第8ステージ 旅の情けは食い違い!?③

「ごめんなさい!」

「ごめん!」


 お互い、ベッドに正座して、頭を下げた。

 昨晩は上半身だけあずみちゃんのベッドに突っ伏し、手を繋いだままで寝た。

 ……はずだったのだが、何故か俺はあずみちゃんのベッドに入り、一緒のベッドで寝ていた。


「ごめん、本当ごめん!」


 あろうことか、あずみちゃんを抱き枕代わりにしてぐっすりと寝ていたのだ。家にある抱き枕と勘違いしたのだろうか。ちなみに、家の抱き枕は唯奈さまが演じたキャラである。そんな豆知識は今はいらないけど。健全な抱き枕です。


「ごめんなさい、私こそ本当にごめんなさい!」


 対するあずみちゃんも謝りっぱなしだ。元を辿れば、彼女が酔っていたことが原因ではある。


「私がお酒を間違えて飲んだせいで、ご迷惑おかけしました!」

「そんなこと……」


 ない、とは言えない。


「そんなことあるんですね!? 私、面倒な女でしたか!?」

「いや、あはは……」

「ごまかさないでください!」


 誤魔化したくもなる。あの酔いっぷりと恥ずかしい言動の数々は、寝て起きた今も鮮明に覚えている。簡単に忘れられない。もし録画や録音でもしていたら、彼女は恥ずかしさで毛布を被って、布団から出て来なくなっていただろう。


「飲んだのが、まさかお酒とは思っていなくて……」

「一口目でわかるでしょ」

「確かに違和感ありましたが、福岡はこういう味なのかなと」

「福岡関係ないよ!」


 地酒ならまだしも、売っている市販のチューハイの味は地域で変わらない。

 そもそも、あずみちゃんはまともにお酒を飲んだことがなかったとのことだ。ご両親も祝いの席ぐらいでしか飲まず、家の食事では全く飲まないらしい。

 毎日の晩酌でビール缶を開けるうちの親父と、食器を洗ったご褒美で梅酒を飲む母がいる、うちの家庭とは大違いだ。ただ、20歳になってから「ハレも一杯どうだ?」と渡されたビールの苦さを知ったせいか、俺自身もアルコールが好きではない。

 けど、何も知らないのはそれはそれで良くない。自分がアルコールに耐性があるかは知っておく必要がある。そういえば、うちの大学ではアルコールパッチテストやったな。


「もう、あずみちゃんが心配だよ……」

「面目ないです。でも、一緒にいたのがハレさんで良かったです」


 笑顔で返されるが、布団に入って一緒に寝たやらかしのせいで、罪の意識を感じる。


「シジミ汁、ウコンの力など、ありがとうございます」

「なんもなくて、よかったよ」

「二日酔いって大変と聞きますからね」


 幸いにも、アルコールを飲んだ影響は昨日の暴走ぐらいで身体への影響はないみたいだ。


「けど、昨日の夜のことあんまり覚えていなくて……」

「覚えていない方が良いこともあるよ」


 がしっと両手で肩を掴まれ、揺らされた。


「え!? 私、酔っぱらって、何か変なことしました?」

「ヘンナコト、シテナイヨー」

「うわあああ、何かやらかしたんだあああ」


 嘆く彼女に真相は教えない。

 秘密にしとくべきこともあるのだ。

 


 × × ×

 

 しっかりと夜眠れなかったせいだろう。

 帰りの飛行機は二人とも爆睡で、飛行機が飛んだと思ったらいつの間にか東京に着いていた。

 

「次のライブは夏かな」

「唯奈さまのライブ、早く発表されないですかね~」


 羽田空港から地下鉄に乗り、各々のお家へ帰る。途中の京急蒲田駅までのルートは一緒だ。そこから神奈川に住むあずみちゃんと、東京に住む俺の帰路は別々だ。


「アルバム発売ももうすぐだから、来ると思うんだよな」

「ですよね。そこにライブ先行が付くはず」

「まぁ、ファンクラブに入っているので、チケットどれかはとれると思うけどさ」


 こうして、俺たちは定期的に会える。唯奈さまという推しがいるおかげで、俺たちはまた会おうとする。約束が続くのだ。

 

「ハレさん、福岡遠征楽しかったです」

「お礼を言うのは俺だよ。すごく楽しかった。まぁ、色々とトラブルはあったけどさ……」

「忘れてください……」

「アハハ」

「笑わないでくださいよー、フフフ」


 トラブルも旅のお土産話になる。笑い話ほど思い出に残るものだ。

 アナウンスが流れ、あずみちゃんが席を立つ。

 次の駅であずみちゃんが降り、乗換だ。

 二人の遠征は、今日は終わりだ。次までは時間が空く。


「お疲れ様です、気を付けて帰ってくださいね」

「あずみちゃんこそ、お家に帰るまでが遠征だぞ」

「ハレさんこそ」


 座ったままではいられなくて、俺も扉の近くまで来ていた。ホームに降りた彼女と言葉を交わす。終わってほしくないと願い、隔てた空間が遠く感じる。

 

「楽しかった、本当だよ」


 口から言葉を発していた。

 わかっている。

 ――名残惜しいのだ。まだ俺は彼女といたいと願う。あんなに一緒にいたのにもっと一緒にいたい。

 次の約束が長い。次までが長い。

 けど、今日はもう終わるのだ。


 手を挙げ、じゃあなと手を振る。


 発車メロディが流れだす。

 駅ホームにいる彼女がほほ笑んだ。


「ハレさん、私わかったんです」


 そして、メロディに隠れるような小さな声で口にした。

 他の人には聞こえない。俺にしか聞こえない音で紡いだ。


「私、ハレさんのこと好きです」


 それ以外の音がノイズキャンセルされたかと思うほど、鮮明に聞こえた。

 好き。

 昨日、酔っぱらった彼女から聞いてしまった言葉。聞いてないことにした、彼女の気持ち。

 けど、今のあずみちゃんは酔っていない。

 真っすぐ、俺の目を見て、彼女は告げたのだ。去り際に、終わり際に、寂しい瞬間に。

 

「私の気持ちは変わっていません。私はハレさんに恋しています」


 あずみちゃんが好きの種類を語る。もう間違いはないと証明する。


 発車の音楽が鳴り終わり、アナウンスが聞こえる。

 彼女の去り際の告白を聞いて思ったのは、まず一つだ。


「ハレさん、またね」


 これじゃ、言い逃げだ。


 扉が閉まる前に、足が動いていた。

 もう、すれ違ったりはしない。


 轟音が鳴り響き、やがて静かになるまで驚く彼女の顔を見つめていた。

 電車から降りた俺は、告げる。


「今度は、すれ違いにはしないから」


 次にペンライトを返すなんて、しない。

 告白を勘違いにしない。


 電車は動き出し、もう戻れやしない。

 駅のホームに二人、取り残されのであった。


 まだ、遠征は終わらない。

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