第10ステージ  夏の暑さは桁違い!?③

 あずみちゃんから送ってきた一言に戸惑い、動けない。


『ごめんなさい』


 あずみちゃんに何かあった。どうしたのかと思うと、照明が消えた。

 音楽が流れ、始まる。

 ライブが始まってしまったのだ。


 ごめんなさい、ってどういうことだ。連絡がきたことだけは安心した。遅刻で間に合ない? それなら、「ごめんなさい、遅れます」の言葉でいいだろう。


 BGMが流れ、今日の出演者が紹介される。


 なら、単なる遅れるとは違う状況なのだ。事故でもあった? 家族に止められた? あずみちゃんのメンタル的な事情?

 わかっていることは、このままではわからない、ということだ。あずみちゃんからの追加の連絡はない。

 始まるが会場から出て、あずみちゃんに電話するしかない。

 荷物を持ち、席を立つ準備をする。


 音が、動きを止めさせた。


 知っているイントロ。

 知っているメロディ。

 

 あぁ、嫌というほど知っている。

 まさかと思ったが、音楽は裏切らない。よりによってだ。灰騎士の先ほどの言葉を思い出す。ペンライトの色は赤色だと瞬時に思い浮かぶ。


 そして、

 唯奈さまが登場した。


「……っ!」


 唯奈さまがいたのだ。

 いた。

 

 周りが盛り上がる。1曲目からの唯奈さま。最初からクライマックスだ。瞬間に空気が変わり、世界に光が灯る。

 

「サマアニ、盛り上がっていくぞー!!」

「「わあああああ!!」」


 音が、歓声が、世界を支配する。


 けど、

 俺は、

 私は、


 その場に留まるわけにはいかなかった。

 ああ、聞きたいさ。どうしようもないほどに感情が暴れ、心がやめろと怒鳴る。

 あずみちゃんが心配だ。ただその気持ちが自分を動かす。


 あろうことか、唯奈さまを背にして、駆けた。

 輝く舞台から目を背けるしかなかった。

 

 ごめんなさい、と言いたいのは俺だった。



 × × ×


 盛り上がりとは真逆に、会場外に出て、慌てて電話する。

 出てくれよと願い、出るまでの3コールが異様に長く感じた。


『ハレさん……?』

 

 良かった、電話に出てくれた。

 弱弱しいもあずみちゃんの声だった。


「あずみちゃん、どうしたんだ!」

『ハレさん、もうライブの時間では?』

「いいんだ。どうしたのあずみちゃん? 怪我した? 体調悪い?」


 彼女の答えを待ち、


『……熱があるみたいです』


 事情が返ってきた。


『行こうとしました。けど、思ったように体が動かなくて、怠くて、どうしようもなくて電車を降りました。このまま行ったら迷惑かけると思ったんです』


 あずみちゃんはライブを楽しみにしていた。「今回のサマアニのグッズがお洒落でやばいんです!」と電話してきて、同じTシャツを買うことを強いてきた。「唯奈さまファンがまた増えて、チケットがさらに取りづらくなる~」と一緒にご飯を食べながら嬉しそうに話した。「ハレさん、体調管理を気を付けてくださいよ? ライブは一期一会なんですから」と2週間前から毎日連絡を送ってきた。

 誰よりも楽しみにして、誰よりも体調に気を付けていたはずだ。


『行きたかった。ハレさんとライブに行きたかった。唯奈さまを一緒に応援したかった』


 けど、どうしようもないこともある。

 無理してまで、行く必要はない。無理しては、これからの一期一会を失ってしまう。

 また、ないかもしれない。

 しかし、またある、と唯奈さまなら信じさせてくれる。


「いま、どこ?」

『……浦和駅です』


 よかった、ここからそんなに距離はない。


『ハレさん、もしかして私のところに来る気ですか? 私なら大丈夫です。この後、親が迎えに来てくれます。だから、ハレさんは楽しんで』

「あずみちゃんなしで、楽しめるかよ!」


 駆けて、駅へ向かう。

 ライブがやっている方向とは真逆だ。


 唯奈さまが歌っている。


 ――けど、それどころではない。



 × × ×


 どうしてこうなったのでしょうか。

 楽しみにしていました。準備もしっかりとしました。無理しないように体調管理をしていました。

 けど、朝から「あれ?」となったのです。

 熱っぽい。

 しかし、家の用事は問題なく終わったので、朝起きたばかりの特有の不調かな、と自分を誤魔化しました。しかしライブに向かう中で、どんどん熱が上がっていきました。

 暑い。けど、寒い。

 身体も震えだし、これは駄目だ、と悟りました。

 もう少しで、唯奈さまがいる場所、ハレさんがいる場所なのに、私は途中下車しました。


 親になんとか連絡し、駅前の日陰のベンチで脱力しました。もう、動ける気がしません。けど、ハレさんに行けないことを言わないといけない。

 力ない手で『ごめんなさい』と打ちました。

 時間はもう、開演の時間でした。

 

 ハレさんから連絡はないだろう。ライブがもう始まった。

 あとで、彼女にしっかりと謝罪をしないといけない。


 なのに、ハレさんから電話がかかってきました。

 事情を説明し、彼女は言ったのです。


『あずみちゃんなしで、楽しめるかよ!』


 ハレさんがライブを抜け出し、私に会いに来る。

 猛烈な罪悪感に襲われ、彼女にどれほど謝っても返せないと自分を恨みました。

 けど、どうしようもないほどに嬉しさを覚えたのです。

 ハレさんが来る。

 親の迎えより、ハレさんの方が近い。

 ハレさんが、真っ先に来てくれる。

 

「あれ」


 目から涙がこぼれ、彼女へ会える安心感で身体が少しだけ落ち着きました。

 彼女と会った時に、謝れるように。

 彼女に会った時に、心配をかけないように。

 笑顔をつくる練習をして、そしてハレさんがやってきたのです。


「あずみ!」


 私の名前が呼ばれ、温かさで包まれました。

 そこからは、あまりよく覚えていません。

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