第10話 B坊と熱血カードバトル 前編

ドンッドンッドンッ


「うるさいな!朝早くから、誰だよ。」


玄関のドアを叩く音で、テケレケ君は起こされた。


枕元の目覚まし時計を見ると、午前3時21分。


早朝勤務で起きて働いている人がいるかもしれないが、テケレケ君が起きるには早すぎる時間だった。



ドンッドンッドンッ

「今すぐ開けるから、何度もドアを叩かないで。」

これ以上ドアを叩かれ大きな音を出され続けると近所迷惑になる。

ドンッドンッドンッ


「はいはい、今すぐ出ますよ~。」


テケレケ君は、眠たい目をこすりながら玄関のドアを開けた。



ガチャ


「B坊さん、いる?」


信じられないかもしれないが、ドアを開けるとブラジャーとパンティーの上にスケスケのネグリジェを着た筋肉ムキムキのオカマが立っていた。


服装だけ見ると女性だが、これを女性と言うのは無理があり過ぎる。


一目でオカマだと分かった。



サービスシーンではなく、罰ゲームだ。


テケレケ君は思わず目をつぶったが、イメージが強すぎて姿が脳裏に焼き付き頭から離れない。


願わくば・・・ドッキリであれと、勇気を出して目を開けたら現実だった。


目を見開いて、凝視してしまった。



「あら、やだ。少し刺激が強すぎたみたいね。」


「ガフッ!」


テケレケ君は危険を感じて、一気に覚醒した。



「だ・・・誰ですか。」



「私の名前は、ミカキョ。B坊さんのお友達よ。」

身の危険を感じたテケレケ君が恐ろしさのあまり逃げることが出来ずに尋ねてみると、未確認生物はミカキョと名乗った。



「B坊の友達か。」


B坊の友達なら、何も驚くことはない。


非常識な存在も含めて常識の範囲内だ。


会話が成立したことに胸をホッとなでおろしたが、聞き流すことが出来ない名前を聞いてしまった。


よせばいいのに、若さゆえにテケレケ君はツッコミを入れてしまう。



「ミ・・・ミカキョ?」


「何?何か文句でもあるの。」


ミカキョからドス黒いオーラが噴き出し、ギロリとにらまれた。


「いえ、可愛らしい名前ですね。」


テケレケ君が社交辞令で心にもない誉め言葉を言ったのにも関わらず、ミカキョは嬉しそうに笑った。



「素直な人は好きよ♡ウフッ。」


「グハッ。」


テケレケ君は、強烈な精神的ダメージを受けた。


テケレケ君が、可愛らしい名前だと思ったのはウソではない。


「グハッ。」


もしテケレケ君にミカコと言う名前の恋人がいたら、リア充カップルみたいにミカキョと呼んでイチャイチャしたいと思うぐらい可愛い名前だと思う。


「グハッ。」


だが、目の前の人物が可愛いかと聞かれると別の話だった。


「グハッ。」



「ミカキョ姉さんと呼んでいいわよ。」


機嫌を良くしたミカキョが、姉さん風を吹かして一気に距離を縮めてきた。


「うっ。」


テケレケ君は、胸の奥から込み上げる物があった。


具体的に挙げると、動機・息切れ・吐き気に目まいなどの軽い症状だ。


遠慮しときますと声が出掛かった瞬間、ミカキョの冷たい視線に気付いた。



「ハアハアハア、なんてプレッシャーだ。」


ハンパな答えは死に直結すると直感したテケレケ君は、ギリギリの所で踏みとどまっていた。


実際は、ミカキョは何もしていない。


テケレケ君が勘違いして一人で騒いでいただけだった。



「ミカキョさんで、お願いします。」


これが今、テケレケ君にできるギリギリの譲歩だ。


「まあ、呼び方なんてどうでもいいわ。好きに呼んでちょうだい♡」


「呼び方は、どうでもいいのかよ!」


悩んだ時間を返せ!と、テケレケ君は叫びたかった。



「そんなことより、B坊さんはいるかしら?」


「いるんじゃないですかね。」


部屋の奥からB坊のイビキが聞こえていた。



「B坊なら、まだ寝ているみたいですよ。」


朝が早いから出直してくれたら、うれしい。


テケレケ君がいない時に来てくれたら、なおうれしい。


出来たら、そのまま帰って2度と来ないで欲しい。


そんなテケレケ君の甘い願いは、叶うことはなかった。


ミカキョは獲物を狙う捕食者の目で身を乗り出して玄関から部屋の様子を覗いていた。



「上がらさせてもらうわよ。」


「ちょっと何、勝手に上がっているんですか。」


テケレケ君の制止を振り切り、ミカキョは家の中へズカズカと入ってきた。


狭いアパートなので、すぐにミカキョは目的の部屋に到達した。



ドンッ


「痛たったったった。」


テケレケ君は止まることが出来ず、部屋の入り口で立ち止まっていたミカキョに思いっきりぶつかってしまった。


勢いよくぶつかったにも関わらず、ミカキョはビクともしていない。


「まるで岩のような背中だ。」


テケレケ君は痛そうに顔を抑えながら、そんな感想を漏らした。



「相変わらず素敵なお顔。」


ミカキョは、B坊の寝顔にウットリと見とれている。


恋は盲目と言う言葉があるが、ミカキョの目にはB坊が白馬に乗った王子様に見えるようだ。


テケレケ君は、B坊の顔を見た。


汚いオッサンの顔に見える。


