第11ステージ  タイミングは見当違い!?②

「ゆいな~~~IN~~~四国ーーーー!!!」

「「わああああああああ」」


 2曲目が歌い終わり、唯奈さまがステージの上で叫ぶ。

 今日も唯奈さまは絶好調だ。絶好調すぎて、1曲目のイントロで泣いてしまった。前回のサマアニのことは気にしていないと言ったが、やはり自分の心に深く傷を負っていたようだ。仕方ない。仕方ないだろ? 唯奈さまが歌っているのに、その場を去らなくてはいけなかったのだ。もうそんな経験はしたくない。

 隣に、彼女がいると安心する。


「唯奈さま、まわってーーーー!」


 唯奈さまの素敵な衣装をあらゆる角度で見たいがために、隣のあずみちゃんが声をかける。ほかの人の声も合わさり、「堪能しなさいよ!」と彼女はその場で三回転してくれた。さすが唯奈さま。サービス精神旺盛だ。


「唯奈さま、可愛すぎです……」


 そう言っているあずみちゃんも可愛いよ、と言ったら、バカップルに見えてしまうだろうか。今は心にそっとしまい、


「唯奈さま、マジ天使。最高です……、この世に生まれてよかった、この瞬間を味わうために生きてきたんだ……」


 しまえなかった。ちょっとムッとしてしまう。

 ……あずみちゃんも同じだったのだろうか。

 俺も同じことを思っているのに、ぷちっと嫉妬する心を隠せない。

 あぁ、唯奈さまも大好きだけど、あずみちゃんのことも大好きすぎるだろう。右手に持ったペンライトを左手に移し、右手で掴む。


「……ハレさん?」


 こっちを見てきたが、目は合わせない。

 そっと彼女の手を握ると、握り返してきた。


「フフ」

「……笑わないで」

「だって、面白くて。嫉妬したんですか」

「してない」

「嘘だ~」

「嘘だよ、もう」


 小さな言葉を応酬し、そして彼女が耳元でささやいた。


「ハレさんが1番ですよ。ハレさん大好きです」

「~~~!」

  

 音楽が鳴り始め、手を放す。

 慌ててペンライトを右手に持ち直し、振る。が、歌声が耳に入ってこない。

 リフレインするのは、『大好き』の言葉。

 ……どうしようもないな。

 彼女になった彼女あずみちゃんの破壊力が強すぎる。


 立ち直るまでに1曲の準備が必要だった。

 もちろん、最高のライブだったのは言うまでもない。


 唯奈さまはいつでも最高だ。

 あずみちゃんが隣なら、なお最高だ。





 × × ×


 冬のライブツアーは全通し、春がやってきた。

 親はまだ海外から帰ってこず、相変わらず俺の一人暮らしは続く。

 あと数日で大学4年生だ。学生の猶予はもう1年しかない。

 まだ就職先は決まってないし、やりたい職種も絞り切れていない。

 ……まぁ、そうなもんだろう。

 1発目の仕事で、全部が決まるわけではない。人生の転機は何度でも訪れる。

 と言い訳を心に並べるも、パソコンで面接を受ける会社の情報を必死に調べている。面接はライブの勢いでは乗り切れない。いっそ、ライブ会場で面接してくれないだろうか? 

 このフリ、きちんと覚えています。コールばっちりです。よし、明日から会社来てくれ。

 なんて妄想は実現せず、俺のオタク活動は自己アピールにもならない。

 けど、唯奈さまに必死になった経験は無駄ではない。

 たとえ、それがオタク活動でも、頑張った経験だ。あとは推し活ではなく、それっぽく言えばOKだ。『夢中になったチームを追いかけ、日本の各地を訪れました。様々なものに触れ、その中でこの仕事を知りました』なんて風に言えばいいだろう。オタクは過剰に言いがちだからな。そもそも、面接やエントリーシートで脚色を混ぜない人はいるのだろうか。本当か嘘かは置いておいて、語れることが何よりも重要だ。


 ……それにしてもだ。


「なにやら、横の部屋が騒がしいな」


 新しい人が引っ越してきたのだろうか。物音がなかなか止まないので、ヘッドフォンをし、外界の音を遮断する。流すのは、もちろん唯奈さまの曲だ。


「あ~、大阪会場のアンコール曲~」


 曲を聞けば、情景を思い出す。

 あの時の唯奈さまの表情。歌声。聞けば、遠征の様々な思い出が浮かび上がってくる。大阪ではあずみちゃんとたこ焼きを食べたり、串カツを食べたりと食ってばかりだったな……。ユニーバには寄る暇はなく、泣く泣く帰ったっけ。ユニーバは意外とアニメコンテンツも多く、ネズミの国よりオタクの味方だと思っている。

 いつか、あずみちゃんとまた行くことがあるのだろうか。

 そう、唯奈さまの曲を聞くと調べものどころじゃなくなるのだ。


 ピンポーン


 甲高い音が、俺の思い出を邪魔した。

 居留守を決め込もうと思ったが、

 

 ピンポーン ピンポーン ピンポーン


 音は鳴りやまなかった。


「あぁ、もう何だよ!」


 ちょっとだけイラついたのでインタホーンに出ず、玄関の扉を開けた。


「どちらさまですか」


 不機嫌気味に声をかけると、そこには女の人がいた。

 

「げ」

「どうも、隣に引っ越してきました~。引っ越しの騒音ごめんなさい。騒がしいですよね? もう少しで終わるので。これ、つまらないものですが」


 驚いた口が閉じない。

 引っ越しの挨拶、なのはいい。インタホーンを連打する必要はなかったが、そんなことはもうこの際どうでもいい。

 そこにいた人が問題、大問題だった。


「なんで、あずみちゃんが!?」

 

 隣に引っ越してきたのは、彼女、あずみちゃんだった。

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