第3ステージ スキは勘違い!?⑤

 家に帰るや否や、ベッドに飛び込み、枕に顔をうずめて叫ぶ。


「うあああああああああああ」


 私、立川亜澄たちかわあずみは失恋をした。


 困っている時、手を差し伸べてくれて嬉しかった。

 ペンライトを返し忘れ、間に合わず、駅で別れた時は悲しかった。

 戻ってきてくれると待っていたのに、来なくて辛かった。


 別の会場で会えた。やっと会えた。また会えた。

 仲良くなりたい。友達になれた。同じ唯奈さま好きの友人として、同志になれた。


 話が合う。つい見とれてしまう。カッコいい。

 気づけば、のことばかり考えていた。


 好きになった。好きと、気づいた。

 友人のままではいられない。同志の枠では留まらない。

 だから、頑張った。

 告白した。

 もっと彼のことを知りたい。もっと彼とたくさんの思い出をつくりたい。もっと彼のことを好きになりたい。

 

 ――でも、彼は女の子だった。


「どどどどどういうこと!?」


 部屋で一人ツッコミを入れる。

 惚れた王子様が、お姫様だった。

 いやいや、さすがに女子高育ちの私といえど、間違えるなんて可笑しいだろう。

 だって、ハレさんはかっこいい。

 身長は私より少し高く、華奢だ。

 髪は前下がりのワンレンボブ。ボブ×ストレートヘアはすっきりした印象を与え、爽やかだなーと思った。

 服装はお兄さんからのお下がりが多いと言っていたが、しっかりと着こなしている。


「女、なわけない……」


 携帯を見る。そこには一緒に撮った写真が表示されていた。

 横浜でのライブが始まる前に撮ったものだ。

 会場前でスタッフのお姉さんに撮ってもらった。スタッフさんもカップルと思ったのだろう、『カップルで同じ推しがいるって素敵ですね』と私だけに聞こえるように言ってくれた。そう、スタッフのお姉さんも間違えていたのだ。

 私が悪いわけじゃない。ハレさんがやっぱり悪い。

 羽礼はれい

 正直、男でも、女でも通じそうな名前だ。

 でも、女と知ってから写真をじっくり見ると、


「女かもしれない……」


 笑顔がカワイイ。

 中性的な男子もいるだろうが、それにしては可愛すぎる。

 普段はクールな男っぽい雰囲気なのに、写真ではかっこつけずに、あどけない笑顔で、女子っぽさが溢れている。 

 男っぽい見た目、口調だが、女性らしさ、可愛さを隠しきれていない。

 もう何なの男っぽさ、女性らしさって!? わかんない、わかんないよ! ハレさんを見ていたら、訳が分からなくなってくる。

 私は、何を見ていたのだろうか。

 ハレさんのどこを好きになったというのか。

 恋は盲目。よくいったものだ。

 男性と勘違いし、好きと思い込み、告白までしてしまった。


「思い込み……」


 私の恋は終わった。

 毎日が桃色の感情で溢れていた、この夏は終わったのだ。


「……」


 けど、『好き』になった事実は変わらない。

 ハレさんが優しくしてくれたから、好きになった。

 ライブで楽しそうに笑うのを見て、好きになった。

 すれ違って、また会いたいという思いが大きくなった。

 話して、面白くて、もっと一緒にいたいと思った。

 唯奈さまへの熱い想いに驚き、共感した。

 私の唯奈さまを推す、濃い感情にひかず、理解し、分かち合ってくれた。

 一緒に見たステージは、生きてきた中で最高のものだった。

 

「……思い込み?」


 ハレさんは女だ。

 私も、女。

 私の恋は終わった。


 でも写真を見て、なんでこんなにドキドキするんだろう。

 ドキドキは止まらない。

 この夏の出来事を思い出して、ハレさんと一緒に行ったライブを思い出して、何でこんなに温かい気持ちでいっぱいなのだろう。


 もしかして……いや、それはない。

 ないよね?


 自分の気持ちを否定するも、ハレさんに会いたい気持ちは変わらない。

 そうなのだ。振られたのに、私の恋は終わったのに、私はまだハレさんに会いたい。友達に会いたい、とは違う気がする。


「……確かめよう」


 この気持ちが何なのか。

 ライブ友達ができた嬉しさなのか、ライブの興奮がもたらした副作用、吊り橋効果なのか、それともハレさんが本気でまだ好きなのか。

 人としてではなく、恋愛対象としてなのか。


 ガバッとベッドから起き上がり、ノートパソコンを立ち上げる。

 私たちの共通事項は、唯奈さま。

 それ以外で、ハレさんを誘うなんて難しすぎる。

 なので公式ホームページ、公式SNSを見て、必死にきっかけを探す。会う口実をつくるのだ。

 ライブは終わった。当分ない。なら、他の要素をと情報の波の中で光を探索する。

 

「あった」


 そして、私は見つけたのだ。

 これならハレさんも来てくれるはずだ。さっそく文章を作成し、送る準備をする。


「ハレさん……」


 しかし、不安な気持ちは晴れない。

 『彼女』が私のお誘いにのってくれるのか、わからない。


 でも、唯奈さまの曲でも言っているのだ。

 『待っていたら駄目だよ』と。

 だから、私はボタンを押した。ハレさんを誘った。……送るまで30分はかかったけど。


「あれ、でも、その唯奈さまの曲って……」


 『恋するクリームソーダ』。

 たぶん、私自身もその歌の意味をよく理解していない。

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