第9ステージ おうち探しは掛け違い!?⑤

 あずみちゃんの見え見えな策略により、夜更かしは続く。


「泊まることは、ご両親には言ってあるんだよね?」

「えっ、まぁ、その……はい」


 慌てる様子にじーっと睨むと、「ごめんなさい」と謝った。 


「心配するから、あずみちゃんのところに電話するよ。俺も電話で説明するから」

「えー……」

「えーじゃありません。心配かけちゃ駄目でしょ」

「お母さんみたいですね」

「茶化すでない」


 帰る時間が少し遅くなっただけでも、帰り道を迎えに来たご両親だ。無断外泊なんて許すはずがなく、俺も今後会わせる顔がなくなってしまう。

 ……今後も会う、という発想が可笑しいな、と自分で苦笑いしてしまう。


「うん、ハレさんのところに泊まる。迷惑じゃないって、え、お土産って? 持っていったよ」


 あずみちゃんが携帯電話を耳から離し、俺に渡す。


「電話先はお母さんです」


 お父さんでなくて、ちょっとだけ安心した。


「こんばんは、井尾です。先日はありがとうございました。あずみさんに引っ越しの手伝いをしてもらって、遅い時間になってしまい、申し訳ございません。えっ、そんな予感がしたって? いやいや、まぁあずみさん大荷物で来ましたけど。決して夜出歩いたり、危ないことをしたりしていないので、ご安心してください。いやー、そんなに安心されても困ります。はい、ぜひまた。夜分に失礼しました」


 あずみちゃんの母親との電話が終わり、ほっと一息つく。

 ある程度、予想された娘の行動だったようで、さほど心配していなかった。むしろ、安心されすぎて恐れ多い。


「……ありがとうございます」

「なんで、土下座しているの?」

「誠意です」

「いいって、ほら、ライブブルーレイみようぜ」

「ですね! 早くみましょう!」

「変わり身はやっ!」


 両親の承諾を得たので、彼女はもう怖いものなしだ。

 結局、セカンドライブでは物足りなく、サードライブまできちんと見てしまった俺たちなのであった。



 × × ×


 ライブブルーレイ3本はさすがに見すぎだった。

 テンションは上がったが、目が限界だと訴える。

 俺はベッドに寝ころび、彼女は床に敷いた布団に寝ている。兄が気を利かして買ってきた、お客様用の布団が早速役立ったわけだ。


「テンションあがって眠れませんね!」

「気持ちはわかるけど、なかなかにいい時間だよ」


 時計は夜の2時を過ぎている。深夜2時のテンションではない。


「ハレさん、深夜の女子トークしましょうよ。ねーねー、ハレちゃんはクラスに好きな子いる?」

「修学旅行の寝る前のトークか!」

「はっ!? 大学のクラスの子が気になるって! 私、許しません!」

「勝手に妄想領域を展開しないで!」

「私が好きなのは唯奈さまですー」

「知ってるー。俺もー」


 さっきまで、あんなに夢中になってライブブルーレイを見たのだ。当然知っている。

 好きだから、俺たちは出会えたのだ。

 同じ趣味、同じ人を推せるのはこんなにも楽しい。


「…………」

「…………」


 さっきまで愉快に話していたのに急に沈黙が生まれる。気まずい。

 何か話題をと思い、話を振る。


「あずみちゃんは何で好きなの?」


 すぐには返ってこなかった。


「……わかってください。だって、ハレさんはやさし」

「いや、唯奈さまのこと聞いたんだけど」

「ぬああああああ!! また、勘違いするようなこと言う!」


 布団から立ち上がり、ポカポカとベッドで寝ている俺を軽く叩いてきた。


「いた、いた、やめい!」

「やめませーん! ハレさんのわからずや! べしっ、べしっ」

「力強くなってるって! 悪かったって、ごめん」


 謝るも容赦がない。

 わかっている。わかっているから困惑している。

 ――好きだ。

 あずみちゃんのことが好きだ。

 けど、どう向き合っていいのかが、わかっていない。

 それに俺は唯奈さまが好きなのだ。それは推しの意味で好きで、崇める対象で、あずみちゃんへの好きとは種類が違う。

 違うけど、どこか誠実じゃない気がしていて、気が引ける。

 一番はどっちかというと、迷う。迷ってしまうのだ。

 言葉にできない。

 言葉にできない、言葉。

 推しへの一方的な愛情とは違う。

 相手がいて、そして同じように向き合ってくれる。


「すー……」

「って、寝てるし……!」


 俺をポカポカと殴っていたと思ったら、いつの間にか静かになっていて、寝ていた。一瞬すぎない? 俺が考えている間に1時間は経っていた?


「まぁ、疲れていたよな」


 夜更かししすぎたのだろう。健康的に、決まった時間にきちんと寝ているあずみちゃんだ。夜更かしは似合わない。

 起きないように体をゆっくりと動かし、布団に寝かす。

 穏やかに寝ている彼女の表情に、笑みがこぼれてしまう。


「本当、気持ちにまっすぐすぎて、一緒にいて飽きない子だよ」


 寝顔を見るのは二度目だ。

 そっと彼女の前髪に触れ、心が跳ねる。


「好きだよ」


 言葉にすると、彼女に聞こえていないのに体がカーっと熱くなった。瞬間で、沸騰した。

 言葉にすると、意味が生まれる。

 意味付けされてしまう。

 自分の中で、確固たるものとして存在してしまう。


「好き」


 けど、それでいい。

 存在していいのだ。自分で認めてあげよう。

 俺は、あずみちゃんのことをそう思っているのだ。去年の夏には向き合えなかった感情。


「……夏をやり直そう」


 夏に唯奈さまの単独ライブは、ない。

 今年の唯奈さまのツアーは冬になりそうだ。


 けど、唯奈さまが出るライブイベントがある。

 夏、サマアニ。


 大好きな君と一緒に盛りあがろう。

 そして……、


「おやすみ」


 気持ちは固まり、眠る彼女にさよならの挨拶をする。

 でも、終わりじゃない。消えずに、隣にいる。

 その安心感に、その日はすぐに眠りにつけたのだった。



 × × ×

 

 互いに寝坊したが、昼前には解散となった。


「じゃあね、ありがとう」

「いえいえ、私もハレさんの新居でのお泊り会楽しかったです! 毎週のイベントにしましょう」

「せめて、毎月レベルにしてくれない?」

「言質とりました。毎月、了解です。絶対行きますからね?」

「面倒なオタクだ」


 笑い合い、名残惜しむように「じゃあね」と別れを告げる。

 送らなくていいと言われたので、ここでサヨナラだ。 


 扉を閉め、急に静寂が生まれる。一人になった。

 隣には君がいない。


「……いつから、こんなに弱くなったことやら」


 一人が寂しい。

 さっきまでいた彼女が、もう恋しい。

 残った匂いが、触れた温もりが、余計に想いを強くさせる。

 けど、その弱さを嫌悪しない。

 だから、俺は動く。

 隣に満足するのでなく、正面から向かい合う。


「あずみちゃん、好きだよ」


 宙に向かって投げた言葉が、どこにも届かずに霧散する。

 相手がいなくては、意味を持たない言葉。

 次は意味を持たせるのだ。

 怖くて、ワクワクして、やっぱり怖い。あの時の、彼女もきっと同じ気持ちだったのだろう。

 変わってしまうかもしれない。けど、変わることを願う。


 サマアニのあと、俺はあずみちゃんに気持ちを伝える――。

 はじまった夏をやり直し、間違った夏を終わらせる。


 そう、決心したのだった。

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