第3ステージ スキは勘違い!?②

 あずみちゃんの直球な言葉に、恥ずかしさからか、俺は露骨に話を逸らした。 


「そうだ、そう! 始まるまでセトリ予想しようか」

「いいですね。ツアーとはいえラストなので、歌う曲をけっこう変えてくると思うんですよ!」

「だよな。ダイスキ×スキップ!は確定として」

「Lucky Trigger!も外せないですね、あとはパニパニパニックももう1回やるかもです」

「それ来たら、ヤバい。あとはキャラソンを歌うのか、否か」

「キャラソンまで来ちゃったらヤバいですね。泣く自信があります」


 重度なオタクの2人だと、会話が尽きない。ただの妄想と予想なのに話が途切れない。開始10分前のアナウンスが流れるまで、俺たちはずっと喋りっぱなしだった。



 そして、BGMが止まる。

 観客のざわめきと共に会場が真っ暗になり、天使の声が地上に届く。


「みんなー待った~?」


 ああ、待ち望んでいた。待ち望んでいたさ!

 手に持っていたペンライトに光を灯し、始まりに備える。隣のペンライトが今日は問題なく光り、安心する。


「アンコール公演、ツアーファイナルいくよー!」


 興奮の中、唯奈さまの動きを追う。

 あっ、あのポーズは。


「まさか最初からあの曲なのか!?」


 すかさず、隣のあずみちゃんからツッコミが入る。


「え、ハレさんポーズで曲わかるんですか!?」

「あったり前だろ、いくぞライトは黄色だ」

「は、はい!」


 予想は的中し、会場が黄色一色の花畑になる。

 その中で一輪の花が咲き誇る。

 唯奈さまだ。

 彼女の声は、花たちに光をもたらし、潤いを与え、生命力を与える。俺たちはだから生きられる。彼女がいるから生きられる。

 天使であり、神であり、光であり、花。


 ……要約すると、一曲目から最高だったということだ。

 


 × × ×


 始まってしまえば時間はあっという間で、終わらないでと願いながらこの時を味わった。


「最高だ……」


 感情が漏れ出た小さな声に、隣の女の子も大きく頷く。

 これだから唯奈さまのライブに行くのを止められない。

 だが、アンコールも終わりだ。最後の曲の前に唯奈さまが話し始める。


「では、告知のコーナーです」

「「おおお」」

「まずはこちら! ライブのブルーレイの発売!」

「「おおおお」」

「そしてそして、新曲の発表です」

「「おおおおおお」」

「冬のアニメ、恋愛天使のお姫様のオープニングテーマを歌います」

「「おおおお」」

「そして、そして、そしてー、ラスト!」


 会場が静まり、自分の心臓の鼓動がよく聞こえる。

 ディスクの発売に、曲の発表。次に来る発表はさらに上を超えてくるはずだ。

 隣の彼女も両手を合わせ、祈っていた。

 マイクを持つ彼女が、すーっと息を吸い、吐き出した。


「武道館ライブのけってーーーい!」

「「「おおおおおおおお」」」


 盛り上がりが最の高の潮に達する。


「冬に開催します! 詳しくはまた告知するよ。いやー、唯奈がついに武道館に立っちゃうよ~」


 気づいたら涙が流れていた。


「ハレさん……」


 隣の彼女も泣いていた。


「武道館だよ」

「武道館だな」


 キャパは横浜の方が大きいだろう。

 でも武道館だ。武道館は特別で、格別。

 アーティストにとって、憧れの場所だ。意味の大きさが違う。武道館、武道館なのだ!


「絶対行こうな」

「ええ、絶対行きます!」


 勢いから、自分から約束していた。

 そして、唯奈さまのラスト曲が始まる。


「じゃあラストの曲いくよー」


 次があることは嬉しい。

 これで終わりじゃない。唯奈さまを想う日々がまだまだ続く。

 幸せは途切れず、続くんだ。




 × × ×


「しゅごかった……」

「さいこうでしゅた……」


 会場出口へ向かう際も出てくるのは、言葉にならない言葉。

 「最高」と「凄い」しか出てこない。いや、その言葉すらちゃんと言えていない。それほど圧倒され、幸せな時間を堪能した。

 

「最高の日だった」

 

 何回、最高と言っているのか、もうわからない。ともかく素晴らしい日だったのだ。

 そう、『だった』。

 ライブはもう終わったのだ。この瞬間には、残念ながらもう過去のことだった。

 お家に帰るまでが、ライブ。

 という冗談はさておき、今日という日はもう完結したのだ。続きはない。


 、にとっては。

 けど、にとっては違った。

 

「……ハレさん」


 会場を出て駅へ向かう際中、彼女が俺を呼び止めた。

 振り返り、彼女を見る。

 俯きがちに、視線だけはちらちらとこちらを見ていた。


「ハレさん、いいですか?」

「うん、何?」

「少し、ちょっとだけ寄り道をさせてください」

「え、まぁいいけど」


 正直、満足した気持ちのまま、すぐに帰りたかったが、この楽しさは彼女もいたからだ。一人じゃなくて二人だからこんなにも楽しかった。

 だから、少しぐらいの我儘を聞いてもいいと思った。


「ご飯でも食べるの?」

「いえ、違います。こっちに来てください」


 駅とは違う方向へ歩き出す。

 先に歩く彼女の後を、俺はついていく。


「……」

「……どこいくの?」

「…………ついてきてください」

「う、うん」

「…………」

「…………?」


 移動している間、彼女はほとんど喋らなかった。俺がどこに行くか聞いてもはぐらかした。

 彼女の真剣で、固い表情を不思議に思い、そして、どことなく嫌な予感がした。

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