第8ステージ 旅の情けは食い違い!?④

 去り際に、俺に恋愛の意味で『好き』と告白したあずみちゃんであったが、俺が電車から降りてくることは想定していなかったのだろう。

 

「すれ違いにはさせないよ」


 あずみちゃんから逃げずに向かい合う。

 

「あの、その、さっきのことは、えーっと、電車の音で聞こえてないですよね? あはは、え、目の前にハレさんがいる? さっきのことはうーんと……」


 一方で、あずみちゃんはさっきは堂々と告白してきたくせに、今は慌てふためいている。


「ちゃんと聞いたから、あずみちゃんの気持ち」

「え、その、聞き間違いでは?」


 彼女はとぼけるが、間違いではない。

 聞き間違えるはずがない。


「あずみちゃんの家まで送っていくよ。帰りながら話そう」


 ここで「じゃあね」とはならない。

 小さく頷き、彼女が承諾した。

 


 × × ×


 一緒に帰る流れとなったが、電車内は他の乗客もいる。告白のことは追及できず、二人静かに電車の走る音を聞いていた。

 話したいことは多い。聞きたいことは多い。

 でも、今は頭の中の考えを整理したい。

 それは、あずみちゃんも同じなのだろう。一緒にいながら、珍しく二人とも無言だった。ライブの話も、アニメの話も尽きないのに、今の時間は隣の彼女のことを考えていただけだった。

 

「あっ、次が最寄駅です」


 彼女がようやく発した言葉で、考えを整理する時間は強制終了となる。


「……おうちまで、ハレさん送ってくれるんですよね」

「うん、歩きながら話をしようか」

「ええ、私も話したいです」


 気持ちは同じだ。

 遠回りな帰り道も、きっと俺には、二人には最短ルートだった。



 × × ×


 あずみちゃんは最寄駅から家までは自転車だったが、自転車を押しながら話すことになった。


「駅まで毎日自転車なんです」

「けっこうな坂道じゃない?」

「慣れました。いい運動になりますよ」

「オタクには体力が必要だからな」


 お店に入って話すこともできたが、混雑する中で話をするのは違うなと思った。あずみちゃんも気持ちは一緒なのだろう。向かい合うより、隣り合って歩くほうが話しやすかった。


「で、さっきのことだけどさ」

「……しっかりと聞いてたんですね」

「聞こえるように言ったんだろ?」


 彼女の横顔を見ると、何とも言えない渋い顔をしていた。


「……わかりません。聞いてほしかったし、聞いてほしくなかったのかもしれません」


 けど、言葉は零れた。電車発車のアナウンスに紛れながらも、俺にはしっかりと届いたのだ。


「あずみちゃん、ありがとうね」

「……はい。ありがとう?」


 まず、言うことは感謝だ。


「ありがとうだよ。新横浜の時は振った形になったけどさ、それでも今も自分のことを好きといってくれることが凄く嬉しい」


 嘘じゃない。

 好かれることが気持ちを高揚させ、自分を思ってくれることが心を温かくさせる。

 けど、それは『好き』の答えなのだろうか。

 

