第8ステージ 旅の情けは食い違い!?⑤
勘違いと、すれ違いは解消し、自分の気持ちもはっきりした。
けど、そこから……どうすればいいのだろうか?
「じゃあ、試しに私と付き合ってみます?」
「……試しにってどうなの?」
「サブスクも1か月無料とかあるじゃないですか」
「良くないよ! サブスクと一緒にしちゃ駄目」
そこは真剣に向き合いたい。生半可な気持ちで彼女を傷つけたくない。
なら……、そういうことなのか。俺の答えは決まっているってことか。
「あずみちゃん、俺は……」
唾をごくりと飲み込み、口にしようとした。
「あずみ」
「いたわ、あずみ」
が、言葉が引っ込む。
あずみちゃんと俺以外の、別の声が聞こえ、急いで振り返る。
男性と女性の二人がいて、あずみちゃんを親しげに呼んだ。
「お父さん、お母さん!」
「えっ!?」
あずみちゃんがその二人をお父さんと、お母さんと呼んだのだ。
「帰りが遅いから心配したぞ」
「私は大丈夫と言ったのだけど、お父さんが言うこと聞かなくてね」
「なっ、母さん! それは内緒にしとけと」
あずみちゃんの帰りが遅いから心配になって、ご両親が迎えに来たとのことだ。空港から地下鉄に乗る時にあずみちゃんは両親に帰る連絡していたが、予定時刻より時間は遅い。俺と乗換駅で少し話したり、自転車に乗らずに話しながら帰ったりと、確かに予定より時間がかかっていた。心配させてしまった。
あずみちゃんが答える。
「友達とお喋りしながら、帰っていたの」
友達? 誰それ? と思ったが、俺のことだった。同志と称されることがほとんどで、さっき告白されたばかりなので『友達』と言われると疑問符が浮かぶ。
しかし、同志とか告白とか両親に話していいはずがない。
「どうも、突然のご挨拶で失礼します。あずみさんの友達、
あまりに突然で、「つまらないものですが……」と渡すお土産も何もない。ペンライトを渡すぐらいしかできない。ペンライトを渡して「一緒にコールします?」なんてふざける余裕はない。
何もやましいことはしていないが、冷や汗が止まらない。
「綺麗な人ね。あずみが泊まりに行くって言ってからお父さんずっと心配しててね」
「なっ、だから母さん、それは内緒にしとけと」
照れる父親に、茶化す母親。
あずみちゃん思いのご両親だ。
「もう! 二人でコントを始めないで! ハレさんの前で恥ずかしいでしょ」
俺も気まずいが、あずみちゃんはもっと気まずいだろう。
何にせよ、俺とあずみちゃんの遠征はこれで終了だ。告白のことも持ち越しになる。この状態で、ご両親の前で返事なんて到底できない。そんな勇気は、ライブ後のハイテンションな俺でも持ち合わせていない。
「あっ、じゃあ、おれ、わ、私はこのあと電車で帰りますので、お邪魔しました〜」
家族の時間優先! さっさと立ち去ることにしよう。そう思ったのだが、あずみちゃんのお父さんに呼び止められた。
「もう時間が遅い。井尾さんのお家はどこだい?」
「あーそうですね、東京の中央線沿いで……」
「それなりの距離だ」
「お父さん、井尾さんを送っていってください」
「えっ!?」
お父様に聞かれ素直に答え、母親にアシストされる。
「え、送ってもらうなんて悪いですよ!?」
助けを求めようと横のあずみちゃんをみる。ニヤリと笑って、「あっ、この子も敵だ」と察した。
「せっかくだから、お父さんに送ってもらってください。それとも時間も遅いので……私の家に泊まりますか?」
「送っていただけますでしょうか!」
小さな声で耳元でささやくな!
お家も現在地から見える一軒家だと紹介され、一緒に向かった。
こうして、俺を好きと告白した彼女の父親との、あずみちゃん不在の奇妙な夜のドライブが始まったのであった。
いったい、どういう状況だ!
× × ×
後部座席に座り、シートベルトをしっかりと締め、お行儀よく座る。
運転するあずみちゃんのお父さんに改めて、謝る。
「ごめんなさい、車で送ってもらって」
「いえ、あずみも迷惑をかけたことでしょう」
迷惑……はかけられたけど、「酔っぱらって大変でしたよ」なんてお父さんには話せない。
「そんなことないです、あずみさんはいつも楽しくて、素敵な方で」
「暴走することがあるでしょう」
「アハハ……たまに、ですかね」
否定はできない。お家でも暴走することあるのかな?
