おまけ

(おまけ)マギーの手記・教授の解答


 七章にてマーガレット・エヴァンスが書いた手記についてマルコルフ教授が導き出した順番をこちらで確認出来ます。本編中では手記の並べ替えが出来ないので今回準備しました。

 具体的にどう印象が変わるのかを確認したい方、最低でも七章まで読み終えた方向けです。


 6,7,8、10,9,12,11,13,14,1,2,3,4,5、15の順番となります。(15はこの記事では除外しています)


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○マギーの手記・その六


 あの子はどうして笑ったの? どうして皆、笑ってあの子を殺せるの?

 今でも判らない。皆、死ねばいい。悲しい。寂しい。逢いたい。頭がおかしくなりそう。

 あの子は何故私に生きろと言ったの?

 死にたい。死んであの子の処に今すぐ行きたい。

 ロジャー先生、どうして私は生きなければいけないの?

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○マギーの手記・その七


 あの子が好きだった処に、小さくなったあの子を埋めた。

 部屋の窓から遠く見えていた、一度も行く事が出来なかった丘。

 酷くなっていくあなたを休ませてあげる様にと先生が言ったから。


 だけど髪の毛を一房だけ分けて貰った。

 ごめんね、綺麗な髪だったのに。でも、せめて一緒じゃないと私、もう嫌なの。

 ロジャー先生が私から離れようとしない。

 鬱陶しい、放っておいてほしい。

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○マギーの手記・その八


 私はあの子に何をしてあげられたんだろうか。

 これから何をしてあげればいいんだろうか。

 あの子がどうすれば喜ぶのか判らない。


 ロジャー先生があの子の遊技盤を手に入れてきた。

 もう少しで燃されてしまう処だったらしい。

 あの子が持っていた物はもう、これしか残っていない。

 それ以外はもう、何一つ残っていない。


 やっぱりあの時、私もあの子と一緒にいくべきだった。

 だって私はあの子の親友なのだから。

 一人より二人の方が寂しくなかったよね?

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○マギーの手記・その一〇


 あの子が好きだった事を先生に聞かれた。

 あの子は遊技盤で遊ぶ事が好きだった。いつも一人で駒を触っていた。

 私と話す事。あの子は私を友と、私と話すのが好きだと言ってくれた。

 ロジャー先生と勝負する事。いつも勝てないと言いながら楽しそうだった。

 咲いている花を眺める事。一緒に木春菊の花を見に行って好きだと言った。

 フルーツの砂糖漬けのパイ。何度も食べたいとせがまれたっけ。

 そして、国と、人。生きようとする人が好きだと言ってた。

 でも、私は嫌いだ。それがあの子から命を奪ったのだから。


 ……私が好きだった事?

