第3話 苦手②

 山南さんだったら、もっと説教くさくなっていたと思う。あの人は、いい意味でも悪い意味でも真面目だから。


 そこまで考えて、さくらは気がついた。


 歳三は、いい意味で軽い、総司を選んだのか。こうやって場を明るくつないでくれる、総司を。さくらのために。


「助け舟、か。ええ御身分や、島崎先生は」


 どきりとする。山崎も、同じことを考えていた。


「たすけぶね?」

「なんでもあらへん。こっちの話や」


 山崎の厭味に、総司はわけが分からないといった様子で、まばたきを繰り返したが、すげなく躱された。


 三人は、あらためて確認する。水原がいる宿の名前は、黒鉄屋(くろがねや)という。昔は、このあたりで石の採掘が盛んだったらしい。


「最初に異変を感じたんは土方はんや。水原は、この宿の嫁はんに用があるらしくてな」


 先日、とある文を受け取った水原。

 文には、死んだ長兄の嫁が、危篤だという知らせが短く書いてあった。夫と死別した兄嫁は、温泉宿の主人と再縁したが倒れたらしい。文を読んだ姿が尋常ではなく動揺していたと、隊の一部でささやかれた。


 兄が死んだことで水原家との縁は切れているけれど、水原当人は隊を抜け出して兄嫁に会いに行った……そんな展開のようだった。


 さすが山崎。調査の緻密さには驚嘆した。隊内に、隊士を見張る間者でも飼っているのかと思われるほど、耳を研ぎ澄ましている歳三も歳三だ。


「親しい人があぶない、そう言ってくれたら休暇ぐらいあげたのに」


 ひどいなあ、と総司が口を尖らせた。


「だが、今は縁もない女性だ。元・兄嫁というだけで」

「子どももおらへんし、土方はん、許すかどうか」


 いくら総司が口説いても、休暇の理由が知人の見舞いでは、歳三は頷かないと思う。

 とはいえ、新選組を脱走までして会いに行くのも、相当な逸脱ではなかろうか。亡き兄に兄嫁の行く末を届けるよう、頼まれたのか。それともほかの事情が? さくらは考えた。


「ま、頭を動かすより、身体を動かしたほうが早いおふたりやさかい、行きまっせ」


 いちいち、ひとこと多い。山崎、苦手だ。


「ちょっと、周りを見てくる」


さくらはふたりを置いて、先に土産物屋を出た。

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