第11話 B坊と熱血カードバトル 中編
「カード勝負か。」
ミカキョが取り出したのは、BBB(ビービービー)と呼ばれている大人気トレーディングカードゲームのカードデッキだった。
『BBB』の正式名称は、Battle・Brave・Buster (バトル・ブレイブ・バスター)。
日本語に訳すと『戦闘・勇敢な・破壊する人』になるので、ちょっとおかしい英語だ。
おそらく、かっこいい『B』のつく英語を並べただけの名称だと思われる。
ちなみに、『バトル・ブレイブ・バスター』を省略して『バブバ』と呼ぶ者もいる。
『BBB』は、カードジャンルが全く統一されていないことで有名だ。
主力は神様のカードだが、敵対するモンスターや悪魔以外にもロボットや宇宙人など多種多様な勢力が日々生み出せれており混沌と化している。
ファンタジーだった最初の世界観を無視した路線変更は、たびたび問題視される。
さらに、魔法少女や美少女戦士などの一部マニアに大人気のカード枠はもちろんアイドルやお笑い芸人など異色のカード枠も用意され、何でもありのトレーディングカードゲームになってからは誰も何も言わなくなった。
また、他作品の登場人物をオマージュした版権すれすれのパクリカードの存在はすでに笑ってすまされる問題ではない。
新しいカードシリーズが発売されるたびに、世界中から阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れるのは周知の事実になっている。
「ルールはどうする?」
「カードを1枚引いて、攻撃力が強い方が勝ちというのはどうかしら。」
ミカキョが、B坊に勝負方法を提示した。
本来のルールとは違うが、一瞬で決着がつく。
「カードを1枚引いて勝負か。おもしろそうだな。」
「それなら、決まりね。」
勝負方法が決まった。
テケレケ君は思った。
トレーディングカードを使用する意味がないよね。
カードを1枚引くだけなら、トランプを使用すれば良いと思う。
前もって準備していたかのようにカードデッキを取り出したミカキョの行動は、どう考えても不自然すぎる。
イカサマし放題だ。
この勝負はミカキョに有利だと思っていても、ミカキョが怖くてテケレケ君は何も言えなかった。
「ボクは、自分のカードデッキを使わせてもらうよ。」
そう言うと、B坊は懐から1組のカードデッキをサッと取り出した。
B坊は、全てお見通しだった。
テケレケ君の浅はかな心配は、B坊には不要だったようだ。
B坊は今も一切のスキを見せることなく、マジシャン顔負けの華麗なカード裁きを披露している。
ミカキョの策略がB坊に通用しなかったことに比べれば、B坊が今まで布団で寝ていたことは些細な問題だ。
B坊が偶然、必要な物を持っていて自然に懐から取り出すのはいつものことだ。
B坊に一般常識を求めるのは止めた。
B坊は寝ている間も肌身離さず、『BBB』のカードデッキを持っていたのだろう。
いつものことなので、B坊がトレーディングカードを取り出したことに対してテケレケ君は特に不思議に思わなかった。
一見すると、互いに自分のカードデッキを使用し条件は互角になったように見える。
『BBB』のカードデッキで勝負しようと言い出したのは、ミカキョだ。
カード勝負をしようと言えばB坊が自分のカードデッキを出してくることは、ミカキョの読み通りの行動だった。
当然、B坊のカードデッキの中身は百も承知だ。
ミカキョは、自分のカードデッキに絶対の自信を持っていた。
「B坊は『BBB』のカードデッキを持っていたんだね。」
テケレケ君は、素直に驚いていた。
『BBB』の話題性は、世界でもトップクラスだ。
カードゲームで遊ばない人でも、収集目的で購入する人も大勢いる。
当然、レアカードの売買価格は桁違いの価格だったりする。
『BBB』のカード価格の高騰は、特殊な販売形態によるところが大きい。
まず試作カードが数量限定でテスト販売され、問題がなければ量産体制に入る。
これは、訴訟によるリスクを最小限に抑えるための措置だ。
量産販売が開始されても、訴訟問題の恐れがなくなるわけではない。
重版される前に自主回収になったカードは数知れず、話題性を狙って訴訟問題をわざと起こしているのではないかとウワサされるぐらい危機管理能力が欠如していた。
販売中止になったカードは希少価値が付き、エラーコインやエラー切手と同じように高値で取引される。
しかし、金を出せば強いカードが手に入るほど『BBB』の世界は甘くない。
『BBB』の本当にレアなカードは裏ルートで高値で取引されるため、表ルートでの入手は困難だ。
『BBB』のカード所有は一種のステータスになっており、上流階級のパーティーでも通用するぐらい価値は計り知れない。
そのため、投資目的や貯蓄目的で所有する者は後を絶たない。
昨日まで見向きもされなかったカードが、急に高値で取引されるようになる。
『BBB』成金や『BBB』長者なんて派生言葉もある。
身近な人が急に羽振りが良くなったら、『BBB』関連だと見て間違いない。
逆に、『BBB』破産や『BBB』心中なんて言う物騒な言葉もある。
『BBB』の取り扱いには注意が必要だ。
『BBB』の新作カード発売初日は抽選販売を行っているにも関わらず、人より早く買うために徹夜組が出るぐらい人気だ。
キャンセル待ちは当たり前で、カードショップの緊急入荷情報が流れると争奪戦に発展するトレーディングカードは
『BBB』ぐらいだろう。
『BBB』を本気でプレイしようと思うなら、オンラインRPGの比ではない時間と労力と覚悟が必要だ。
『BBB』は強いカードがなくても楽しむことが出来るカードゲームだが、大会で勝負するには強いカードが必要になる。
『BBB』を極めようとするとなら、修羅にならなければならない。
趣味とは言え、そんなことにB坊がお金を無駄遣いをするとは思えなかった。
B坊は、『BBB』のカードデッキを持っていた。
B坊のどこに、そんな金があったのだろうか?
