第3ステージ スキは勘違い!?③
川沿いの公園に着いて、やっと彼女の歩みは止まった。
周りに人はいなく、俺と彼女の二人だった。ベンチはあるが座らず、対面に立つ彼女が喋り出す。
「あの、そのですね」
「うん? どうかした?」
「今日のライブ誘ってくれてありがとうございました」
「さっきも聞いたよ。俺こそありがとう。忘れられない、大事な日になった」
「嬉しい。私にとっても大事な日です」
「そう」と頷き、沈黙が続く。
「…………」
それを言いたいがために、ここに来たわけではないのだろう。わざわざこんな人がいない場所に呼んだ。
つまり、人がいる前では話しづらいことを言うために場所を選んだのだ。
「同志になってほしい」と言われた時はライブ会場だった。場所も言葉も気にしないあずみちゃんが、今回はわざわざ場所を選んだ。
そんなはずはないと思いつつも、場所と状況が説明していた。
そして、
「ハレさん」
彼女が顔を上げ、その瞳に俺を捉える。
声が震えていた。
その言葉を聞いたら、もう逃げられない。
でも、聞かずに今さら逃げることなんてできなかった。
彼女がゆっくりと口を開き、そして短く告げた。
「好き、です」
確かに告げられた言葉の重みを、俺は驚くほど冷静に受けとめていた。
……可笑しいと思ったんだ。
わざわざこんな人気のない場所に俺を連れてきた。薄々感じてはいた。
「俺も……」
「えっ!」
「俺も唯奈さまのこと好きだよ」
「し、知っています! 私も好きです。そ、それとは違ってハレさんのことが好きなんです!」
「……そうなんだ」
「だから、その、あの、私と付き合ってください!」
はぐらかそうとするも、さらに追い打ちをかけられる。
好意を告げられたあとに、関係を変える提案。
――付き合う。
その言葉を聞きながらも、俺は抵抗する。
「ライブには付き合ったじゃん」
「はぐらかさないでください! 同志になりたいということではありません。今回はそういう意味ではありません。男女のそういう意味での付き合って、です」
俺の聞き違いでも、勘違いでもない。
好き。亜澄ちゃんが俺に好意を抱いている。付き合いたいと思っている。
カップルに。
彼氏彼女に。
でも、すれ違っている。
決定的に間違っている。
「……そうか」
「そうです。ハレさん、私はあなたが好きなんです」
真っ直ぐすぎる言葉に、目と心を逸らすことはできない。
それならば答えは1つしかない。
だって、彼女は『男女』の意味で付き合ってほしい、と望んでいる。
答えなんてはじまる前から出てしまっている。決まってしまっているんだ。
……嫌だな。でも勘違いを正さないといけない。
彼女の眼をしっかりと見て、告げる。
「ごめん、亜澄ちゃんの告白には応えられない」
「っ……」
彼女の顔が絶望に淀む。目が潤み、それでも俺の次の言葉を聞こうと感情が瓦解しないように必死に堪え、その場に立っている。
そんな顔にさせたくはなかったが、仕方がないんだ。
だって、
「無理なんだ」
「無理……ですか」
さらに落ち込む彼女に、すぐにフォローを入れる。
「あ、ごめん。あずみちゃんが無理というわけではないから。あずみちゃんは可愛いよ。話してみると可笑しくて、俺以上にオタクで熱くて、愉快で、楽しくて、いい子だと思う」
いい子だ。いい子過ぎる。
こんな愉快なオタク友達は今までいなかった。
「じゃあ何で!?」
その疑問は当然だろう。
「付き合っている人でもいるんですか?」
「いや、いないけど……」
「じゃあ!」
「でも、駄目なんだ。気持ちはすっごく嬉しい。本当さ。自分のことを好きになってくれる人なんて、今までいなかったから」
こんなどうしようもないオタクの俺を好きと言ってくれるのは、素直に嬉しい。
夏休みに会ったばかりだけど、こんなに想われることは誇らしくて、どこか照れくさい。
俺が、俺だったら首を縦に振っていただろう。
けど、違うんだ。
「だったら! だったら、付き合ってくれてもいいじゃないですか。お試しでも、お試しのカップルでも構いません!」
「……ごめんね。男女のそういうのは無理なんだ」
そう、無理。
どうあがいても変わらない、揺るがない事実。
「俺は……、というか勘違いさせてごめん。こういう口調、話し方だから悪いんだよな」
「な、何を言っているんですか、ハレさん……?」
彼女の顔が戸惑いに変わる。
何を言っているのか、さっぱりだろう。そんな勘違いをしていたら当然だ。
「本当に悪いのは俺だ。わかっているよ。でもここまで決定的に間違えられたのは初めてだな、ははは。俺」
そして、言葉を続ける。
「……じゃなくて私はね」
変えられない現実と、真実。
「私は、女だからさ」
「………………はい?」
彼女の開いた口が塞がらなかった。
「え?」
「女だから、男女という意味での付き合ってに応えられない」
「…………え?」
そりゃ、そんな顔にもなるか。
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