第2公演

第7ステージ 押しかけはお門違い!?

第7ステージ 押しかけはお門違い!?①

 あの時の光景が、今でも鮮明に思い出せる。


『アンコール公演、ツアーファイナルいくよー!』


 ヘッドフォンから聞こえる歓声に、鼓動が再び高まる。『新時代の歌姫』と称される橘唯奈、唯奈さまのライブをブルーレイで見ている。先日発売され、もう5回は見直しているだろう。何度見ても新しい発見があり、飽きることはない。

 部屋で座りながら唯奈さまの輝く姿を見ていたが、気づいたら立ち上がり、ペンライトを振っていた。光らせず、省エネだ。周りの人の動きを見なくても、フリは自然と覚えている。体が覚えている。


「最高だ……」


 見終え、こぼれる感想はいつも同じだ。

 唯奈さまのライブはいつだって最高で、毎回最高の上をいってくる。期待を遥かに超え、更新し続けるのだ。先日、20歳になったばかりの唯奈さまだが、そのポテンシャルはまだまだ計り知れない。

 これからが、楽しみだ。もっともっと彼女は羽ばたいていくだろう。


『来てくれてありがとう~! 皆、大好きだよー!』


 ライブブルーレイが終わり、満ち足りた気持ちになる。ペンライトも振ったので、程良い疲れが心地よい。

 そう思うのに、


「…………なんでだろうな」


 ひとり言をこぼしてしまう。理由はわかっている。わかりきっている。

 あの時のことを、思い出してしまうのだ。

 この横浜の公演で、ライブ後に俺は告白された。

  

 俺、井尾羽礼は、オタク仲間『同志』である立川亜澄、あずみちゃんに好きである、付き合ってほしいと言われたのだ。

 だが、男女の関係で付き合ってほしいと言う彼女の告白を俺は断った。

 なぜなら、俺は男ではなく、女であるからだ。

 

 そのため、あずみちゃんの告白は失敗、いや、無効となり、俺たちの『同志』関係は解消されず、今もなお続いている。

 続いているはずなのだが、武道館ライブの帰り、俺はあずみちゃんに頬をキスされた。


「……なんなんだろうな」


 何だったのだろう。ライブで気持ちが昂りすぎてしまったのだろうか。それはそれでキス魔で、あずみちゃんのことが心配になってしまう。誰彼かまわず、そんなことしてほしくない。まぁ大丈夫か、彼女は女子大、お嬢様大学なのだから。……はたして大丈夫なのか?

 同志の誓い、と彼女は誤魔化して言ったがそんなわけあるか。

 

 なら、なんだろうか。

 思いつく答えは出ている。

 あずみちゃんが俺のことを変わらず、好き、だということ。同性とか関係なしに、あずみちゃんの気持ちは変わっていない。

 ……のかもしれない。

 妄想だ、戯言だ、と切り捨てきれない。


 武道館ライブ以降、予定されているライブはなかったが月に1回はお茶をするなどして、あずみちゃんと会っている。「早く唯奈さまのライブ来ないかな~」と言いながら、オタク友人関係が継続中である。

 次の唯奈さまのライブは、まだ来ない。

 ライブが来たら、次に進めるわけではないが、なんだか中途半端な気持ちのまま春を迎えてしまったなと軽くため息をついた。



 × × ×


「ふぁ~~……」


 欠伸をしながら、大学構内を歩く。

 ライブブルーレイを見終えた後も、あれやこれやと考え、布団に入ってもなかなか眠くならなかった。ライブを見たことで交感神経が高ぶってしまったのだろう。やっかいな体な機能だ。

 そう結論づけ、歩きながら木々を見上げる。蕾が膨らみ、そろそろ桜が咲きそうな予感を感じる。だいぶ温かくなったものだ。

 

「風つよっ……」


 濃すぎた夏が終わり、武道館ライブも終わった。

 冬休みより長かった春休みが終わり、俺もはれて……かどうかはわからないが、大学3年生になった。大学もあと2年間になったわけだ。就職活動、卒論制作など考えたくないことが目の前に迫ってきている。

 春が終わり、また夏がやってくる。

 ひと夏の出会いでは、終わらなかった関係がまだ続き、そして1年が経つのだ。


「……ハッキリとさせないとな」


 自分で口にして、「そうだろうか?」と疑問に思う。ハッキリってなんだ。

 けど、この関係の時間的猶予は意外と多くない。俺たちの学生生活は終わり、否が応でも働く必要が出てくるだろう。働くことでお金が今よりも見込めるので、そこは嬉しいが、時間は今より限られてくる。

 就職活動をする上でも、土日休みはもちろん、平日のライブでも有給休暇をとれるような環境を選ばなくてはならない。しかし、ホワイトかどうか入らないでわかるものだろうか。平日の残業もできるだけしたくない。推しのことに必死になれる環境を手に入れたい。

 かといって、声優事務所やイベント関係の仕事には就こうとは思わない。適切な距離大事。あくまでお客として俺は支えたい。音楽や絵を描く才能があれば話は別だが、何らかのクリエイターになれる素質はない。オタクの中のオタクを目指すだけだ。まぁ、オタクだと声優事務所のマネージャーには絶対に受からないとよく聞くけど。

 

 ブルル。


「うん?」


 携帯電話が震え、画面を確認する。

 ――立川亜澄。

 考えていた彼女からの電話で、慌てて出た。


「もしもし、どうした?」

『あっ、ハレさん、出てくれました』

「うん、急に電話なんて珍しいね」


『今、ハレさんの大学に来ているんですけど』


「ど、ど、どゆこと!?」


 どういうことだ! あずみちゃんが俺の大学に来ている? 話が読めない。突然すぎる。今、今なの!?


『あ、もしやあれはハレさんでは?』

「え、へ?」


 辺りを見渡しても、彼女らしき姿は見えない。すでにこのキャンパスにいるのか? 捕捉が早い。


『やっぱりだ!』

「え、どこ!」

『う…しろ』


「私、今、ハレさんの後ろにいるの」

「ぎゃあああああああああああああ」


 後ろの茂みから急に聞こえた声に、思わず大声をあげる。

 振り返ると、いたのだ。

 さっきまで電話していた女の子。

 あずみちゃんだ。

 俺と比べて背は少し小さく、何故かドヤ顔をしている。チェックのチュールスカートに、ブラックのブラウス。普段よりも大人びた印象を受ける。


「ごきげんよう、ハレさん」

「こわっ!? ごきげんよう、じゃないよ!?」


 相変わらず、アグレッシブなオタクだ。

 いつも俺を驚かさせてくれる。いや、今回のは心臓に悪いからやめて、本当に。

 厄介なオタクが押しかけてきたのであった。

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