第14話 信じちゃっていいのかな?

 1つの事件が解決した。青年と別れ、街へと戻った私たちは、偶然にも同じタイミングで空腹を感じた。食事を提供してくれるお店へ行こう。

 まだお昼時と言える時間帯だったので、客はたくさんいたが、2人座れるテーブル席がちょうど1つあった。元気な女性店員が、そこに案内してくれた。

 注文したものが来るまで、黙っているのではつまらない。私もハナも、そのような性格ではない。しょうもない雑談で、時間をつぶす。


「……あれ? あの人って、元々何の薬を作ってたんだっけ?」


 忘れてしまった。私が言った『あの人』とは、先程まで一緒にいた、魔物研究の青年のことである。


「んっとね、確か、魔物を従わせるだか味方にするんだったかの……」

「あぁ、そうだっけ。ねぇ、もし魔物がなついてくれるとしたら、ハナは何の魔物がいい?」


 私は、よくありがちな質問をしてみた。


「うーん……私だったら……スライムとか? 何もしてこなければさ、わりとかわいいじゃない?」


 この辺りで見かけるスライムは、一言で言って弱い。特殊能力などは何も持っていない。そのため、駆け出しの冒険者の腕試しにはもってこいなのである。


「そっかぁ。ペットにしたい魔物、不動の第1位だもんね」


 昔、商人風の男性にアンケートをとられたことがある。『自分がペットにしたいと思う魔物は何か?』である。ハナは当時も、スライムと答えていた。私は……確かドラゴンと言ったんだっけな、それも大型の。アンケートの結果は、広場の掲示板にて発表された。スライムは、もう長いことトップに君臨しているが、今年はどうなることやら。


「私は、軟体生物じゃないのがいいな。例えば、リザードマンあたりなんて、いい相棒になりそう。やっぱり、そこそこ知能がある奴でないとね」

「おぉ、いいかもしれないね」


 ハナは親指をグッと立てた。


「あー、でも……冷静に考えたら、わざわざ手間暇かけてまで、人間の敵を味方に変えちゃわなくてもいいよね? そういうのをゾロゾロ連れて歩いてとか、何のアピールなんだか」

「冷めるの早いな。っていうか、さらっと魔物使いテイマーをディスってないかね?」

「そんなつもりはないよー。そういう人って、薬で手なずけてるんじゃあないんでしょ? よくわかんないけど、すっごい努力があってこそなんでしょ?」

「あ、そっか。キーポイントはあくまでも『薬』か。そういうことなら、全世界の魔物使いテイマーさん方に謝らなくていいか」


 そうそう。それに、薬ならいつか効き目が切れる。そうしたら、絶対に面倒なことになる。私たちにとっては、有効期限があるもので魔物を従わせるなど、現実的ではないのである。


「お待たせしました」


 店員さんの声。注文した料理が運ばれてきた。それぞれの目の前に置かれる。私はデミグラスソースのかかったオムライス、ハナはカルボナーラスパゲッティ。そろって「いただきます」と言って、食べ始めた。

 隣の席には、20歳前後の冒険者らしき男性2人組が座っていて、そちらはもうすぐ食事が終わりそうだった。彼らの会話の内容が、私たちの耳に勝手に入ってくる。


「……それでさ、魔王って本当に今の時代にいるのか? なんか、それにしては何も起きてねーよな、少なくともこの国では。平和そのものじゃん」

「それな。俺もうわさでしか聞いたことないからなー。いるとしたら、どんな奴なんだか。やっぱ化け物っぽい見た目なのかな」

「意外と人間っぽかったりしてな。でも、オッサンみたいなのは嫌だな。美人のネーチャンだったら、逆に俺、寝返っちゃうかも」

「おいおい、それは勘弁な」


 私とハナの手が止まりかける。隣の2人を数度チラ見する。


「美人だろうと何だろうと、世界を滅ぼすんだろ? そんな奴に尻尾しっぽ振ってる場合じゃないって。きっと、使い捨てにされるのがオチだ。だいたいな、この世界がなくなったら、俺らも人生終わっちまうんだぞ。そうならないように、誰か強い人間に、魔王の所に行ってもらわなきゃ。ま、その役は俺じゃないけどな」

「もちろん、俺でもないぞ」


 他人任せかい。

 男性たちが立ち上がった。会計を済ませて、彼らは店を出た。

 すぐに店員がやって来て、テーブルの上の食器類を片づける。

 新たに来店した客が座れる状態になってから、ハナが身を乗り出して言った。


「ね、さっきの人たちの話聞いてた?」

「うん。魔王だってね……」

「あれが本当だとしたら、この世界のどこかに、実際にいるってことでしょ? やだなー、そういうの。もう……何? 活動? してるのかなぁ? すでにどこかの街とかがやられてたりしてたら、ヤバいよね」


 ハナが、フォークで巻いたスパゲッティを、ぱくり。


「この国の話だったら、そうかもね」

「んぐぐ……そんな恐ろしいこと言わないでくださいよ、ソラさん。だとしたら、ここもいずれは……」

「そうなったら、困るよねー」


 どこか他人事ひとごとのように言う私。こちらも、残り少なくなったオムライスを頬張ほおばる。

 この世界では長い歴史の中、幾度となく『魔王』という存在が人類をおびやかしていた。手下の魔物たちをたくみに使い、あらゆる場所で破壊行為を繰り広げていた。それまで築き上げられてきたものは台無しになり、各地で多くの犠牲者も出た。

 それでも人間側は、ただ泣き寝入りするだけでは終わらなかった。勇敢ゆうかんな者たちが、世界を救おうと立ち上がった。その中には、神が選んだのか運命なのか、『勇者』と呼ばれる者がいた。いつの時代においても、勇者は魔王をち破り、世界に平和をもたらしてくれた。

 時の流れが、新たな魔王を生み出した。が、いだいた野望は実現されることはなく、やはり、その時代の勇者によって消滅した。これを百年単位(……いや、数十年ごとにだったかも)で繰り返しているから、この世界はせっかちだ。


「本当に、誰かになんとかしてもらうしかないよね。他力本願だけど、こればっかりはしょうがない。魔王とどうのこうのするってうつわじゃないもん、こっちも」

「誰か……ねぇ。この中にはいないかなぁ? なーんて」


 私はスプーンを置いて、店内を見渡してみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る