第3ステージ スキは勘違い!?④

 いまだ驚きっぱなしの彼女を前に、俺は話を続ける。


「俺……ああ、慣れないな。わ、私の名前は羽礼って言うんだ。漢字だと、鳥の羽に、礼儀の礼。礼儀正しいことなんて無かったけどな」


 井尾 羽礼いお はれい

 小さい頃『はれい』ときちんと言えず、『はれー、はれーはね』と言っていたので、気づいたら周りは『ハレ』と呼ぶようになっていた。


「それで、『ハレ』ってあだ名にしている。男っぽい格好だし、こんな口調だけど、残念ながら女なんだ」


 はれい。

 男でも女でも、どちらでも通じそうな名前だが、私は女である。

 性別上でも、私の認識上でも。

 男になりたいわけでもないが、オタクライフを優先するあまり、できるだけ節約するため兄のおさがりばかり着て、見た目も男っぽい感じになっていた。女子っぽいことをするなら、唯奈さまにお金を注いだ。


「え、ええ、そうですか」

「うん、そうなんだ」

「……」

「……」


 風が吹き、あずみちゃんの髪が揺れる。

 夏だけど、この時間だとちょっと肌寒い。

 少しの沈黙の後、彼女が大きな声を出す。


「……ええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」


 静けさを驚きの声が破る。ライブの時より大きな声を出しているな~としみじみ感心している場合じゃない。

 驚くまで間がかなりあった。頭の中で必死に情報整理しようとしたのだろう。そして、パンクした。言葉が、感情が。無理もない。同情してしまう。

 

「騙すつもりも何もなかったけど、ごめん。むしろ女とわかっていたから、あずみちゃんは俺……私を同志に誘ったもんだと思っていた」


 一人称が安定しない。私なんて言葉を使うのは、いつぶりだろうか。


「ま、待ってください。まだ信じられません。ハレさんが女? 女の子? ちょっと公園走って落ち着いてきます!」

「それ、絶対落ち着かないよね!?」

「じゃ、じゃあ、そこの自販でコーラ買ってきます! 一気飲みして落ち着くんでお待ちください!」

「可笑しいよね? 思考が可笑しくなっているよね!?」

「それなら、頬をつねってください。これはきっと夢なんです! 起きたらきっとハレさんは男になっているんです。そう、これはきっと悪い夢!」

「現実だよ。それに夢にしたら駄目だ。唯奈さまのライブをなかったことにするのはやめよう」

「すみません……」


 唯奈さまオタクとしてツッコまざるを得ない。

 いや、めんどくさいな俺。こんな時でも考えるのは唯奈さまのことだ。ライブは最高を超えた最の高だったけどさ。


「……」

「……うぅ」


 何だろう、この状況……。俺たちは何と戦っているのだろう?

 いまだ彼女は現実を受け止め切れず、混乱している。


「……ごめんね、勘違いさせて」

「え、だって、良い人だなー、好きかもしれない、気になるなー、かっこいいなー、話しやすいなー、これって恋? うん、好きかも……! もし付き合ったら、うわああ、きゃあー、と思っていた男の子が、女の子。実は女の子だったなんて、こんなことありえますか!?」

「うん、普通はないよね。惚れた男が、女の子だったなんてありえないよね」

「え、本当に女の子ですか? ハレさん、ちょっとここで脱いでくれないですか?」

「へ、変態!? さすがに俺にも羞恥心はあるからな!」


 ライブTシャツを引っ張らないで、あずみちゃん! 混乱状態の彼女ならやりかねない。

 必死に抵抗し、彼女と距離をとる。


「ぜえぜえ……」

「はぁはぁ……」


 何でライブ後に息切れしているんだ、俺たち?


「お、落ち着こう、あずみちゃん!」

「落ち着けないですよ! 私初めて告白したんですよ!? 初告白です。返してください! 私のピュアな気持ちを、恋心を返してください」

「えぇ……」


 初告白。

 それが勘違いで、盛大な間違い。

 我ながら、大変申し訳ないことをしたと思う。

 が、涙目で訴えるこの子に、俺ができるのは謝るぐらいだ。


「本当に申し訳ない。ごめんなさい。まさかここまで勘違いさせてしまうとは思っていなかった」

「もう、どうしたらいいの……」


 と言われても、それに対する答えはない。


「どうもできないかと……」

「うう、私の恋心がもてあそばれた」

「そんなつもりないけど、ごめん! 本当にごめん!」


 「私は女です!」と最初に言わなかった俺が悪いのだ。

 ……悪いのか? わざわざ性別言うか? 可笑しくない? 

 ペンライトを貸した時、そこで「私は女性です!」と言って貸すのは、さすがにないだろう。

 どこで間違えたかといえば、名古屋で再会した時だ。

 あだ名で済ませず、本名と性別を言っておけばよかったのだ。そうしたら、彼女がここまでの傷を負うことはなかっただろう。

 傷? 傷なのかな。うーん、苦い思い出?

 

「私が悪いんです。あー、男の人にしては髪の毛綺麗だな、しっかりケアしているなーとか、肌綺麗、この人は髭生えない体質なのかな? とか、手があまりごつくない、むしろ私より柔らかいとか、笑った顔が可愛いなーとか、気づくポイントはいくらでもあったんです。あったのに、うう、私は間違えて……」


 彼女はどんよりとした表情で、いまにも暗黒面に堕ちそうな雰囲気を漂わせている。まずい。本当にどうしたらいいの?


「私が悪い、私が悪いの? 私は悪くありません! やっぱり悪いのは、かっこよくて優しいハレさんです。勘違いさせるハレさんがいけないんです! 許しません、しっかりと責任をとってください!」

「無茶苦茶な!」


 責任をとるってどうすればいいのだ。

 ずっと男のフリをする? そんなの無理だ。

 じゃあ、金銭的解決? 大学生の俺に酷な責任の取り方だ。それに弄んだつもりはないしさ。

 どうしようもない。

 けど、変わらないこともあるんだ。


「あずみちゃん、聞いてくれ」

「はい、何ですか? 示談金の交渉ですか」

「しないよ! えっ、お金とられるの!?」

「とりませんけど……」


 話がなかなか進まない。あずみちゃんらしくて、笑ってはいけない場面だけど笑ってしまいそうだ。


「で、何ですか、ハレイちゃん」

「ちゃん付けするなし!」

「で、何なんですか、ハレさん」

「初告白の結果はどうにせよ、これからも俺たちは同志だ」

「は、はい~??」

「これからも一緒にライブは行ける」


 そう、彼女の一世一代の告白は無効になったのだ。

 俺が男で彼女を振っていたら、ライブ仲間を失うことになっていた。そのリスクもありながら、彼女は告白する決断をしたのだ。

 その決意を考えると、本当に申し訳ないな……。

 

「残念ながら、俺たちの関係性は変わっていない」

「残念ながらって言わないでください!」

「だから、同志は解消されていないんだ」


 そう、彼女と彼氏にはなれないけど、良い友達、同志になれる。

 結果的には彼女を振ったことになるが、これからも女同士、仲の良い友達としてライブに行くことができる。

 俺が女だったことで変わらない関係を続けられる。


「もう! ハレさんは調子いいんだから!」


 彼女がようやく笑顔を見せた。


「ああ、もう、これからも宜しくお願いしますよ。同志として!」

「おう、同志としてな!」


 こうして、ようやく俺たちのライブは終了したのであった。

 最高の日はそのまま、最高のまま終えたと俺は信じていた。

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