第13話 娘の疑惑【紘子サイド】
紘子は駅で健吾と別れてからも、なんとなくもやもやしたものを感じていた。いや、確かにテーマパークは楽しかった。楽しかったのだけど、なんだか違う。
姫城にあんなことを言われるとは思わなかった。まるで親みたい、と紘子はため息をつく。
家に着くと、暗いリビングでは父の銀治郎がテーブルに陣取ってパソコンを使っていた。紘子はただいま、とつぶやき、テレビの前のソファーに身体を沈めた。テレビのチャンネルを次々と回したが、興味を惹かれるような番組はなかった。仕方なく深夜の低予算番組を流す。
父がキーボードを打ち込むたびに、あたたたたという声がパソコンが聞こえている。横からチラリと覗き込むと、筋骨隆々のゲームのキャラが見えた。反対側を振り返ると、ソファの前のテレビもついている。
紘子はぼんやりと考える。お父さんは以前は、静かなのが好きだった。それに、ゲームをしているところから、すでにおかしい。今までの父だったら、夜はぼんやりとテレビを見て、すぐに寝てしまっていた。最近は会社からも早く帰ってくるし、なんとなくいつもより態度が横柄な気がする。事故にあって、性格まで変わってしまうんだろうか。お父さんは会社で大丈夫なのだろうか。いや、私にはそんなこと関係ないけど。紘子は一瞬、そこにいる父が他人のような気がした。
「おかえり」
紘子は急に声をかけられてビクッとする。しかし、それを悟られないよう、気丈に言った。
「お父さん、まだ起きてるの」
「ああ」
父は振り返らない。紘子は話題を変えた。
「最近髪型変えてるの」
「ああ」
「似合ってないよ」
「いつもよりマシだろ」
父は初めて振り向いて、口の片端を上げる。そしてすぐ作業に戻った。紘子は眉間にしわを寄せた。何だろうあの笑い方。似合ってない。変。やっぱりいつものお父さんじゃない。
でも――――と紘子は思った。不思議なのだが、最近、父の側に居るのが苦じゃない。むしろ、居心地がいいとさえ思うときもあった。
紘子はソファの上で膝を抱え、誰にともなく話しだした。
「今日さあ。友達に、将来の夢のこと話したんだけど、いろいろ突っ込まれてゃった」
「うん」
「そんな厳しいこと言われると思ってなかったから、びっくりしちゃった」
「うん」
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?人の話」
紘子は振り返って言う。銀治郎はパソコンから目を離さず一生懸命タイピングをしている。
「うん」
紘子は聞いてないな、と思った。だからか、ずっと気になっていたことが口からポロリと出た。
「ねぇ、お父さん、私が海外ボランティアに行きたいって言ったらどうする?応援してくれる?」
「うん」
紘子はそれを聞いてしばし止まった、思わず父親の方を振り返る。
「うんって、本当に?」
「――――っしゃ!」
父親はそう言って、グーにした両手を天井に向かって突き上げる。紘子はビクッとした。その後、息を吐きながら脱力し、椅子にもたれかかった。どうやらゲームをクリアしたようだ。
紘子はソファの背もたれから乗り出し、大きな声で言う。
「お父さん、それ本当?」
「え?何か言った?」
「ふざけないでよ。本当に私がアフリカとかボランティアに行ってもいいの」
父はうーん、と言ってのびをしながら言った。
「アフリカ?へぇ。行くの?」
「行くの?じゃないよ。今日、同年代の男の子にも、見通しが甘すぎるって怒られたんだよ。」
紘子は戸惑って、言わなくてもいいことまで言ってしまう。父親は一瞬止まり、ああ、と言った。
「ああ。姫城…君はなんて言ってた?」
「え!?関係なくない!?」
「いや、俺は姫城君の意見に賛成だから」
紘子はびっくりした。父と姫城の間には、いつのまにか堅い信頼関係が気づかれていたらしい。
「……応援するとは、言ってくれたけど」
「ならいんじゃね?まぁ、たしかに、危ないとこ行くんなら、それなりに調べといた方がいいかもしんないけど」
紘子は父の柔軟すぎる発言に、驚きを通り越して困惑した。父は腕の筋肉を伸ばしながら、ぼそりと言った。
「大切だから、心配なんだな」
「え?」
弘子はますますポカンとして父を見つめた。父はダイニングをさっさと出て行く。
「じゃあ俺風呂入って寝るわ」
「え、ああ。うん。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
紘子はあっけにとられていて、先にお風呂入らせて、と言うのを忘れていた。
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