 あの子と一緒にくだらない事を話して、あの子が笑うのを傍で見ている事。

 でも寂しそうに笑うのは嫌いだった。だからいつも一緒にいようと思ったのに。

 寂しいよ、ルウ。

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○マギーの手記・その九


 あの時、どうしてあの子は逃げようとしなかったの。

 私にはずっと判らない。

 あの子は陛下の庶子で、王族の中でも疎まれてきた。

 利用されない様に閉じ込められてきた。

 なのにどうして今度は民草に狙われなきゃいけないの。


 ロジャー先生と一緒にあの子を逃がそうとした。

 けどあの子は笑って首を横に振った。

 国と人を守らなくちゃ、と言って。

 あの子は助けようとしているのに、民衆はあの子を殺した。

 十三の娘の命を奪って守られる国や人なんて。

 そんなもの、皆滅びてしまえばいい。

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○マギーの手記・その一二


 私はルウがずっと安らかに眠っていられる様に、丘の上にたくさんの花の種を撒いた。

 ルウが好きだと言っていた木春菊の花も沢山植えてある。

 こんな風にまた花を見て綺麗だと感じられる様になるだなんて思ってもいなかった。

 ハワード家は有名過ぎるからロジャーはエヴァンスの姓を名乗る事になった。


 あの後、まさか私が彼と所帯を持つだなんてルウが知れば『それ見たことか』と言ってきっと笑ったのでしょうね。私もこんな事になるなんて思っていなかったわ。

 だけど彼は人を肩書だけで見ない、とても善い人よ。ルウから見れば苦手な人だったのかも知れないけれど誠実で優しさを持った人だわ。

 何より、あなたを助けられなかった事を今もずっと悔やんでる。


 何も出来なかった私も、それは同じね。

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○マギーの手記・その一一


 ロジャーはよく一人で遊技盤を出して弄っている。

 まるであの頃の様に、優しい目をして。


 これでルウさえ居れば、あの頃に戻れるのに。

 私はもう、あの頃の様には笑う事が出来ない気がする。


 なんて薄情な、冷酷な人だと思っていたけど違った。

 先生も、私を支える事で自分を保っていたのね。


 その日から私はロジャーと床を共にする様になった。

 これからもずっと二人で、あの子の傍を離れない為に。

 私はきっと、彼と一生共に生きていくのだと思う。

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○マギーの手記・その一三


 ロジャーがあの日、私に想い出を綴る様に言った理由がよく判ったわ。

 小さくなってしまったルウを抱えて逃げて、多分私はおかしくなる寸前だったのね。


 こうして子供が出来た後になって読み返しても痛みは変わらない。時間が開く程にあの時の気持ちは一層強く想い出される。

 涙が止まらなくなるけれど、あの時の様に死にたいとは思わない。

 生きなければ。生きて子供を産み育てなければ。

 もし激情に駆られて命を落とせば、絶対あの子に叱られる。

 例えそれが苦しいとしてもあの子が望んだ事だもの。

 あの時何も出来なかった私に出来る唯一の事だもの。

 私はきっと成し遂げて見せる。いつか死んで、あの子と笑って再会する為に。

 その日が待ち遠しい。

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○マギーの手記・その一四


 果たして私は幸せになっていいのだろうかと随分悩んだけれど、それでも同じくあなたの事を知っているロジャーと一緒になる事でとても救われたのよ。


 子供が生まれて、大きくなって、家を出ていって。

 そんな彼もとうとう一昨年の初めに先にあなたの処へ旅立ってしまったわ。きっとあの人の事だからさんざん道に迷う事になるんでしょうけれどそれでも最後にはあなたの処に、ルウの元にちゃんと辿り着けると思う。

 昔よく一緒に遊んだ王宮の花園の中でやった追いかけっこの時の様にね。

 あの人はきっとわざと私達を見逃してくれていたのだと思うわ。


 末の娘の子供、孫のアネットが最近よくうちに泊まりにやってくる。

 あの子を見ていると小さいあなたの事を想い出すわ。

 昔はただ辛かったのに、不思議な物で最近は懐かしいと思える様になった。

 ただ、アネットも幼かった頃のあなたの様に喘息持ちで躰も少し弱いから、丈夫になってくれると良いのだけれど。小さい内はそう言う事はよくありますからね。

 あなたが眠る時の様にアネットも愚図ってお伽話をよくせがんでくるからつい、誰にも話すつもりも無かったのにあなたのお話をしてしまうのよ。世間ではあなたはまるで悪者の様に酷い言われ方をしているのにね。


