


 車の運転席からエマヌエルが口を出す。ホークスは肩をすくめて、


「では、まずはエルゴグランデ連合王国とブレーゲラント帝国。二国の関係についておさらいするとしよう。レディ、君はこの二国の関係、どうなっていると考えている?」

「……ふむ」


 セナは考える。前にいた世界の状況に当てはめて考えるならばどうなるだろうかと。……だが。


(まずったな……西洋史はあんま勉強してないんだった。せっかく【囁き】を使って大学生やってたんだから、遊んでばっかいないでもっと色々勉強しとくべきだったか)


「検討もつかないね。まだこの世界に来て一日なんだ。仕方ないだろ」

「いや、そんなに威張ることじゃないだろ……」


 ヴェリーゼのツッコミは気にせず、セナは胸を張った。そこにカイマンが並んでくる。


「ウチも分かんねぇっス。なんせずっとメネシカの奥地に引き込もってたんで」

「だから威張ることじゃなかろうに……まあいい。その、メネシカの奥地での話には興味がある。あとで聞かせろ」

「っス」


 カイマンは頷いた。


「で、だ。話を戻して、エルゴグランデとブレーゲラントの関係についてだが……これははっきりとしている。敵対関係だ」

「ほう?」

「そしてその理由は、カイマン、お前ならば察しがつくのではないか? たしか、1000年以上前から生きているのだろう?」

「ん~? ……あっ、なるほどそういうコトっスか」

「どういうことかな?」

「いやまあ、これはあくまでウチの推測なんスけど、ブレーゲラントがある場所は多分サイリュクス王国の跡地なんスよ。つっても、当時のサイリュクスはフォウステス大陸の大半を支配してたんでたいていの場所はサイリュクス跡地になるんスけど、その中でもとりわけ、中枢の周辺だったのが今、ブレーゲラントがあるあたりで——ウチもよく遊びに行ったモンっスよ」

「カイマン、思い出話はストップだ。それで、話の流れから考えるにこういうことかな? ブレーゲラントはサイリュクスの後継的国家で、エルゴグランデとサイリュクスは対立していた。ゆえにブレーゲラントとエルゴグランデも対立していると」

「おおよそ、そんなところだ」


 ヴェリーゼが肯定する。


「で、その対立の理由についてだが——これは私の口から言ってしまおう。エルフだ」

「エルフ?」

「サイリュクス王国は、人間至上主義の国家でね、エルフたちを奴隷として扱っていた。とはいえ、エルフたちには人間の何倍もの寿命がある。いくら奴隷にしようとしても、彼らの永き寿命をもってすれば、人間の支配を脱する魔術を習得するのはそう難しいことではない。元々、種族的に魔力の扱いが上手いというのもあるのだろう。だが、サイリュクスとしては、エルフには便利な魔術奴隷でいてほしかったらしい。そこで、ある儀式をサイリュクスは行った」


 セナはつばを嚥下して問う。


「……それは?」

「サイリュクス支配域に住まうすべてのエルフの肉体的・霊的情報の改竄だ。彼らは儀式を執り行うことによって支配域下全てのエルフの種族的特性を書き換えて、〈サイリュクス王の呪い〉と呼ばれる特性を付与した」


(遺伝子改造によってミュータントを作るみたいなモンかな)


「〈サイリュクス王の呪い〉によってエルフたちは一定期間、魔力と〈親和〉できずにいると精神を病み、発狂するという特性を得た。エルフたちの魔力の扱いが上手いとはいえ、どこでも〈親和〉できるというわけではない。土地によっても魔力の性質のようなものが若干異なり、早い話が、〈親和〉できる場所とできない場所があるというわけだ。そんな状況だから当然、〈親和〉できる土地を見つけたエルフはそこから離れづらくなる。——つまり、〈サイリュクス王の呪い〉によってエルフは転居・逃亡を実質的に禁じられたというわけだ」

「土地に、縛りつけられたと?」

「ああ。だが、単にそれだけだと、エルフたちの恨みつらみが〈穢れ〉となって土地に蓄積し、サイリュクスに禍いがもたらされてしまう。ゆえに、〈サイリュクス王の呪い〉によりエルフたちにはもう一つ、土地の浄化機能が与えられた」


