第3話 苦手①

「多いですね、温泉宿」

「ああ。多いな」


 なにしろ、太閤秀吉も愛したという温泉地。時代は変わっても、人は癒しを求めて湯へと集まった。

 水原が潜伏しているという宿へ直行するかと思ったが、総司はとある土産物屋を指差した。


「まずは作戦会議をしましょう、姉さん」

「姉さん?」


 総司の呼びかけに、さくらは鳥肌が立った。演技にしては上手く、冗談にしてはきつい。ふだんは明るく飄々としているくせに、さらっと切り替えられる弟分が小憎らしい。

 むくれている場合ではないが、さくらは小さく頷くだけで返事はできなかった。


 土産物屋の奥は、小上がりになっている。どうやら、総司は歳三から指示を受けていたようで、ここで打ち合わせを行うようだった。


 待ち合わせの相手は、あの人物。


「沖田先生、お久しゅう。おや、そちらは島崎先生? 馬子にも衣装、目の保養。おおきに」


 ありふれた風体の商人に変装した、山崎丞だった。もともとの気性なのか、大坂の出ゆえか、山崎は巧みにへりくだる。総司は笑って受け入れているが、さくらは顔が引きつってしまった。


 調役においては先輩である山崎には、『女と一緒に仕事なんて』という筋の話を、面と向かって言われたことがある。


 分かる。痛いほど分かる。


 山崎は、歳三からの直接の指示で動く。地味な隊務だが、とても大切な情報源である。今日も、山崎が水原の居場所を探り当ててきてはじめて、さくらたちが動けたのだ。


 さくらは山崎に向かって素っ気ない会釈をした。目を合わせたくない。厭味を言われるに決まっている。


「この密命。島崎先生を指名したのは、私や」

「は、なにを?」


 山崎は頬を上げて、にたりと笑った。話に、食いついてしまった。乗せられてしまった。この人物、ほんとうに食えない。


「土方はんに、今回は島崎先生が適任、と報告したんや。そしたら、この人選。さすが副長」


 めんどうなことを進言してくれたものだ。調役の仕事は山ほどある。水原という、よく知らない隊士の始末には関わりたくなかったのに。始末というのは、すなわち粛清。気分もよくない。


「あ、座りましょうか。お茶を淹れましょう。ああ山崎さん、こちらの設定はこんな感じで……」


 場の雰囲気を感じない、総司の鈍感さはありがたい。総司がいてよかった。総司が相棒でよかった。

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