テケレケ君は知らないことだが、B坊のカードデッキには激レアカードは1枚もない。
人が捨てたカードを拾ったり、もらったりして集めたクズカードだ。
お金を1円もかけていないので、世界一お財布に優しいカードデッキだと言える。
このことをミカキョは知っていたので、勝負方法を提示した後も焦りや不安はなかった。
「私から引かせてもらうわ。」
「お先にどうぞ。」
レディーファーストだ?
ミカキョは、何回もカードをシャッフルしてカードを1枚引いた。
「フッ。」
ミカキョは、引いたカードを見て笑った。
「カードオープン!私のカードは攻撃力53万、『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』よ。」
「攻撃力53万!!」
ミカキョのカードには、いくつも0が付いていた。
『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』は、絶望的な状況からでもカード1枚で戦局をひっくっり返してしまうカードだ。
あまりに強すぎるので、『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』の使用を禁止している公式大会もあるぐらいだ。
『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』は召喚までいくつかの手順が必要なので、手札に持っていても簡単に出すことが出来ない。
それでも強いので、公式ルールのカードバトルでは『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』だけ
攻撃発動までの充電回数や攻撃回数制限などの特別ルールを設ける場合もある。
何の制約も受けない今回の勝負において、『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』は最強のカー
ドだと言える。
「私の勝ちね。」
B坊のカードを見るまでもなく、ミカキョは勝利宣言した。
「今度は、ボクの番だね。」
B坊は、自分のカードデッキを台の上に置いた。
ミカキョの引いた最強のカードを見ても、まだ勝負を続ける気でいる。
B坊は勝てるカードを持っているのだろうか?
負けるにしても、最期の悪あがきでカードを引くつもりなのか?
不思議なことに、B坊は絶望していなかった。
「まさか!」
B坊の顔を見て、ミカキョは自分の勘違いに気付いた。
『BBB』は、常に進化するトレーディングカードゲームだ。
新しく発売されるカードの中に、『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』を超えるカードがあるかもしれない。
いや、その可能性はない。
B坊の力を持ってしても、発売前のカードを入手することは不可能なはずだ。
違う!
『宇宙の帝王竜キングコールド=クールフリーズドラゴン』に勝てるカードが、1枚だけ存在した。
だけど、あんなものは伝説に過ぎない。
あれは、『BBB』の販売会社も完全否定しているカードだ。
伝説の戦闘神?? 攻撃力???????
誰も本当の名前も知らないが、存在だけが噂されているカードがある。
有力情報には懸賞金が掛けられているが、誤情報が後を絶たない。
幻のカードは、本当に存在していたのか!