 だけれどせめて一人位には本当のあなたの事を知っていて欲しいとも思う。

 あなたを悪く言う人だらけでは悲しいものね。

 ルウ、本当にごめんなさいね。

 あなたが言った通りに私は愚か者だわ。

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○マギーの手記・その一


 私の家は没落した元貴族で、生まれた頃には潰れてしまったと聞いたことがあった。

 けれど、それでも『身元のしっかりした娘』という事で私が選ばれたのね。

 何も判らないままで私は立派な馬車で城へと連れて行かれた。


 最初はなんて立派な童話に出てきそうな馬車だろう、だなんて喜んでいたけれど実際にお城の中を歩いているとどんどん不安になっていって、怖くて仕方が無かったわ。

 何度も廊下を曲がって、階段を二つ昇って、ようやく部屋の扉の前に到着したの。小さい私には来た道を覚えるなんて出来なかったわ。

 そうやって部屋の扉の前に行くとミス・メアリはノックをして扉を開いた。

 するとこじんまりとした部屋の中にテーブルと椅子があって、そこに一人の女の子が座って何やら弄って一人きりで遊んでいたの。

 何を弄っているんだろうと思って見ていると、その女の子は貴族や大人がよくやっている遊技盤の駒を一人で黙ったまま弄っていて、こちらの方を見ようとすらしない。

 私は連れて来られた場所の事も忘れて『ああ、なんて愛嬌の無い、無愛想な子なんだろう』と思った物だわ。

 ミス・メアリは恭しくお辞儀して何やら私の事をその少女に説明すると、それだけで入った時と同じように大仰にお辞儀すると私を残して部屋を出て行ってしまった。


 私もあの頃は浅はかで世間知らずな小さな娘だったからね。それまで怖いと思っていた事も忘れて、その女の子に話し掛けたの。

『私はマーガレット・エヴァンス。皆は私をマギーって呼ぶわ。あなた、お名前は?』

 今、その時の事を想い出してみても汗が吹き出してくるわ。それまでさんざん『王室の姫君のお相手』とか話を聞いていた筈なのに、そんな事もすっかり忘れて、そこいらで普通に友達に話し掛ける様に口を利いたのだもの。

 ただ、そこでその女の子は大きな椅子に座ったまま、ぶらぶらと揺らしていた足を止めてじっと私の方を目を丸くして見つめたわ。

 女の子は驚いた様な顔のままで、私にルーシアとだけ告げた。


 これが御歳八つのルーシア・フィオメナ・グリゼルマ王女殿下との初めての出会いね。

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○マギーの手記・その二


 ルーシア姫は王族の姫でありながら、とても優しくさっぱりとした性格の娘だった。


 普通、王族や貴族の娘は恭しくされる事に慣れているのに、ルウは逆にそう言う態度を取るととても機嫌が悪くなってしまうから困った事を憶えているわ。

『あなたは臣下ではなく友として来たのだから』と言っていつも私に愛称で名を呼ばせようとするものだから、大人達の前ではずっとひやひやとしていた物よ。

 ロジャー――先生も私と同じ様に彼女に振り回される立場だったから、すぐに仲良くなれたのだけれど……それを見てルウは笑顔で『お似合いね』と言って必ず茶化すのよ。

 先生は真面目で見栄えも良いけれど融通が利かない処のある若者だったから、ついつい私も調子にのってルウと一緒になって弄ってしまったりして。

 考えてみればあの頃が一番楽しくて、誰もが幸せな時間を過ごせた時だった。


 ただ、そんなルウもロジャーから遊技盤を習っている時だけは真面目だった。

 遊技盤なんて戦争での戦い方を学ぶ物だし、王女が習うには似合わないと思っていたわ。

 どうして遊技盤なんて物を熱心に勉強しようとするのかと私は尋ねた事があった。

 ルウは少し困った様な顔をして、けれどすぐに少し寂しそうに『これは私の宝物で、だから一番上手くなりたいの』と笑いながら言ったのを憶えてる。

 実はそれが陛下から賜った物だと言う事を私は後で知ったわ。陛下はルウと逢う事が殆ど無かったけれど、それでもルウに何か欲しい物は無いかと一度だけお尋ねになられて。

 その時陛下が手に持たれていた遊技盤の駒を見て、ルウがそれを望んだと言う事だった。

 こっそりとロジャーが教えてくれて、それで私も合点がいった。きっとルウは寂しかったんだと思う。あの子はいつも一人ぼっちで、遊技盤だけで遊んでいたのだから。

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○マギーの手記・その三


 ルウはいつもロジャー先生と遊技盤で勝負をするのだけど、いつも勝てなかった。横で見ていても私は遊技盤のやり方なんて知らないから何が何だかさっぱりだった。

 ただ、いつも二人にティーを入れると、毎回二人揃って有難うと言ってくれる。

 その日もいつもの様に、ルウはロジャーと勝負をしたのね。だけどロジャーはお父上が将軍閣下で、戦争についてもとても詳しかった。元々そう言うお家柄なのだから、十になった娘程度が勝てる筈も無いわ。それでもルウはしつこくせがんで何度も勝負をしたの。