(田んぼのタニシ扱いってことかな)


「エルフたちと人間が手を取り合って暮らしていたエルゴグランデとしては当然、そんな所業は許せるはずがない。エルゴグランデは諸外国と協力し、最後はサイリュクス国内の者達とも手を結んでサイリュクスを滅亡させた。だが、サイリュクス王族の血は残った。サイリュクスの第一王子フェルスティカはエルフ蔑視の思想を強く継承していた。その彼が、建国したのが」

「……ブレーゲラント、ってわけか」


 そう考えると溝はかなり深そうだ。


「ちなみに、〈サイリュクス王の呪い〉を受けたエルフとそうでないエルフとの間に生まれた子は〈サイリュクス王の呪い〉を発現することが分かっている」

「それなのに、ブレーゲラントの王は反省するどころかエルフ蔑視を未だに保ってる?」

「表向き、そういう発言をしてはいないが……〈サイリュクス王の呪い〉の解呪をする気がさらさらないのは間違いない。それに、未だに、サイリュクスの名に皇帝は固執している。『第二のサイリュクス』と呼ばれるエルゴグランデに負けじと工業の発展に力を注ぎ始める程度にはな」


 ——だとすれば。この問題は、おそらく〈サイリュクス王の呪い〉が消えさるまで決して消えないのだろう。


 そこで、ホークスが手を叩いた。


「さて、そんな古臭い思想に未だ拘り続けるサイリュクス帝国。敵は外だけだと思うかい?」

「……なるほど。近く、クーデターが計画されてるってワケか。おそらくはそれに、特務第13課、エーデルシュタインも参加すると」

「——元々、エーデルシュタインは私が設立した組織だ。伝説の魔術師と呼ばれる私が直々に皇帝に進言し、設立させた。……ティーノの安全のために、あの皇帝は邪魔だったからな」


 彼の右目には【紅玉瞳】がある。ブレーゲラント皇帝が彼の右目のことを知れば、確実にロクなことにはなるまい。


「エーデルシュタインの主な活動内容は〈聖遺物〉の収集だ。皇帝には、〈聖遺物〉の収集は魔術的覇権国家となるために必須であると説いたのだが、無論、そんなのは方便。皇帝の手に〈聖遺物〉を渡したくなかったというのが正しい。ちなみに、クーデターの規模については心配しなくてもいい。国民感情も踏まえた上での計画だ」

「へえ。それはまた随分と周到なことで」


(本当に、少年の安全のためなのか?)セナは内心疑問に思ったが口にはしない。訊いたところで、はぐらかされて終わりだろう。


「とりあえず、これでブレーゲラントの軍人がエルゴグランデにいる理由についてはなんとなく得心がいった。表向きは〈聖遺物〉収集のため。裏の目的は、クーデターの打ち合わせのため、か」

「本来ならそう上手くいくかってツッコミ入るとこなんだろーが、幸いにも私は伝説の魔術師だ。疑いもしないんだろう」

「……さて、あとは幽霊退治にまで線を結びつけるだけだ。あのとき、車がこの屋敷に向かっていると僕は察した。つまりまあ、幽霊退治をするという結論については先に知っていたようなものだ。だが、あの時僕は彼女らの事情が幽霊退治を結びつく理由を推理して、納得の上で発言した」

「つまり、幽霊退治をする理由は何か——それが残された謎か。…………うん。これはなんとなく察しがつく。エルゴグランデとしてはタダで信じるわけにもいかない。だから、怪異退治といった奉仕活動を求めた。そうじゃないかな?」


 パチン!とホークスが指を鳴らした。


「お見事! これで、おおよそ疑問は氷解したはずだ」

「……ああ、そうだね。この世界への理解も深まった。悪くない時間だったよ」


 言って、セナは視線を前に向ける。そこには廃墟の屋敷がある。


「——ヴェリーゼ。少年も、クーデターに巻き込むのか?」

「……あいつは外に出る意思を示した。協力してもらうつもりだ」

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紅き瞳のファウスティーノ 里場むすび @musmusbi

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