第17話 赤い龍(1)興味

 赤龍。それは世界中を敵に回している国際的犯罪組織だ。同じ国際的犯罪組織としてオシリスとよく一緒に挙げられるが、それは赤龍にとってもオシリスにとっても、不本意でしかなかった。

「どっちが上か、ハッキリさせてやらねえとな」

 赤龍のリーダーは、足を投げ出してだらしなく座った姿勢で低く呟いた。

 赤龍は元々ギャングだったのが、麻薬を扱い出して大きくなったのを皮切りに、あっという間にここまで来た。まだリーダーも幹部も若い。

 その中でも年上の方になる幹部の1人が、ふと思い出した。

「そう言えば、オシリスはある日本人に執着してるらしいな」

「何だ、それは」

「ついこの前のフェリーを魚雷で吹っ飛ばした時も、あれ、そいつを迎えに行ってたとか何とか」

 うろ覚えの情報だが、大きく外れてもいない。

 リーダーは身を乗り出した。

「もしそいつを殺るかこっちに引き込むかしたら、悔しがるだろうな。おもしれえ。詳しく話せよ」


 世界同時新発売のモバイルを買うために丸2日以上並んだ人も、ようやく発売時間となり、そわそわと落ち着きがない。

「2列に並んでください」

「歩道の半分を空けてください」

「押さないでください」

 言いながら、その長い列を整えていく。

「別に、今日でなくてもいいだろうに」

 湊が言うのに、涼真は苦笑した。

「まあ、一番に買ったって自慢したいんだろ。あと、売り切れて、しばらく入荷がなかったらって心配してるとか」

「そこまですぐに欲しいのか」

 湊は言って、また列を辿り始めた。

 店の前から続く行列は、数百メートルに達している。もし製品が無くても、今度入荷したら優先的に買える番号付きの券をもらえるので、損はないという判断らしい。

 警備を請け負ったのは柳内警備保障だが、店舗数が多いので、今、各地の各店舗に分かれて、同じ事をしていた。

 湊は行列に並ぶ人に声をかけながら歩いているが、関係のない通行人も、「邪魔だ」とか「暇だな」という顔付きで横を通って行く。

 と、湊は緊張した。悪意を感じたのだ。

(どこだ?行列――違う。通行人か。それとも車か)

 悪意の源を探る。

 と、見つけた。上だ。

 そこを避けると、上から落ちて来た植木鉢が、グシャリとアスファルトに叩きつけられて割れた。

「うわ、誰だ?」

「猫か?」

「あっぶねえ」

 行列に並んでいた人達は口々に言い、上を見上げる。

 人影は誰も見えず、事故と皆思っていたようだが、湊は、その悪意を感じ取っていた。


 会社を出ると、湊の家まではほんの少しだ。人込みに行くのを避けたいがために選んだマンションだが、居心地はいい。

 帰り道にあるスーパーで買い物をしてから帰ろうかと、そちらの方へと足を向けた。

 その時、悪意が向けられるのを感じた。

 見回すが、午後6時の駅近くとあって、通行人はそれなりにいるし、車も多い。

(どこだ?)

 呑気そうな高校生、詰まらなさそうな顔付きで歩く中学生、走っている小学生、急ぎ足の女性、無表情の男性、犬をつれた老人――。

 わからない。しかし、確実にそれは自分に向けられていると、湊にはわかる。

 自然と体が横っ飛びに、駐車中の宅配トラックの陰に転がり込む。それと同時くらいに、先程まで立っていたところ近くにあった自動販売機のガラスが割れた。

 湊は人のいない方へ、ビルの陰へと走った。

 それを追うように、地面に小さく土煙が上がる。

 自動販売機がいきなり割れた事に驚いて棒立ちになる人がほとんどの中、何人かが、湊とその土煙に気付いた。

(あそこか)

 湊はそれらのライフル弾の発射ポイントであり、悪意の放射ポイントであるビルの外階段を見、走った。

 間には車も人も行きかっているほか、近付いて行くため、射角的に更なる狙撃はないだろうと踏んでの事だ。

 思った通り、悪意は霧消し、そこへ辿り着いた時には、薬きょうとカードが1枚落ちていた。赤い龍の絵が描かれたトランプ程度の大きさのものだ。

 警察に連絡し、到着を待ちながら、湊はそのカードから「赤龍」という犯罪組織を連想し、嫌な予感に舌打ちしていた。


 狙撃ポイントから離れながら、赤龍のリーダーはこみ上げて来る笑いをこらえるのに苦労した。

(何だ、あれは。あいつ、わかってたのか?狙撃されるのを。それに、すぐに俺に気付いて睨んできやがった。おもしれえ。俺が自分でやりに来て正解だったぜ)

 スコープの中で、彼と湊の視線が交差したのだ。距離が随分あったにも関わらず。

 リーダーはクックッと笑い、すれ違う人は、チラリと彼の顔を見た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る