「正直さ、よくわからないんだ」


 俺の言葉に、あずみちゃんが足を止めた。


「唯奈さまに『みんな、好きだよー』と言われるときと同じなんだ」


 俺も立ち止まり、あずみが俯いているのを感じる。

 けど、暗い気持ちにさせたいわけでは、ないんだ。


「でも、きっとそれは凄いことなんだ。だって、唯奈さまは天使だぜ? そんな存在とあずみちゃんは同じなんだ」

「……ハレさん、その言い方はどうかと思いますよ!?」


 いい気持ちはしないだろう。けど、仕方ないんだ。

 あずみちゃんも唯奈さまが大好きだから通じる、と信じている


「俺は唯奈さまが好きだし、推しだ。それは変えられない。変わらない」

「……ええ、そうですね」

「でも、あずみちゃんも俺の世界で確かな存在になっている」


 彼女が少しだけ顔をあげた。


「なくしたく、ないんだ。あずみちゃんが大事なんだ」


 俺は目を逸らさず、彼女を真っすぐに見つめる。


「あずみちゃんが笑顔だと嬉しいし、あずみちゃんに手を握られるとドキドキする。何より一緒にいて楽しいんだ。そんな存在はあずみちゃんしか、いない」


 あずみちゃんだけだ。

 ……まぁ、唯奈さまは唯奈さまだけなんだけど。


「わかりました、ハレさん」

「うん?」

「線路に私か、唯奈さまか、大勢のオタクが寝転がっていて、暴走するトロッコが迫っているとして」

「トロッコ問題にはさせないよ!? めっちゃ答えづらいじゃん!」


 というかトロッコ問題になっていない。なんで、究極の二択ではなく、三択なんだ? なんだよ、大勢のオタクって。大勢のオタクなら暴走するトロッコを止められるかもしれないだろ?


「二択にはしたくないんです! 私は選ばれないから!」

「そんなことない! 二択なら俺は選べない」

「選べないなら、ハレさんのギャルゲーはそこでゲームオーバーです!」

「な、なんだと!?」

「物語を進められません!」


 確かに、と納得させられそうになった。

 真面目な話をしているが、頓珍漢な話をしている。

 そもそも、現実にコマンド選択の画面は出てこないのだ。

 しかし、選べないことは事実だ。

 大好きな唯奈さまと、あずみちゃんとで選べない。

 つまり、あずみちゃんも同じで、彼女が大好きだと導かれる。

 ……あれ?


「なぁ、俺って相当にあずみちゃんを好きってことなの?」

「私に聞かないでくださいよ!」


 そりゃそうだ。逆に問うなという話だ。

 なるほど、そうなのか。認めたらスッキリする。好きである。認めよう。

 だから意識するし、気持ちが落ち着かない。

 じゃあ、どうなるんだ?


「うーん、で、どうしたらいいんだ?」

「だから、私に聞かないでくださいよ! ハレさんはどうして降りてきたんですか?」

「あずみちゃんとすれ違いになったら、嫌だと思ったから。それにもっといたかったんだ。まだまだあずみちゃんといたい。遠征したのに、あんな長い時間いたのに不思議だよな」

「……もう、そういうところですよ、天然ジゴロ」


 睨まれ、やがてあずみちゃんがほほ笑んだ。表情の変化が甚だしい。


「私は、ずっとハレさんにドキドキしっぱなしでした」


 新横浜での告白のあとも、変わらなかった。だから、彼女は行動したのだ。


「ハレさんが女性的な格好をしても同じか、この福岡遠征で改めて確かめたかったんです」


 普段の男っぽい格好でなく、遠征に条件をつけた。


「ずっとドキドキしっぱなしでした。もちろんハレさんの外面も大好きです、顔もタイプです。でも、違うんです。内面も、心も、声も、言動も、全部好きなんです」


 全肯定すぎて、暗くなければ顔が真っ赤なのがバレていただろう。

 感情のドストレートは心臓に悪い。


「ライブの時も楽しいのに、ずっとハレさんのこと見てました。ハレさんが笑顔だと嬉しい」


 「ハレさんが楽しいと楽しい」と彼女は言葉を続け、「でも、」と言葉を濁す。


「でも、私を見てほしかった。手を繋いだのに、振りほどかれて……」


 違和感を覚える。


「えっ、そんなつもりなかったんだけど!」

「……えっ、私を鬱陶しいって思ったんじゃなくて?」

「うーんっと、ペンライトの電池でも消えて助けを求めたのかと思ったけど、違って、あぁ、ちょうど良いところに支えがあったからつかんだとのかと」

「………………私は拒否されたと思ったんですよ」

「早とちりだよ。ライブは続くからそうしただけ。だから、やけ酒したの?」

「それは完全にトラブルです! 何も狙っていません」


 なるほど、福岡遠征を仕組んだものだから、あの酔っ払う姿も何らかの策略だと思った。けど違った。


「あと、今だから言うけどさ」


 本当に本当か? わずかに疑った俺は聞いてみた。


「昨晩、酔っぱらった時にも『好き』って言われた」

「…………はい!?」

「だから、酔っぱらった時にあずみちゃんが俺のことを好きって」

「やっぱり私、やらかしているじゃないですかああああああああああああ」


 新鮮な反応が返ってきて、安心した。

 彼女の叫びが街中に響き、あずみちゃんといると本当に飽きないなと俺は苦笑いを浮かべるのであった。

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