第23話 ミラさんに見てもらうのだ(1)

「うまそうな奴らだな。ヘッヘッヘッ……おい、お前たち! 早速だが、このオレの餌になってもらおうか。これだけいれば、腹いっぱいになるだろうなぁ」


 魔物は、流暢りゅうちょうな人間語でこのようなことを言いだした。


「いきなり何言うかなー。私らね、アナタなんかに構ってる暇ないの。これからガイラルディアまで行かなくちゃなんないんだから」


 私はおくすることなく、自分たちの予定をそいつに教えた。


「ほう、何故なぜだ?」

「魔王を倒してくれるっていう勇者様に、大切なお届け物があるのよ。何なのかは秘密ね」

「そうか、勇者の協力者か。なら、全員ここで確実に死んでもらう。どんな形であれ、我が王に楯突たてつく奴は、誰であろうと始末するのがオレの役目なんでな」


『我が王』? ははぁ……そういうことか。

 こいつは魔王の配下だと、私は悟った。自分の国の領土内に、そのような奴が入り込んでいたとは心外だ。ガイラルディアで出くわすならいいが(……いや、よくないか)。


「私たちに目をつけたのはマズかったわね。始末されるのは……そっちの方よ」


 間もなく戦闘になるだろうから、私は気を引き締める。


「ハッ、何を言うか、生意気なガキめ。どうやらお前が最初に死にたいらしいな。いいだろう。存分に苦しませてから、心臓を一突きだ。その後に、お前の仲間も地獄に送ってやる。どうだ、悪くないだろう?」


 魔物の声に身を震わせたのは、ターゲットにされた私ではない。ハナだった。


「やばっ、ソラをいたぶる気満々だよこいつ。弱そうには見えないし、もしものことがあったら……」


 心配事が、ハナの頭の中をぐるぐる駆け巡っているようだ。もっと冷静になっていてもいいのだが、無理な注文か?


「私をご指名ですか。ちょうど良かった。ミラさんに、私の剣士としての腕前を見せてあげられるからね」


 すると、ミラさんは思いだしたかのように、


「そうでしたね。おっしゃる通り、次はソラさんの番です。ただ、昨日のダイコンとは見た目からしてレベルが違います。不公平感をお持ちになっているとは思うのですが……」


 そんなものは、持っていない。相手がどんな奴だろうと構わない。

 私が剣を抜くと、魔物は右手に魔力を集め、何かを生み出そうとしていた。

 それは──剣か。長さは私のものと同じくらい。奴の戦い方は、私と似ているのかもと推測する。


「ククク……まずはこいつでお前をメッタ斬りにしてやろうか。それとも怒涛どとうの串刺しの方がいいか? それくらいは選ばせてやる。オレは人間の悲鳴を聴くのが大好きなんでな。いい声で泣いてくれるのを期待してるぜ」


 魔物は、薄ら笑いを浮かべる。


「趣味悪いなぁ。あいにくだけど、アナタのシナリオ通りにはいかないからね。隣国となりの魔物風情ふぜいが、ちゃっかり国境ライン越えちゃってんじゃないわよ。私に成敗される前に、その『王様』の所に帰ったら? 今なら無傷で済むんだから」


 私も負けじと言い返す。

 魔物の足が、大地から離れた。5メートル程上がったところで止まった。


「大口もほどほどにするんだな。さあ、ここからはオレが主役のショータイムだ!」


 急降下!? だが私は、その速さにひるむわけにはいかない。奴の重量は知らないが、適当にこれくらいだろうと決めつける。それとこのスピードを掛け合わせると──衝突時の力は、決してかわいいものではないだろう。念のため、両手持ちで剣を構える。

 ガィィン!

 鋼鉄製の刃と魔力の刃がぶつかり合う音は、意外と大きかった。重い一撃だったが、私は少し後ろに退がったくらいでなんとか踏ん張れた。

 次は私が攻撃する番。特別なことはせずに、敵の胴体を狙ってみる。


「おおっとぉ」


 余裕で受け止められた。まぁ、そうだろうな。

 剣戟けんげきがしばらく続く。ハナとミラさんは、固唾かたずを飲んでこれを見ている。2人とも静かだ。私は騒がしい所では集中力が長続きしないので、そうしてくれると助かる。こちらが不利になる確率は、その分低くなる。

 ……ふむ。さすがに魔王の配下だけのことはある。秒殺は無理だった。


「う~、あんなのじゃなく、昨日のダイコンがもう1体いたら、もっとラクなテストになってただろうに……」


 ハナの言う通り、私の対戦相手があれだったら、とっくに戦いは終了していただろう。今頃、ミラさんからも合格ですよと言われていたはず。だが、今更それを言われても……。

 もし私に何かあれば、動くダイコンあるいは、あれと同等の強さを持つ魔物を探そうともしなかった、私の自己責任になってしまうのだろうか? ……いや、仮に時間を巻き戻してやり直して(現実世界では不可能だが)、ダイコンと戦ったとしよう。それでも、時間の差はあれど、結局は同じ道を通ることに変わりはない。なのでどちらにせよ、この灰色の魔物とはらなければならない運命だったわけで。

 その魔物が、ゆっくり離れていった。逃げる……のではなかった。


「人間にしてはなかなかやるじゃないか。ならば、こいつはどうだ?」


 魔力の剣を空へとかかげ、腕を強く振った。すると、剣から衝撃波が、私めがけて飛んできた。

 私は大袈裟に驚いたりはしない。右方向に移動して、直撃をけた。後ろでドン! という音が鳴り、土埃つちぼこりが舞った。地面にはくぼみができていた。


「ひゃ~、今の見た? こんなのくらったら、ひとたまりもありませんって」

「ええ。私のような者からしてみれば、ただただ恐ろしいと……」


 ハナとミラさんは、これに目を丸くしていた。


「どうだ、オレはこんなことだってできるのさ。今のは運良くけたようだが、次からはそうはいくまい。ヘッヘッヘ、思う存分、痛みを味わえい!」


 同じ方向から、同じものが飛んできた。もちろん、私の身体からだにはかすりもしない。こちらは常に泰然としている。

 敵は何度も何度も撃ってくるが、まだ1度も、大地以外のものに当たったためしがない。もうもうと立つ土煙で、視界が悪くなる。


「すばしっこいネズミのような奴め!」


 魔物の口調が変化した。私に当てる自信はあったのだろうが、これが現実である。


「! そうだ。ククク……」


 何やら怪しい笑い。奴は何を思いついたのか。

 しかし来たのは、先程と同じ衝撃波。何も変わっていないではないか……?

 またこれか、と私は心の中でぶっきらぼうに言う。避け方も板についてきた。

 私はすっかり、『この攻撃は自分に対してのみ向けられているもの』として認識してしまった。だから、今放たれようとしているものも、そうだろうと思って身構えていた。

 だが、よく見るとこれは、私への直撃コースから外れているではないか。ミスか? なら、こちらは動くまでも──

 いや、違う──!

 私は後ろを見た。衝撃波の進む先には、ハナたち見物人がいた。あの魔物……予告もなしに2人を狙ったな!


「!」


 ハナもミラさんも、まさかの事態に驚愕きょうがく。足を動かすことができないでいる。でも頭の中では『逃げなきゃ!』と思ってはいるんだろうな。

 このままでは2人が危ない。私は全力で駆けた。ハナが固く目を閉じた。

 ドォン!

 爆発音にも似た音が、3人の聴覚を刺激した。

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