第11ステージ  タイミングは見当違い!?③

 一度ドアを閉めて、夢だと思い込もうとしたが、足を踏み込んで閉めないようにしてきた。怖い。


「なんで、あずみちゃんが……」

「だから、言ったじゃないですか、隣に引っ越してきたって」

「え、初耳すぎるんだけど! 俺たち、付き合ってるんだよね?」


 付き合っているのに、引っ越しの話も、一人暮らしの話も初耳だ。先週の土曜も一緒に会ったよね? いつの間に、引っ越しの準備をしていたの?


「驚きましたか? 驚きましたよね?」


 無邪気に笑う彼女に怒る気も無くす。陽気すぎる。


「もう……サプライズすぎるよ。ご両親は一人暮らし賛成しているの?」

「ハレさんの隣なら安心だって!」

「勝手に外堀埋められている! 俺聞いてないんだけど! ご両親、安心しないで!」


 俺の知らない所で、ご両親の承諾を得ている。

 引っ越しの挨拶にご両親も同伴でなくて、良かった。「聞いてない?」「どういうことなの、あずみ?」「井尾さん、あずみのことは任せられないな」と話がこじれるところだった。いや、任されたつもりはないのですが。

 そもそも、なんで一人暮らしなのだ。


「大学も遠くならない?」

「それが大丈夫なんですよ。3年生から東京のキャンパスになるんです」


 なるほど、そういうこともあるのか。

 と、感心している場合ではない。


「というか、隣に住むぐらいならさ、いっしょに」

「同棲は早すぎです! 心が持ちません!」

「あぁ、良かった。少しはあずみちゃんも良心が……」

「今日の夕ご飯は、ハレさんの部屋に持って行って食べますね」

「良心ないよ! 何が同棲は早すぎるだ! 俺のプライベートな時間を返して!」

「プライベート?」

「何でクエスチョンなの!」

「だって、ハレさんの時間は私の時間ですから」

「あずみちゃんの時間は?」

「私の時間は私です。何を言っているんですか、ハレさん?」

「ジャイアンだー!」


 とんでもない暴君だった。俺の都合お構いなしに、あずみちゃんのペースで進む。もう引っ越しをしてしまったので、どうしようもないんですけどね。本当、どうかしている。


「お隣さん、そろそろ引っ越しの片づけに戻った方がいいのでは?」

「そうですね、井尾亜澄は戻ります」


 井尾、あずみ。


「いやいや、苗字変わっているじゃないか!?」

「細かいことはいいじゃないですか」

「おいおい、立川亜澄だろ? 細かくないよ!」


 確かに俺は言った。寝台特急で四国に向かう際に「ずっと隣にいてほしい」と言った。が、隣室に来いと言った記憶はない。

 勝手に苗字まで変えないでほしい。

 このオタクはアクティブが過ぎる。サプライズどころではない。


 無茶苦茶で、勢いで生きすぎで、笑ってしまう。


「本当、あずみといると飽きないな」

「それはこっちのセリフです。ハレさんといると飽きません!」


 その笑顔で許してしまうのは、惚れた弱みだろうか。


「じゃあ、お邪魔しまーす」

「勝手に入ってくんなし!」


 扉が閉まり、完全に二人になる。

 彼女が軽く背伸びし、少しだけ時間を止めた。

 ライブで席が隣だった彼女。

 今は彼女で、目の前のゼロ距離にいる。


「キスは慣れませんね」

「……俺の平穏はないんですね」

「あると思ってます? お家に帰ってもライブです♪」


 そして、これからの人生も、ずっとお隣さまなのであった。




 × × ×


『今日も世界で1番、私が、可愛い! 唯奈独尊ラジオ―!!』

『今回も始まりました。唯奈独尊ラジオ。早速、おたよりを読みます』


『ラジオネーム、あぁ、いつものあなたね。内容が内容だから、今日は言わないであげるわ』


『唯奈さま、唯奈さま聞いてください! 唯奈さま大好きなあの人と付き合っている私ですが、この度、隣人をやめて、同棲を始めましたー! イエイイエイ、ぱふぱふー! 毎日が幸せで、最高です。同棲っていいですね。隣は譲りませんよ? 唯奈さまも同棲どうで、ダメです! いつまでも皆の唯奈さまでいてください!』


『なんなの、このおたよりー! 惚気連絡を、私に送ってるなー!』


『結婚報告? 同棲報告? 幸せ自慢して嬉しいわけ? 嬉しいから送ってきたのよね。はいはい、幸せを分けてくれてありがとうね』


『それにしても、ふーん、あの子がね。私のファン二人が結ばれるって素敵なことよね』


『結婚式のスペシャルゲストに呼ばれるのかしら? えっ、もちろんノーギャラよ。司会をするなら金銭は要求するけど、1曲はサービスで歌っちゃうわ』


『私も他人の幸せを素直に喜べる歳になったわね~。お二人、末永く、お幸せに』


 ラジオがCMに入り、隣の彼女に尋ねる。


「なんなの、このおたより?」

「唯奈さまに読まれましたよ、ハレさん! すごいすごい!」

「問題は内容だよ!」

「唯奈さまに祝福されちゃいました」


 もう本当に結婚式にサプライズで呼んでみようかと思う、私なのであった。

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