第9ステージ おうち探しは掛け違い!?④
引っ越し先を一緒に探したので、引っ越し当日もお手伝いする予定でした。けれど、ハレさんは力仕事は家族でするといい、私は夕方からのお片付け要員として訪れることになりました。
しかし、ハレさんは甘いです。生クリームたっぷりのパンケーキより甘すぎです。わかっていません。
私の今回の目的がハレさんの家族への挨拶、外堀を埋めることであることを。
「ここがハレさんの家ですか」
ハレさんの言われた時間よりも、3時間早く着きました。扉の養生が解かれているので、大きな荷物はすでに運び終わった後のようです。
「計画通りっ……!」
『ピンポーン』とインタホーンを鳴らすと出てきたのは、女性でした。ハレさんではなく、年上の綺麗な女性。
「あれ、すみません! 部屋を間違えました!」
「あっ。あなたがあずみちゃん? ハレならいるよ。ハレー、例の彼女だよ」
知らない女性がハレさんの名を語り、そして奥から小走りでハレさんがやってきました。例の彼女?
「あずみちゃん来るの早くない?」
「今はそこじゃありません! ハレさん、新居に女連れってどういうことですか!?」
ハレさんの家族に、ハレさん以外の女性はお母様がいるだけです。
「もしや、ハレさんのお母様?」
「違うよ、若すぎる! アニメの設定もびっくりだよ」
じゃあいったい、誰だと言うのですか! じーっと睨んでいると、ハレさんが慌てました。
「兄貴の彼女、あーもうすぐで兄貴のお嫁さんだよ」
「兄貴って妄想ですよね? 隠語ですよね? 知ってます、兄というのは付き合っている人を指すことを」
「あーめんどい!」
ハレさんの嘆きに、隣のお姉さんも苦笑いです。
すると、もう一人部屋の奥からやってきました。
男性。その姿を見て、ハレさんがホッとしました。
「こんにちは」
「ほら、これが兄貴だよ」
「お兄さん、実在したんですね!」
「おいこら」
非実在御兄様ではございませんでした。
ハレさんと似ているようで、似ていないお兄さんです。
「この人がハレの彼女か~」
「違うし!」
「素敵なお兄様ですね!」
「気持ちの切り替えはやっ!」
私を「ハレの彼女」と言ってくれるなんて、見る目があります。なんて、素晴らしいお兄様なのでしょう。
「ところで、あずみちゃん。ここ、オートロックのはずなんだけど、インターホーンならしていないよね?」
「おじゃましまーす」
「おい、何事もなかったかのように家に上がろうとしない!」
「お兄様、お姉さま、こちらつまらないものですが……」
「わざわざ、ありがとう。ゆっくりしていってね」
「はい、ゆっくりしていきます」
「俺を置いて話を進めるな~」とハレさんが嘆くのをBGMに、私はハレさんの引っ越し先に堂々と潜入したのでした。
× × ×
あずみちゃんが約束の時間より3時間早く来たのは予想外だったが、引っ越し自体は順調に進んだ。
あずみちゃんが来た頃にはほぼ引っ越しの仕事は終わっていたのだ。あずみちゃんのお土産をお菓子に軽くお茶をして、兄貴とお嫁さんは帰っていった。
「素敵なお二人ですね」
「今日会ったばかりなのに打ち解けている、あずみちゃんが恐ろしいよ……」
話して数分で冗談を言う仲になって笑いが起きていた。あずみちゃんの適応力、コミュ力の高さをまざまざと見せつけられた。俺の方が付き合いが長いはずなのに、レベル低すぎない?
