第11ステージ  タイミングは見当違い!?

第11ステージ  タイミングは見当違い!?①

 夏が8月で繰り返すことはなく、10月がやってきた。

 関係を変えたいと思ったのに、ライブどころではなくなり、季節が変わった。

 しかし、過ぎた時を嘆いても仕方がない。目の前に重大な出来事が迫っていたのだ。

 

 ――唯奈さまのライブツアーがようやく始まる!


 10月から年明けの2月まで続く、全8公演の今までで最大規模のツアーだ。

 初っ端は四国。

 飛行機で行けないことはないが、より特別感を演出したかったのか、俺たちは使ったことのない寝台特急を利用して遠征することになった。


「東京~、終電です~」


 電車から降り、集合場所に向かう。ライブ前日の夜に、東京駅の寝台特急が着くホームで待ち合わせだ。

 待ち合わせ場所に近づくと、彼女は当然のようにすでに到着していた。俺も早く来たのに、彼女はもっと早い。

 こないだは待ち合わせできなかった。久しぶりに会うリアルな彼女に、顔が綻ぶ。

 声をかける前に、あずみちゃんが俺に気づく。「やあ」って感じで手をあげると、彼女の表情が弾けた。


「ハレさん!」

「あずみちゃん、早いね」

「今来たばっかりー」

「それ、イベントの最後に言うやつ」

「あはは」


 あずみちゃんが元気なようで安心した。彼女に会ったのは一緒に行くはずだったサマアニ以来だ。あの日、あずみちゃんは体調を崩し、ライブ会場に辿り着くことができなかった。俺は彼女が心配で、ライブ会場から飛び出し、彼女の元へ駆け出したのだ。


「その節は、大変ご迷惑をおかけしました」

「ううん。あずみちゃんが無事でよかったよ」

「ハレさんのおかげで元気になりました! なかなかお礼できなくてすみません!」


 すぐに会いたい気持ちだったが、何かと忙しかった。

 引っ越し前の家の自分の部屋を片づけたり、兄の結婚式に出たり、ついでに大阪観光したり、海外へ旅立つ親を見送ったりで、なかなかあずみちゃんと会う機会がなかった。電話連絡は頻繁にしていたが、こうして会うのは数カ月ぶりだった。


「こうやってまたライブに行けるのがお礼だよ」

「でも、唯奈さまの歌を聞け……」


 あずみちゃんが話そうとしたところで、到着した寝台特急のブレーキ音が邪魔した。話は乗ってからでいいだろう。夜は長い。寝台特急の旅は朝までかかる。

 アナウンスがあり、俺たちが乗る、泊まる場所へ向かう。


「おお~、秘密基地みたい」

「すごい~」


 運良くツインが予約できたのだ。広くはないが、移動する乗り物の中だ。ベッドがきちんと二つあり、寝る分には問題ない。逆にこの狭さが、非日常感がたまらない。冒険が始まりそうで、愉快なBGMが頭の中に流れてくる。


「一番乗り~」


 荷物を置き、早速ベッドに寝転がる。


「あぁ、私も!」


 あずみちゃんも寝っ転がり、ゴロンゴロンとする。テンションが高く、諫めようと思ったが、目があい、動きが止まった。

 

「隣、ですね」

「そういうつくりだから」


 照れくさくなる。


「そういうことじゃ、ありません」


 何か言いたそうに、もごもごしている。

 さっきの話の続きだろうか。俺は黙って、彼女の言葉を待った。


「言わせてください」


 起き上がり、座る姿勢に移行したので、俺も倣う。

 彼女は俺の目を見て、そして頭を下げた。


「ハレさん。私のせいで唯奈さまのライブが見れなくなってしまい、ごめんなさい」


 サマアニの一件の謝罪だ。もう過ぎたことだが、彼女にとっては過ぎたことではない。

 

「唯奈さまがまさか1番目からの登場とは、驚いたよな」


 軽い調子で返したが、あずみちゃんの真面目モードは崩れなかった。


「1番目じゃなくてもです。ハレさんは電話をして、状況を知って、すぐに戻ることもできました。なのに、私の元に来て、サマアニのライブを欠席することになった」

「終わったことだよ」

「終わったことじゃありません! 言ったじゃないですか、ライブは一期一会だって。もう同じライブは戻ってこないって。終われないんです!」


 今度こそ、俺は間違えないと俺はいった。

 また会えると思った声優は引退した。もう会えないんだ。

 俺は昔、それで後悔した。


 けど、もう違うのだ。


 唯奈さまは特別だ。

 でも、あずみちゃんも特別で、何よりも大事だ。

 だから、俺は躊躇わなかった。大好きな唯奈さまのライブなのに、あずみちゃんを優先した。

 失いたくない。

 あずみちゃんが心配でたまらなかった。

 それが答えで、どうってことはなかった。


「あずみちゃんが、大事なんだ」

「…………へっ!?」


 普段よりさらに高い声を出して、驚いた。

 瞬間で顔が赤くなるのがわかるが、それは自分もだろう。

 けど、動き出した電車は、到着するまで止まらない。


「あずみちゃんが大事だから、唯奈さまより優先した。チケット代より優先した。同じライブはないけど、唯奈さまならここで最後なんてことはない。これからを見せてくれる、これからの新時代を切り開いてくれるんだ。だから、一期一会じゃないよ!」


 じーっと睨まれている。

 あれ……? 何か失礼なこと言った?


「待ってください! 最初はいい話かと思いましたが、最後は唯奈さまが凄いって話じゃないですか!」

「唯奈さまは凄いだろ!」

「知ってます! 唯奈さまは凄い。けど、ああもう! 私を大事にしてくれるのはわかりました! けど、その、煮え切らない! 中途半端じゃありませんか!?」


 中途半端。

 彼女が言いたいことは、わかる。

 わかるけど、今なのだろうか?

 前回はそれどころではなかった。今回で、とは思っている。

 ……まぁ、ずっとこの気持ちを残していたら、唯奈さまに失礼だ。

 ライブがそれどころじゃなくなってしまう。


「隣席は予約済み、って置手紙したけどさ」

「……はい、そうありましたが?」


 なら、このタイミングなのかもしれない。

 井尾羽礼は想いを告げる。


「あずみちゃん、これからもずっと隣にいてください」


「……はい!?」

「あずみちゃんの隣にずっといたい」

「え、えええええ!?!?!?!?」


 彼女は後ずさったが、逃げ場所はない。

 中途半端はこれで終わりだ。


「あー、すっきりとした。これでライブに全力で集中できるぞ!」

「待ってハレさん! ハレさんはスッキリしたかもですが、私は全然スッキリしていない!」

「ライブ後の勢いで告白よりいいんじゃない?」

「私の新横浜での告白を批判しています? 待って、今のは告白ってことでいいんですよね!?」


 初めての告白だ。平然を装っていないと、心が持たない。


「解釈違いは嫌われるぞ」

「ああ!! もう、よろしくお願いします!」

「おう、ライブ楽しもうな!」

「そっちじゃありません! いや、そっちもだけど! もうハレさんのバカー!」


 お家に帰るまでがライブだけど、会場に向かうまでもライブだ。彼女が隣ならどんな場所でも、どんな時でも楽しい。

 冒険は走り出したばかりで、最高を超えた最高がこれから待っているのだ。

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