第16話 まったりタイム(2)

「あぁ、そいつな。人様のものだから、あんまりベタベタ触らない方がいいかもしれんな」


 言われて私は、それ──誰かさんの落とし物を元の場所に……戻そうかと思ったが、もう少しだけ見ていたかったので、まだにぎっている。

 特に規則で定められているわけではないが、いつからかギルドでは、落とし物の管理も担っている。アクセサリーやら薬草やら様々なものが、時々届けられるのだ。落とし主が現れれば即座に返却しておしまいなのだが、まれに、いつまでっても現れないことがある。そうなると、ギルドの方でずっと保管していなければならない。期限はもうけていないが、預かる方も気が気でないので、いつも早めの解決を願っているのだ。


「コレの持ち主さん、今頃困ってるんじゃないかなー」

「だろうな。ま、そのうち来るだろ。広場の掲示板の方にも、お知らせとして出しておいたからさ」


 街の中央には、美しく整備された広場がある。噴水ふんすいの周りは人との待ち合わせ場所として最適なので、常に誰かがいる。パラソルつきのテーブルがいくつか設置されており、そこで飲食もできる。市民のいこいの場として最もメジャーな所だが、他の地域から来た者ももちろん歓迎で、実際、色々な職業の人々が利用している。

 広場には、冒険者ギルドにあるものとは別の、一般人向け掲示板がある。何十年も前から使われていて、幾度となく悪天候にさらされてきてもなお、どっしりと立っているそれは、古いというよりも年季が入っているといった方が似合っている。 

 ギルドマスター、つまり私のお父さんが妻(私のお母さんね)に頼んで、そちらにもギルドのと同じものを掲示してもらった。その理由は、石を落とした者が冒険者だとは限らないからである。

 一般人は普通はギルドに立ち寄らないし、冒険者で広場の掲示板を真剣に見る者はあまりいない。より多くの人々に知らせておきたい事柄なので、2箇所かしょ貼付ちょうふしているのである。


「あ、ソラ帰ってきてた! おかえり、よかったわ無事で~!」


 お母さんだ。茶色いロングヘアーを持つ、身長が少し高めでスタイルが良い美人で、30代後半だが実年齢よりも若く見える。

 彼女は、ギルドの仕事と家事を卒なくこなす。私が産まれたことで子育ても加わったが、お父さんが協力的だったからいつも笑顔をやさずにいられたそうだ。今だって、娘が元気だとわかったので機嫌が良い。


「ただいま。ちゃんと帰ってきたでしょ? お母さんは心配しすぎなんだよ」

「はいはい。でもね、自分を過信して変なことに首を突っ込んではいけませんからね。……あら、それ持ってきちゃったの?」


 私とお母さんは、家族が食事をする場所に座った。テーブルの真ん中には、円形の焼き菓子が入った木製のうつわが置かれていた。預かりものの石を、2人してまじまじと見つめる。


「こういう綺麗なものって、持った時緊張するわよね~」

「うん。落としてちょっとでも傷とか入ったら、弁償ものかなぁ」

「気をつければ大丈夫よ。ちょっとそれ、見せてくれる?」


 お母さんには何かわかるだろうか? とにかく、彼女に石を渡す。

 極めて細かい粒々が、内部で淡く光っている。それだけでなく、水中をただようクラゲのようにゆったりと動いているので、まるでこの石が生きているかのような錯覚さっかくを感じる。


「これは……いわゆる魔石に分類されるものね。属性は……あら、珍しいわね、ないのかしら? 普通は何かしらあるのにね」


 ハナに見せた時にも、魔力がどうのこうのと言っていた。やはりこれは、ただの石ではないのだ。

 もっとわかることはないかとたずね、期待したが、これという新たな情報は得られなかった。お母さんは、武器をグレードアップさせる際の材料にはなりそうかも、とだけ言った。

 私は焼き菓子に手を伸ばした。

 石には、特に私の手垢てあかがついているだろうから、棚に戻す前に丁寧ていねいき取っておいた。

 この日は結局、落とし主は現れなかった。

 無属性の魔石という貴重品でも、他のものと同じように、ただそこに置いておくだけ、という扱い。この街の治安は良い方だが、犯罪が全くないわけではない。不届き者が来なければいいのだが……。

 深夜から夜明けにかけての静寂せいじゃくの中、棚のあるエリアへの外部からの侵入はなかった。朝起きてすぐに、念のために仕掛けたトラップが破られていなかったのを確認したことで、わかった。無事で何より。

 私は朝食を済ませてギルドに顔を出すと、もうハナが来ていた。


「おはよう、ソラ。ね、例の石ってまだそっちにあるの?」

「おはよう。あるよ~。もう1回見よう~」


 トラップは消去されていた。さわり放題だ! そして──


「うん、やっぱりね、これは見たことないやつだわ」


 ハナは率直に言った。彼女は昨夜、魔石関連の書物をすみから隅まで読んだが、この透明な石については一切載っていなかったという。似たようなものならあるらしいが。


「どんな効果があるのか、気になるよね。魔術士やってる身としては、こういうのは無視できない。使ってみたいけど……他人のものだからダメだよね~。せつないなぁ」


 持ち主、早く現れてくれないだろうか。この石の正体とか、どこで手に入れたとか、教えてもらうのだから。

 時間がある程度進むと、ギルドにやって来る人の数が増えてきた。あせっている、あるいはあわてている様子を見せている者は、今のところ見受けられない。こちらは、いつでも手渡せるのだが。


「でも、ここまで高品質を匂わせるようなやつだと、手に入れる条件って難しそうよね」

「それはあるかもね。すっごい苦労してまで欲しいかと言われれば、私はノーかな。こういうのとは無縁だし」

「魔石が組み込まれた武器を使ったことないから、そう言っちゃうのよ。ああいうのって、魔術が使えない人にとっては便利よ。通常攻撃に属性がついてくるんだから。この石がとんでもない力を秘めていたとしたら、同じこと言える?」

「だとしたら……ちょっと欲しいかも。けど、それにはコレと同じものがあと2つ必要よね。私の分とハナの分。取り合いになるのはちょっとね……」


 都合よく手に入れられるかはわからないが、もしも場所について手がかりを得られたら、一緒に行こうとハナが言った。1人じゃない。私にはそれが嬉しかった。

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