「お父さまとお母さまはいらしてないんですね」
「二人は明日来るよ。手伝わず、ただただ視察」
「なるほど、私は明日も来る必要があると」
「ないよ!」
あずみちゃんに来てもらったが、大物は運んだあとだ。引っ越しの手伝いに来てもらったが、実のところそんなにしてもらうことはない。
開いていない段ボールは残っているが、あずみちゃんに段ボール解放させるわけにはいかない。
そう思っていたが、彼女は俺の予想を上回る、気配り上手だった。
「そういえば、ハレさん。お腹空くと思って、お弁当買ってきたんです!」
「マジで?」
冷めても美味しそうなとんかつ弁当に、唐揚げ弁当。引っ越しの後にぴったりのボリュームたっぷりなお弁当だ。
「ありがとう、超助かる!」
「引っ越し初日って冷蔵庫空っぽにするので、自炊はなかなかできないと思って」
「確かに! 今日の夕食のことは全然考えていなかったよ」
引っ越したばかりの場所だ。周りのお店のこともあまり把握しておらず、このまま一人だったらコンビニ弁当だっただろう。彼女の優しさが温かい。
「私も買ってきたので、一緒に食べていいですか?」
もちろん、だ。
彼女が買ってきたのに、俺だけ食べるわけにはいかない。
「もう食べる?」
「いけます!」
「おう、ちゃぶ台を出すから待ってな」
背の低いテーブルは発見したが、クッションが見当たらない。
「段ボールのどこかにはあるんだろうけど……」
「大丈夫です。段ボールをこう敷けば、ほら座布団です」
あずみちゃんが段ボールを折り、その上に座る。
「ごめんな。こんな状態で」
「いえいえ、楽しいですよ。秘密基地気分にちょっとなりません?」
「そうだな、ワクワクしてきた」
「でしょ~」
あずみちゃんの楽しむ気持ちに、俺まで愉快になってくる。どんなことでも楽しめる彼女が横にいると、俺も笑顔になれる。
そういうことなんだろうな、と改めて鼓動が早くなるのであった。
× × ×
お弁当を食べ終えると、空もすっかり暗くなっていた。
「あずみちゃんは、まだ時間大丈夫なの?」
「ええ、まだまだ余裕です。ハレさん、新居祝いにこれ見ましょうよ」
「そ、それは、唯奈さまのファーストライブ!」
あずみちゃんが手に持っていたのは、唯奈さまがデビューして1年目の終わりに開催したライブブルーレイだ。俺も持っていたが、あずみちゃんも欲しくなり、買ったとのことだった。
早速ゲーム機にブルーレイを入れ、テレビに映す。
新居初のテレビの活躍は、唯奈さまだ。
「なつかしー」
「可愛い~」
懐かしく、見ているだけで涙が出てきそうだ。
初々しい唯奈さまだが、色褪せない。
思い出は、輝きは、変わらない。
「この頃から完成されている」
「やばいですね、これがファーストライブって」
「最初から天使すぎでしょ」
「時を遡って、この瞬間を味わいたい」
「わかる。記憶を無くして、また味わいたい」
「同じ時を繰り返すでもいいです。何度見ても飽きません」
「そうなんだよな。唯奈さまのライブは何度見てもいい」
「そんな気持ちになるのは唯奈さまだけです。あっ、終電なくなっちゃいました」
「唯奈さまは特別だよ。天使だし……えっ!?」
感想を言いながら、あずみちゃんがとんでもないことを言った。
――終電、なくなっちゃいました。
その言葉は嘘ではないだろう。だって、最初からそんな気がしたのだ。
「……狙っていたでしょ?」
「狙ってません」
「おいおい、嘘つけ」
本日のあずみちゃんは大荷物で来た。お弁当や家族へのお土産を持ってきただけの大きさではない。あのリュックの中には寝具や着替え、そう、お泊りセットが入っているのだろう。明日への準備もきっとバッチリだ。
「そんな大荷物でいうなよ」
「てへっ」
可愛く誤魔化しても、駄目だ。
家族の誰が泊まるよりも早く、まだ俺すらこの新居に一泊したことがないというのに、あずみちゃんも一番乗りとなったのであった。
「じゃあ、セカンドライブにいきますか!」
「……あぁ、とことん付き合うよ」
まだまだオタクたちの夜は始まったばかりで、眠気はやってこない。
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