 最後の勝負で偶然、ルウが勝ってしまった。

 だけどやっとルウは勝てたのにとても機嫌が悪かった。何と言ったんだったかしらね。

 確か『本気で勝負と言っているのに、手を抜くとか有り得ないわ』だったかしら。

 そんな事を言って怒るルウに、すました顔でロジャーがたしかこう応えたの。

『最後まで諦めないその姫の思いに私は負けたのです。勝たせたと仰るのならば、それこそ我が一族に対する侮辱に相違ありませぬ』

 そんな事をまるで演劇の様に古臭く大仰に言う物だから、ルウも隣で見ていた私も思わず吹き出してしまって、ルウもそれ以上怒らなかった。ただ一言、あなたのその優しさは弱点だけど美点でもあるわ、とだけ言って。

 そう言えばこれをアニーに話した時、ロジャーの事を王子様みたいだと言ったっけ。あの頃のロジャーは確かに凛々しい若獅子と言った感じだったけれど、実際にハワード将軍の次男だった事を考えればその通りなのかも知れないわね。

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○マギーの手記・その四


 ルーシア姫のお誕生日の事を書いておきましょうか。ルウのお誕生日は冬の、雪の花が咲く季節なの。まるで雪景色の様に綺麗な銀髪で、もしかしたらそれが理由だったのかもね。腰辺りまで真っ直ぐ伸びた、本当にとても綺麗な長い髪だったのよ。

 私が彼女の誕生日を知ったのは春を目前にした頃だったわ。十の誕生日を知らないまま過ごしてしまったのだけれど、彼女は王女なのにどうして生誕祭を行わないのか、それが不思議でしょうがなかったわ。

 ロジャーは、ルウが生まれた時にフィオメナ様、お母様が身罷られたのでいつも喪に服していると言ったのだけれど私にはそんな事を認める事なんて出来やしなかった。だってそれじゃあルウは生涯、誰にも誕生日を祝って貰えなくなってしまうから。

 私は厨房のオーブンを借りて母から習ったフルーツの砂糖漬けのパイを作った。貧乏貴族だった私の家でも作れるごちそうだったから。ルウはこんな美味しい物食べた事がないと言っておかわりして食べてくれた。

 ルウは熱い物が苦手だったみたいで冷めた物しか食べられなかったけれど。それでも本当に気に入ってくれたみたいで、時々せがまれる様になってね。ルウの誕生日になる度に特別なパイを作るのが私の役目になったのよ。

 この話をしたらアニーも食べてみたいと言うから久しぶりに作る事になった。アニーもルウと同じで冷めた方が美味しいと言って、涙が零れそうになった。そうね、幸せって甘くて懐かしい味がするものだものね。

 ああ、そうだわ。どうして忘れていたのかしら。今度から毎年、あの子の誕生日だった日にはフルーツパイを作る事にしよう。きっとあの子もロジャーも喜んでくれるわ。それが私の役目だものね。

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○マギーの手記・その五


 夢を、見た。革命の前の、一度だけルウと喧嘩した時の夢。

 あの時私は本当にあの子の事が心配だったし、生きて欲しいと願った。だからあの子を逃がそうとロジャーと相談して準備もしていたわ。その為に私自身が命を落としても構わないと、本当にそう考えていた。

 私の両親は家と共に燃え尽きてしまってもう何も無かった。そんな私でも……ルウ、あの子だけは必要だと言ってくれたから。あの時の私にはもう、あの子しか居なかったのよ。

 あの子の傍らだけが私の居られるところ。

 あの子だけが私のすべて。


 だけどあの子は、そんな私を『莫迦ね』と言って叱った。あの時、どうして判ってくれないのかと酷い事を言ってしまった。

 謝りたかったけれど、私は結局あの子に謝る事が出来なかった。私は結局、あの子に何もしてあげられなかった。

 ルウが国や人を守りたかった様に、私は貴女を守りたかったの。利用されない為にあなたを閉じ込めた陛下や国なんてどうでも良かった。私は王の娘じゃなくて、たった一人の大切なお友達を守りたかっただけなの。あなたがあんな風に寂しく笑っていたのは、全部諦めていたからなのね。ロジャーと遊技盤をした頃の様に最後まで諦めてほしくなかった。

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以上。有難うございました。

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王女殿下の遊技盤 [改訂版] いすゞこみち @komichi_isuzu

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