「まさか、B坊さんは『伝説の戦闘神??』のカードを持っているとでも言うの?」
「フッ。」
カードを見て、B坊が笑った。
ミカキョの顔色が、恐怖に変わる。
B坊は、ゆっくりとカードをオープンした。
「ボクのカードは、『魔王大帝ダスギア』だ。」
B坊が引いたカードは、『伝説の戦闘神??』ではなかった。
「魔王大帝ダスギア?」
テケレケ君も『BBB』の有名なレアカードの名前を知っているが、聞いたことがないカードだ。
テケレケ君はB坊の出したカードを見て、自分の目を疑った。
「0が少ない。」
『魔王大帝ダスギア』の攻撃力に表示されている0の数は、明らかに少なかった。
「攻撃力が1000?」
「うん、攻撃力は1000だよ。」
「攻撃力1000!」
見間違いではなかった。
『魔王大帝ダスギア』は、攻撃力がたった1000のクズカードだった。
『魔王大帝ダスギア』は、発売が古いカードだ。
発売された当時は強いカードだった『魔王大帝ダスギア』だが、『BBB』の異様な人気による使用カードの急激な
増加により攻撃力にもインフレが起きてしまう。
『魔王大帝ダスギア』は、次第に弱いカードに分類されるようになってしまった。
不況のあおりを受けて、リストラされたサラリーマンのような物だ。
『魔王大帝ダスギア』の攻撃力を100倍にしても、最新のカードに勝つことは出来ない。
「私の勝ちね。約束通り結婚してもらうわよ。」
「嫌だ。」
「見損なったわ、B坊さん。約束を破るつもりなの?」
見損なうも何も、B坊はそう言う奴だ。
「違う!」
「往生際が悪いぞ。B坊。」
外野からヤジが飛んだ。
「まだ、勝負はついていない。」
「勝負がついていない?」
B坊の言うことは、本当かもしれない。
負けが決まっていたら、B坊は逃げているはずだ。
この場にB坊の姿があり逃げる素振りも見せていないと言うことは、勝負が決していないと言うB坊の言葉はウソではない可能性が高い。
「ボクが引いたカードをよく見ろ。」
B坊が引いたカードをよく見た。
何度見ても、攻撃力は1000だ。
「違う。見るのは、『魔王大帝ダスギア』の特殊効果だ。」
『魔王大帝ダスキア』の特殊効果が書かれてある説明文を見た。
『カードを1枚引いて、1回だけ増援を呼ぶことが出来る。』
『魔王大帝ダスキア』は、連続攻撃が出来る1枚で2度おいしいカードだった。
「ちょっと待って。勝負するカードは1枚のはずよ。カードの特殊効果は関係ないわ。」
「ミカキョン、自分が言った言葉を思い出してごらん。」
『カードを1枚引いて、攻撃力が強い方が勝ちというのはどうかしら。』
「2枚目のカードを引いて良いとは、言っていないわ。」
「そうだね。でも、1枚のカードだけで勝負するとは言っていないよね。」
「屁理屈だわ。」
ミカキョは正しいかもしれないが、B坊の言っていることも間違っていない。
カードの持っている特殊効力に対する厳密な取り決めは、何もしていなかった。
トレーディングカードゲームは、カードの攻撃力だけで決着がつく単純なゲームではない。
カードには、攻撃力の他に防御力や属性・特殊効果などが表示されている。
自分のカードの攻撃力がどんなに高くても、相手カードの防御力を上回っていなければ攻撃が防がれて倒すことは出来ない。
自分のカードを強化したり、相手を罠にはめて弱体化させたりもできる。
ミカキョは、攻撃力が高いカードを中心とした攻撃力重視のカードデッキだ。
ミカキョとは逆に、防御力が高いカードで構成し守りを固めるプレーヤーもいる。
交互に攻撃する公式ルールでは問題ないが、今回のようなカードを1枚引いて勝負するルールでは問題がある。
ミカキョのカードの中には、攻撃力が高い代わりに防御力が低いカードが少なからずある。
勝負をカードの攻撃力に限定することで、ミカキョは自分に有利な勝負方法を提示していた。
早急にルールを決めカードを引いたのは、B坊にルールを追及されることを恐れたためだ。
ミカキョは高ぶる気持ちを落ち着かせ、冷静に考える。
ミカキョは、『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』を1枚しか所有していない。
おそらく、B坊の狙いはカードの引き直しだ。
もう1度カードを引き直したとしても、クズカードしか持たないB坊に負けるとは思えない。
現在最強の攻撃力を持つ『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』は、引き直すには惜しいカードだ。
『宇宙の帝王龍キングコールド=クールフリーズドラゴン』が負けるはずがない。
「OK。もう一枚引いても良いわよ。」
ミカキョは、B坊の提案を渋々了承した。
「カードをもう1枚引かせてもらうよ。」
B坊は、2枚目のカードを引いた。
「フッ。」
B坊が、カード見て笑った。
「まさか!」
フラッシュバックのように、先ほど思い浮かべた『伝説の戦闘神??』のカードがミカキョの脳裏によぎる。
「まさか、今度こそ引くと言うの?」
ミカキョの鼓動が高鳴った。
こうして世界に平和が訪れたのだった。
めでたしめでたし。
B・B・B・B・B坊 パピポピポプぺ @papipopipopupe
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