エピローグ

 4年後……


「行ってきまーす!」

 ランドセルを背負った悟が、玄関から呼びかけてくる。見送るために、僕は、ネクタイを結びかけた格好のまま、玄関へ走り出た。


「行ってらっしゃい。車に気をつけろよー」

 笑顔で返す。彼は、はーい、と元気な返事をして、駆け出していった。悟は、最近、新しい友達ができたらしく、毎日楽しそうに学校へ向かっている。


 さて、そろそろ僕も出発しなければ。ネクタイを結び、ジャケットを羽織る。その胸元に、光るものが一つ。向日葵をもとにデザインされた、金色のバッジだ。その中心には、天秤の絵が彫り込まれている。


──「弁護士記章」──人々は、このバッジをそう呼ぶ。僕は今、弁護士として働いている。


 4年前、僕と悟の人生を大きく変えた事件の後。悟の母親は逮捕され、6年間の服役を言い渡された。


 元々、父親も親戚もいなかった悟は、児童施設に送られることになった。当時、無職だった僕は、悟の幸せのためなら仕方ない、と、それを認めようとした。しかし悟は、絶対に僕と暮らすのだと断固拒否してきたのだ。正直、とても嬉しかった。


 そうして、僕たちは、両親の反対や役所の手続きを乗り越え、養子縁組を組んで親子となったのだ。一応、悟くんのお母さんにも許可を得ようと、面会したが、彼女はもはや悟に興味すら無くしていた。「勝手にどうぞ」と僕の目をしっかり見据えて言ったのだ。


 僕たちは実家に帰り、僕が仕事に就くまでの間、居候させてもらうことにした。初めは反対していた父さんと母さんだったが、悟が可愛かったのか、すぐに打ち解けた。離れて暮らすようになった今でも、写真を見せてくれとせがまれるほどだ。


 そして僕は、悩んだ末に、弁護士になることを決めた。法律に関わる中で、悟と同じような境遇の子を救いたいと思ったからである。


 そんな目標ができたことが吉と出たのか、今まで散々落ちてきた試験に、一発で合格できた。


 今は、まだ弁護士としては新米だが、仕事には人一倍、熱量を注いでいるつもりだ。この世にある事件の数だけ、人間の人生も関わっている。ひとつも台無しにするわけにはいかない。


 そのため、自分のために使う時間はどんどん無くなっていった。だが、悟や誰かのために働くことが僕の生き甲斐となっているため、苦では無い。


 悟と出会うことがなければ、きっと無駄にするはずだった僕の命。それを、今、僕は、誰かのために使っている。


 彼と会って初めて、人のために命を燃やしたいと思った。悟には、感謝しかない。


 

 さて、今日も行きますか! 


  僕の中にある命の炎が、より大きく燃え上がった。


 


 

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命を燃やせ。時間よ溶けろ。 一縷 望 @Na2CO3

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