第6ステージ Summer continues.

第6ステージ Summer continues...

 登場からの2曲が終わり、照明が一度消える。

 少しして、光が天使をまた照らし、合間のトークに切り替えだ。

 手を大きくあげ、会場全体に響くように宣言する。


「唯奈が武道館にきたよーーーーー!」


 中心のステージで、唯奈さまが嬉しそうにまわって、全方向の観客に手を振る。360度の円型のこの武道館はどこからでも見やすく、唯奈さまのファンサはどの席のオタクにも届くだろう。

 それにしても、だ。

 今日の俺たちは前から3列目の席で近すぎる。


「唯奈さま、唯奈さまが近すぎます……!」


 小さな声で言いながらも、隣の女の子も興奮気味だ。

 

「連れてきてくれてありがとうございます、ハレさん!」

「まだ始まったばかりだぜ? これからだ」


 不安もあったと思うが、この様子を見ていると問題ないだろう。杞憂に終わったわけだ。

 

「じゃあ、次の曲いくよ。まだまだ走るからついてきなさい!」


 ペンライトを握る手が強まる。


「Lucky Trigger!」


 世界が黄色に移り変わる。

 隣のあずみちゃんも慣れた手つきで、色を切り替えていた。


「……」


 嬉しそうにペンライトを振る彼女につい見とれてしまい、ふと目が合った。

 俺の視線に気づいたのか、彼女が笑顔を向ける。


「っ……」


 慌てて逸らし、ステージ上に意識を戻す。

 鼓動の激しさも、ライブの高揚感のせいだと誤魔化した。



 

 × × ×


 会場の終了のアナウンスが流れても、しばらく呆然としていた。


「しゅごしゅぎ……」

「……最の高の高でしゅた」


 隣の女の子も同じような状況だ。

 

「このままずっと、ここで浸っていたい」

「わかります。わかりますが、スタッフさんに迷惑です」

「……だな、そろそろ行こうか」


 首に巻いたマフラータオルで汗を拭い、出口へ向かって歩き出した。


 

 


 外に出ると世界は真っ暗で、風が涼しい。何も様子は変わってないはずなのに、今までの世界じゃない気がした。


「……なんだか別の世界みたいだ」

「そうですよ、別の世界なんです。唯奈さまに魅せられて、世界は綺麗に染まり変化したんです」

「そうだな、ペンライトの光のように切り替わったんだ」


 「そう、それです!」と彼女が強く肯定する。

 歌が終わっても、光は消えない。色鮮やかに世界を変えてくれる。

 でも、現実も待っているわけで、


「今日は遅いし、このまま帰宅かな……」

「ですね、仕方ない。本当は語り合いたいのですが、終電もありますし……」

「3時間も歌ってくれたもんなー。また今度語ろう、落ち着いてからたくさん話したい」

「もちろん! でも、今日帰ったら電話してもいいですか? 興奮しすぎて眠れる気がしません!」

「明日は授業だから、それに影響しないぐらいなら」

「わかりました、朝の4時までですね」

「いや、それはめっちゃ影響するから! 簡潔に、要点まとめよう! 後日ゆっくり」

「仕方ないですね、ハレさんの声が聞けるだけ良しとしますっ!」


 彼女の大学に会いに行った以来、あずみちゃんとの距離感が変わった気がする。

 すぐ手を握ってくるし、言葉も狙っているんじゃないかと思うことがある。


「気持ちはわかるよ、人生で1番のライブだった」

「はい、ハレさんの言う通りでした。来て良かった。来なかったらぜったい後悔してましたね。お世辞じゃありませんよ?」

「わかっているよ。隣であんなにはしゃいで、涙ぐむ姿みたら嘘だと思わない」

「も、もう! ハレさんこそ、アンコール一曲目で泣いていましたよね?」

「そりゃ泣くだろう!? アンコールすぐであのバラードは泣いてしまうって!」


 不安も、涙も、期待も、何もかもすべて巻き込んで、世界を変えてしまった。

 歌の力、ライブの力、唯奈さまの力。

 それは一人では味わえなかったものだ。隣にいた、この子だけじゃない。観客のオタクたちがいてこそ、成立した一つの奇跡。


 彼女が真面目な顔をして言う。

 

「ハレさん、ありがとう」

「何度も言わなくても大丈夫だよ、俺こそありがとう。最高の一日だった!」

「私もです!」


 何度言ったって、足りない。

 今日と言う日を忘れることはない。


「ハレさん」


 あずみちゃんが自分の名前を呼び、手を引っ張った。

 なんだろうと思い、振り返ると、


 頬に柔らかい感触があった。


「……………………は、い!?」


 何が起きたのか理解する前に、少し背伸びした彼女が離れた。

 まだ現実が戻って来てないかのように錯覚する。

 な、何が起きた? 残る感触は生々しくて、味わったことない気持ちが押し寄せる。


 目の前の彼女は顔を真っ赤にして、行動の意味を説明する。


「改めて、お、お礼です!」

「へ、え、へ?」

「同志なんで問題ありません!」

「う、うん?」

「女性同士だから何も問題ありません!!」

「も、問題だらけだよ!」


 夏はもう終わっていて、葉は色づき、もうすぐで冬がやってくる。

 でも、口づけされた頬はさらに熱を帯び、心を暑くする。


「帰ったら、今日は何を食べましょうかね~」

「きゅ、急に話を変えても、今起きたことは消えないから!!」

「あれです、ライブの高揚感です。ハイタッチのようなものです」

「え、そんな気軽にキスするものなの?」

「そんなわけありません! 初めてです、初めてのキスに決まっています。……はっ、で、でもマウスとマウスじゃないのでセーフです」

「アウトだよ!」

「同志の誓いです。女子同士なら挨拶みたいなものです、そうです、そうなんです!!」

「こんなの同士でも、同志でも間違いだからああぁああぁあああ!!!!!」


 ライブが終わったというのに、今日一の大声を出したオタクがいた。


 確かにこの日、世界の色は切り替わったのだった。何色に変わったのかは、恥ずかしくて言いたくはなかった。


 まだまだ、夏は続く。

                      <第1公演 完。 第2公演へ>

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