第2ステージ オタクは場違い!?④
ライブ以外で『オタク』を満喫したのは久々だった。
唯奈さまがヒロインのアニメのギャラリーを、気づけば1時間も満喫していた。そこまで大きくない会場でこんなに過ごしたのも、あずみちゃんと語り合いながらだったからだろう。
外に出ると日も暮れ始めていたので「そろそろ帰ろうか」と彼女に言った。彼女は頷き、最寄りの駅まで一緒に歩くこととなった。
「ハレさんと話していたら、唯奈さまのライブに今すぐ行きたくなりました!」
「わかる。でも、ごめん。俺は来週仙台」
「えーいいなー、私外れたんですよ。……ファンクラブ入った方がいいんですかね」
「チケットはファンクラブの方が優先されるから、そりゃそうだね」
「……ですよね」
「まぁお金がかかるけど、唯奈さまのためなら実質無料だし」
「私も検討します! 次のアンコールライブは絶対に当てます!」
あずみちゃんが意気込むのは、先日発表になった追加ライブのことだ。ツアーの最終公演のあとに、さらに横浜でライブが開催されることになったのだ。
アンコール公演。
今まで以上に大盛況のライブツアーだったので、まだ終わってはいないのだが、「関係者たちがもっといける!」とツアーの中のどの会場よりもキャパが大きいアリーナが選ばれた。早速来週にはチケットのファンクラブ優先の抽選販売も始まる。
最高以上の最高が待っている。終わりだと思ったのに、ライブが終わらない。唯奈様好きとしては見逃してはならない一大公演だ。
「良かったらさ」
それは俺だけじゃなくて、あずみちゃんにとってもだ。
だから、より確率が高い方を提案する。
「あずみちゃんのチケットもとろうか?」
「え」
歩いていた彼女が止まり、目を丸くし、こちらを見る。
あずみちゃんはファンクラブには入っていないのだ。
まだ2回目のライブだ。この熱中っぷりからはいずれファンクラブに入りそうだが、まだ入っていない。
ファンクラブ会員は一度に2枚まで購入できるので、一人で参戦予定だった俺がもう一枚買うことは何も問題はない。それにファンクラブ会員の方が良い席取れるしさ、せっかくなら彼女にも良い席で見て欲しい。
それに誰かと参戦するのが楽しい。それがあずみちゃんなら尚更だ。
「え、え、え?」
「俺と連番になるのはあれだけどさ、ファンクラブの方が当選確率高いし」
言い終わる前に彼女が俺の手を掴み、喜びを爆発された。
「わーーーー、ハレさんありがとうございます!」
手をつかまれ、ぶんぶんと振り回される。
「いいんですか? 本当ですよね!? いいんですよね?」
「あぁ、いいんだよ。あずみちゃん一緒に行こう」
「もうすっごく楽しみです!」
そんなにはしゃいで、外れたらどうしようという気持ちになる。
「あの~チケットがまだ当たったわけじゃないし、絶対ではないけど」
「大丈夫、当たりますよ。わ~また唯奈さまに会えるんですね! それもハレさんと行けるなんて……!」
喜んでくれて嬉しいが、周りのことも気にしてほしい。あずみちゃんは感情に素直な子すぎる。
「そろそろ手離してくれない? 恥ずかしいんだけど」
「早く唯奈さまに会いたいですね!」
「は、話聞けよ!」
「アンコールライブだから、セトリも変えてきますよね。ハレさん、セトリ予想しましょうよ」
「わかった、わかった。今度な」
唯奈さまのことになると相変わらず周りが見えなくなる。俺も重症だけど、彼女も十分に重症だ。
チケットの結果はすぐに連絡すると言って、駅前で彼女と別れた。何度も振り返ってバイバイと手を振る彼女が律儀で、健気で、姿が見えなくなるまでその場にずっと立っていた。
彼女が去っても、すぐに電車に乗る気になれなく、隣の駅まで歩くことにした。別にペンライトを返してもらっていない、というわけではないのに待っていた。
「何なんだろうな……」
一滴も飲んでないのに、顔が熱い。
でも顔が赤面していても、たくさんの人がいる街なら気にされない。モブの一人にしか過ぎない。
「本当、何なんだろうな」
呟いた音も街の喧騒に消え、溶けていく。
蒸し暑さに汗がシャツにじとっと貼りつき、不快だ。だが、心はどこかすっきりしていて、足取りは軽かった。
× × ×
後日、アンコールライブのチケットは無事に当選し、同志のあずみちゃんとライブに一緒に行くことが確定した。
――夏は終わらない。
「暑さは収まらず、これからも暑くなる」という天気予報の通り、休みの半分が過ぎても、まだまだ終わらないのだった。
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