第13話 完全勝利!

 ちょっと力を入れてやったら、うまくいった。丸いものが、ドサッと音を立てて土の上に落ちた。

 それから、肝心なものを失ったそいつの身体からだが崩れ落ちた。辺りがシーンと静まりかえった。まるで時が止まったみたいに。

 この仕事の依頼者、もしくは近隣の住民にとっては脅威きょういの存在だったはずの、巨大ゴブリン。そいつがたった今、私という1人の人間によって絶命したのだ。

 私は、おもむろに剣をさやに収める。戦いは、これにて終了である。

 ゴブリンの口は開いていて、なんとも間の抜けた顔をさらしているのだが、ふと親友ハナの反応をうかがえば、彼女も負けてはいなかった。


「……」


 私たちの勝利なのだが、それが信じられないといったような雰囲気で、言葉にも出ないといったところか。

 上空では雲がのんびりと移動しだした。太陽の温かさが肌で感じられる。強い光が、二度と動くことのない死体を照らす。

 私から話しかけた方がよさそうだ。


「終わったよ」


 優しく言うと、ハナはハッと我に帰って、


「えっ!? ……あ、そ、そうみたいね……」


 石のように硬直していた状態からも解き放たれ、私に近づいてくる。


「なんか……さ、すごいね。本当にやっつけちゃうなんてね。なんていうか……嬉しいのとビックリしちゃってるのと色々ゴッチャになっちゃって……なんだろな。今の気持ちをどう表現しようか、迷ってるって感じ。こういう時、何かいい言葉とか思いつかないものかなーって」


 そんなの、なくてもいい。ただ、この事実を受け止めてガッツポーズの1つでもしてもらえたら、それでいいのだ。言葉は長ければいいというものではない。

 ハナは1度せき払いをする。……落ち着いてくれたかな?

 ガシッ。

 唐突に、ハナに両手をつかまれた。


「よくできました! えらい!」

「あ、うん……」


 何するのかと思えば……。今度はこちらが戸惑ったではないか。親友からの賛辞の言葉に、私は照れてしまった。鏡を見たら、顔が赤くなっているのがわかるんだろうな。

 1人の男性が、私たちのもとに走ってきた。ゴブリン退治の依頼を出した、あの青年だった。知らないうちにどこかへ隠れていったかと思いきや。

 彼が見たのは、しっかりと地に足をつけて立っている2人の少女(私とハナね)と、首をなくして倒れ伏している大型の魔物の姿だった。


「君たち、無事だったか! 大きな音がしたから来てみたんだけど……これは……」


 私は、自分の近くに落ちているものを拾う。長い耳がちょうど良い持ち手になっていた。これを青年の前に差し出した。


「ひっ! こ、これって……」


 動くものでもないのにおびえられた。魔物の生首だもんな。こんなのを間近で見せられたら、誰だって彼のような反応はするか。変な声出てるし。心臓にはよくないものだというのは私でもわかるが。


「ご覧の通りですから」

「そうそう! これね、ソラがやってくれたんですよ~! いやホント、強いのなんのって。このでっかいゴブリンの怒涛どとうの攻撃をものともせず、あっちをサックリこっちをスパッと斬りまくり! 最後は首に行っちゃいましたからね。ほらこれ、よく見ると切り口意外とキレイでしょー? まさにね、斬首ざんしゅざんす! なんつって」


 ハナのテンションは高かった。でもそれも、今のギャグがスベったことでガタ落ち。ここだけ季節外れの吹雪。数秒でんだが。


「……そんでまぁ、私らの勝利が確定したわけで。ミッションコンプリートってやつですよ! あ、私もね、攻撃魔術が使えるんでちょこっとお手伝いしたんだけど……ダメでしたわ。まだまだだなー、私は」


 ふむ、立ち直りは早いな。


「えっ……これ君がやったの? 1人で? まさか……でも君たち以外に誰もいないし。それか、もうどこかへ行ってしまったとか?」

「いいえ、誰も来ませんでしたー」


 私が答えた。

 青年は、ただただ驚くほかなかった。自分でいた種とはいえ、手の打ちようがなかった魔物を討伐してくれたのが、まだあどけなさの残る顔立ちの少女だということに。そして、人間側は誰も怪我けが人がいないという点にも。


「自分で言うのもなんだけど、私、弱くはないので。ところでコレ、いります?」


 私は今一度、ゴブリンの首を青年に見せた。


「いや……いらない」


 彼はキッパリと断った。


「あ、そーですか」


 研究に使ったり、記念品として取っておいてもいいんじゃないかな、と思ったんだけどな。やはりちょっと気持ち悪いか。

 私はこれ以上は何も言わなかった。自分たちも、もちろんこんなものは必要ないし、誰かへの土産にするつもりもない。だから──適当に放り投げた。

 すると、青年は私の両手を握ってきた。さっきもあったぞ、このシチュエーション。


「いや、それにしても素晴らしい! もう1回言うよ、素晴らしいよ君! あぁ、もっと早くに出会っていれば、被害はもっと少なかっただろうに。それか、冒険者皆が皆、君のような人だったら……!」

 両腕をブンブン振りながら話す。まためられたのはいいんだけど……それよりも……。


「あ……あわわ……」


 実は私、父親以外の男性に肌を触られたのは、これが初めてでして。それも知り合いでも何でもない者からだったものだから、恥ずかしくなって、ささやかながら抵抗してしまった。そして、ハナの後ろに隠れるように移動した。


「あぁ、ごめん。つい喜びが爆発して……」

「お……男の人に手ェ握られちゃったよ……」


 私は力なくハナに言う。ゴブリンと戦っていた時の、強気だった私よ今いずこ。


「あのー、今のってセクハラにあたりませんかね? 最近は世間の目が厳しいですからねー。行動1つにしても、気をつけた方がいいですよー」


 ハナがジト目で指摘してくれた。


「ええっ、今のが!? いくらなんでも言いすぎじゃないかなぁ。全然、そんなつもりはなかったんだけど……僕が無知なだけのかなぁ。こんなことでも……ハァ、女性の扱いって難しいな」

「ヘタすりゃ訴えられるケースも」

「そ、そんな……今はそういう世の中になっているのか! お願いだ、それだけは! 今度からは充分気をつけるからさ! どうか……」


 お願いします、のポーズをとる青年。


「……って言ってるけど?」

「うん……」


 私は1歩前に出て、


「あの……さっきのコトはもういいですよ。そんなに気にしてませんから」


 私は青年をとがめることなく、彼の立場を尊重した。安堵あんどの溜め息が聞こえた。


「おー、優しいね、ソラは」


 報酬の銀貨300枚は、代表して私が受け取った。


「おおぉ……」


 その重みを、じっくりとみしめる。せっかくだから、ハナにも持ってもらう。


「うおー、これがッ……! あの、本当にこれ、私たちがもらっちゃっていいんですか!?」

「もちろんだよ。そういう契約だったからね。これで、君たちの任務は終了だ。改めて感謝するよ」


 私とハナは、顔を見合わせる。そして、歓喜のハイタッチをした。

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