「突然の挨拶になり、すみません」
「いえ。私もあずみと一緒に宿泊した友人を、一目見て置きたかったんでね」
ミラー越しに目が合う。
あれ、もしや俺、品定めされている? あずみちゃんの友人に相応しいか、吟味されている? 笑っている場合じゃない?
「車内の温度は大丈夫ですか。寒く、ないですか」
「え、ええ。ちょうどいいです」
「そうですか」
「はい」
「…………」
「…………」
超気まずい。
あずみちゃんの父親だ。初対面もいいところだ。それも接点であるあずみちゃんがいない。あずみちゃんがいてもややこしかったかもしれないが、訳が分からない。いやはや、どうしたものか。
「あずみは昔から、賢い子だった」
あずみちゃんの父親も気まずいと思ったのだろう。父親から話を振ってきた。
「え、そうなんですか。いや、あずみさんは賢い人ですけど」
「そんなことない。小学校に入るまでは、ただ純粋に無邪気に笑う子だったんだ」
「小学生になって何か変わったんですか?」
「どうしてかはわからないけど、変わった。特に何もなかった。トラブルもない子だった」
信号が赤で車が止まる。
「でも、どこかで壁をつくっている気がした」
余計なトラブルにならないように、ある意味、賢い生き方を知ってしまった。
「友人はそれなりにいました。けど、本気で打ち解ける友達はいないようだった」
オタク全開だったら周りが引いてしまうだろう。周りが引かないように、周りから目立たないように、ほほ笑んで、空気を読んで、自分を隠して生きてきた。
だいたい、そんなことが言いたいのかなと意訳した。
「だから、あずみが本心で話せる、あなたのような友人がいてくれてよかった」
友人、なのだろうか。もう友人と書かれた白線から飛び越えてしまっている。
さっき告白された、とは言えない。
車が動き出し、外の風景に目をやる。見慣れた光景になってきた。もうすぐでこの奇妙な組み合わせのドライブも終了だ。
「あなたの話が、食卓でも出てきます」
「え、へ!? いやー、それはお恥ずかしい限りで」
「ハレさんは凄いとよく言ってますよ」
人んちの食卓で話題になるなんて、どういうことだ。
ただ、あずみちゃんの父親、母親への印象は悪くないみたいだ。安心はした。
「あずみが楽しそうにしているのは久々なんだ」
「そうなんですね……。ありがとうございます」
「ありがとうございます、はこちらだよ」
照れくさい。感謝されることなんて何もしていない。俺が仲良くしたいから仲良くしているだけだ。
けど、それが認められることは嬉しい。
「あずみとこれからも仲良くしてください」
「ええ、もちろんです」
その答えだけは確かだった。良いお父さんで、ほほ笑む顔があずみちゃんにどこか似ているなと思ったのであった。
× × ×
「ただいまー」
元気に帰ってきたが、玄関にそのまま倒れてしまいたい。
車内では気を張っていたので、家に着き、どっと疲れがやってきた。
あずみちゃんから連絡来てないかな? と思い、まだ靴も脱いでいないのに携帯で連絡を確認する。
連絡は来ていたが、文字ではなかった。遠征での写真だった。
空港でのツーショット。
ロボットの立像を楽しそうに見ている俺。
ライブ会場前で、一緒に撮った写真。
もつ鍋を美味しそうに食べているあずみちゃん。
朝食のバイキングで大盛りな彼女。
飛行機での俺の寝顔。いつ撮ったんだよ。
たった2日間だったが、濃い遠征だった。写真を見ると癒されて、今すぐにまた会いたいなと思う。
「……好き、なんだな。あずみちゃんのことが」
写真を見て、改めてわかる。
ありがとうと心の中でお礼を言う。彼女の策略のおかげで、俺は気持ちを自覚できた。
この気持ちは、次のライブまでは待てない。
「ハレ、おかえり」
「うわっ!?」
自分の家の父親に声をかけられ、びっくりする。あずみちゃんの親の次は、うちの親かよ。
「急だがな、ハレ」
「うん?」
そして、さらに驚くようなことを言うのだ。
「父さんと母さんな、引っ越すことにしたんだ」
「…………はい?」
お家に着くまでが、遠征だ。
けど、遠征から帰っても俺に落ち着く暇はなかった。
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