第15話 まったりタイム(1)

 10秒ほどしてから、ハナが言いだした。


「さっきのあの人たちは、見るからに無理っぽい……って言ったら失礼かな。じゃあ私はというと……他人のこと、悪く言える立場じゃないんだな、これが。魔王と戦うなんてとんでもない! 何かの冗談じょうだんかって思うわ。だいたい、その場所まで辿たどり着けるのかも怪しいし。けど……」


 向かいの私を見て、ニンマリした。


「ソラだったら、いけそうな予感。あんなに強いんだったらさ」


 いやいや……。


「それは……どうだろ?」

「そっか、魔王といえば勇者がつきものだけど、ソラはそういうのとは無縁……だよね? いくらなんでもねぇ?」


 いや、それについては──ハナにはいつか知られてしまうのだろうから、もったいぶらずに今言ってしまってもいいかな、と一瞬思ったけれども──私は結局、黙っていることにした。


「ん~……その話はひとまず置いといて。まぁ、もしもこんな冒険者風情が魔王をやっつけちゃったりしたら、私は一気に有名人の仲間入りになること間違いなしよね。そしたら、あっちこっちで声かけられたり、握手やらサインやら求められたり──というのがベタな展開よね。……サインの練習って、しといた方がいいのかな?」

「私は知らんよ」


 そうですか。でも、いつ何があるかわからないので、イメージくらいはしておくとして……。

他人事ひとごとじゃないですよ、ハナさん」

「何!? その、私同伴決定みたいな! 留守番してるよその時は! 魔王を、って……そんなの、死にに行くようなものじゃない! そりゃあね、スター的存在にはなりたいよ。けど、それならもっと別の方法もあるんじゃない? 悪者を排除するだけが、有名人への近道じゃないでしょ?」


 確かに、ハナの言う通りである。

 私たちの皿は、すっかり綺麗きれいになった。店内にはなごやかな空気が流れているが、それで居心地がいいからといって、席を占拠せんきょしっ放しはいけない。食べ終わったら、すみやかにやるべきことをやって店を出よう。

 1回の食事代は、銀貨数枚程度。手持ちのお金はたくさんあるので、余裕ありまくりだった。

 私たちは、のんびり歩いて冒険者ギルドまで行った。春の陽気が何とも言えないほど気持ち良くて、何もせず&動かずにいたら、眠くなってしまうんだろうな。

 ギルドで、マスターに今回の件を片付けたことを報告した。


「お疲れさん。ハナ、うちのソラが迷惑かけなかったか?」

「とーんでもない! それどころか──」


 ハナは、私の活躍ぶりを、身振り手振りも交えて、できるだけつまびらかに語った。心なしか鼻息が荒い。

 マスターは時々うなずきながら、彼女の話を聞いていた。


「そうかー。じゃあそいつ、金額の割にたいしたことなかったんだな。いや、俺も最初は、やめといた方がいいんじゃないかと思ったんだがな。何であれ、よかったじゃないか。いいデビュー戦になったな、ソラ」

「フフン、まあねー。ゴブリンなんかに負けちゃ、末代までの恥だからね」

「いや、あれは例外ってことでいいんじゃないかと。マスターもそう思うでしょ?」

「そうだなー。もし勝てなかったとしても、恥じることではないかな。一応、大物の部類には入ってたからな。今回はよかったが、あまり調子に乗りすぎたり無理をすると、いつか痛い目にうぞ。時には退くことも大切だからな」


 退く? そんなこと、誰がするか。

 私は口を『へ』の字に曲げる。


「ま、とにかく色々やってみるんだな。1つ1つの経験が、良くも悪くも人生の思い出になる。そのためには、仲間がいた方がいいだろう。どうだ、ハナ。これからも、ソラにつき合ってやってくれないか? 1人ぼっちよりは楽しくなるだろうからさ」


 ギルドマスターの言葉に、首を左右に振る者はいなかった。

 魔物との戦いにおいて、私は剣で、ハナは魔術で応じるなど、それぞれタイプが異なる。どちらかが通用しない場合は、もう一方がフォローすればいい。ハナにしてみれば、戦いの幅が広がるので、今まで敬遠していた相手にも挑戦できる。というわけで、悪い話ではないはず。


「当然! もう『ぼっち旅』には戻れませんよ。こんな頼もしい子が味方でいてくれるっていうんですからね」


 私は、冒険者としての実績を早くもあげることができた。ハナは、私が使える奴だということを認めてくれたみたいだ。おかげで、自分の自己肯定こうてい感が上がったような気がした。


「私だって、ハナと一緒がいいよ。今日だって、あまりにも楽しいモンだから、声がかれるまでお喋りしちゃったもんね」

「ねー。お互い治るの早くてよかったよね」


 実は私たち、森に着いた頃には声がガラガラで、すぐに他人と会話できる状況ではなかったのだ。来た道を振り返ったり、森の雰囲気を確かめたり、鳥のさえずりを聞いたりしながら、のどが回復するのを待った。それから、あの青年のもとへ向かったのだ。

 そんなふうになるまで、一体どんな会話をしていたのか、ギルドマスターがいてきたが、いちいちそれを話すのは面倒なので、私は秘密だと言った。


「なんだ、つれないなぁ」


 彼は肩をすくめた。

 何よりも、しゃべりすぎて疲れた私とハナは、夕方に別れた。自宅へと向かうハナを見送った私は、ギルドのカウンターの内側──マスターの家族だからこそ進入が許される空間に入る。

 低い棚(3段になっている)の中には、書物や筆記具、その他冒険に役立ちそうなアイテムが、いくつか収まっている。何がどこにあるのかわかりやすいように、整理整頓されている。

 一番上の段の『あるもの』が、私はどうしても気になって仕方がなかった。そっとれ、両手で包み込むように持つ。

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