恋とは不思議なものだ。



「B坊さん、起きて。」


ミカキョは、枕元に座ってB坊の体を優しく揺すった。


「無理無理、そんなことぐらいではB坊は絶対に起きないよ。」


B坊が1度眠ったら、天変地異が起きても目を覚まさないのは有名な話だ。


二度寝、三度寝は当たり前。


放っておいたら、冬眠してしまうだろう。


コールドスリープ顔負けの深い眠りは、どんな睡眠妨害も受け付けない。


「起きないと、お目覚めのディープキスしちゃうわよ。」


「はい、起きました。」


ミカキョのモーニングコールは、効果抜群だった。


寝起きの悪いB坊が、お目目パッチリすごい勢いで起き上がった。



「B坊さん、おはよう。」


「ミカキョンか。」


起きたB坊の一声の中に、聞き捨てならない言葉があった。


「ミカキョン?」


アイドルみたいな呼び名だ。



「何、文句でもあるの?」


テケレケ君は、ミカキョにギロリと睨まられた。


「いえ、何でもありません。」


「そう。なら、良いのよ。」


テケレケ君は、大人しくしていようと思った。


「そんなに慌てて、どうしたの?ミカキョン。」


「ウフッ♡B坊さんに会いたくて、急いできたのよ。」


「それで、用件は何?」


「勝負に勝ったら、何でも言うことを聞いてくれる約束は覚えてるかしら。」


「ああ、そんな約束もしたね。」


「私が勝ったら、私と結婚してちょうだい。」


「結婚!」


テケレケ君は決闘の聞き間違いだと思いたかったが、ミカキョの口からはハッキリと結婚と発せられた。


ミカキョは、婚姻届け持参で来ていたから結婚で間違いなかった。


「ああ、いいよ。」


B坊は、勝負をアッサリ認めた。


「やったー!」


ミカキョは、ピョンピョン飛び跳ねて大喜びした。



「B坊、こっち来て。」


「どうしたんだい?テケレケ君。」


「いいから、早く。」


喜びのあまりミカキョが一人の世界に入り込んでいるスキに、B坊の腕を引っ張って部屋の隅へ呼び寄せた。



「勝負で負けたら、本当に結婚するのか。」


「結婚?誰と誰が結婚するの?」


「B坊とミカキョに決まっているだろ。」


B坊はポカンと口を開けたまま、しばらく考え込んでいた。



「何、言っているの?」


「今、勝負して負けたらミカキョと結婚する約束をしただろ。」


「ウソ。」


テケレケ君は、ミカキョを指差した。


「ワ~イワ~イ、B坊さんと結婚。ハネムーンはどこに行こうかしら♡」


ミカキョを見たB坊は、フリーズして動かなくなった。



「どうしよう、怖い。」


B坊は恐怖が遅れてやって来て、突然ブルブルと震え出した。


どうやら、B坊は寝起きで半分寝ぼけて返事をしてしまったみたいだ。


「これ、夢だよね。夢だから、もう一度寝て起きれば現実に戻れるんだよね。」


喜んでいるミカキョを見ると、撤回は無理そうだ。


事の重大さに気付いたB坊は布団に入って、もう1度寝ようとしている。



「現実逃避したら、ダメだ。」


テケレケ君は、B坊から布団を奪い取った。


B坊がこのまま寝てしまったら、勢い余ったミカキョに寝込みを襲われるかもしれない。


そんなB坊の姿は見たくなかった。



「テケレケ君、何とかしてよ。」


「2人の問題だから、他人が口出す問題ではないだろ。」


テケレケ君は、心の底から関わりたくなかった。


「そんな無責任だよ。」


「勝負の約束をしたB坊が悪いんだろ。僕は関係ないからね。」


「本当にそう思っているのかい。」


「どういうことだ?」



「考えてみてよ。ボクとミカキョンが結婚したら、ボクに加えてミカキョンも付いて来ることになるんだよ。」


テケレケ君は、ゾッとした。


てっきり、B坊は結婚したらアパートから出て行くものだと思っていた。


このまま居座るつもりなのか。


しかも、ミカキョと言うオマケ付きだ。


ゴツいオカマとの共存生活を考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。



B坊が出て行ってくれるなら、B坊の結婚に賛成だ。


たとえB坊が出て行ったとしても、B坊の行く所にミカキョは着いて来るだろう。


B坊がテケレケ君の元へ逃げ込んで来て、その度に騒動に巻き込まれる未来が想像できる。


B坊と家族ぐるみの付き合いになるのは嫌だ。


これ以上、濃いキャラが増えることに耐えられそうになかった。



テケレケ君は知らないが、ミカキョは出来るオカマだった。


ミカキョの掃除・洗濯・料理はプロ級で、金銭面でも頼りなる。


B坊がミカキョと結婚すれば、テケレケ君もおこぼれを受けられるだろう。


ある程度の気持ち悪さを我慢するだけで、テケレケ君には快適な家庭生活が訪れる未来もあった。



「絶対、勝て!B坊。」


テケレケ君は、今回ばかりはB坊を応援することに決めた。


「そうだよ。勝てば良いんだよ。」


B坊の胸に希望の火が芽生えた。


「絶対に勝つから、テケレケ君も応援してよ。」


「うん。それは良いけど、勝つと言っても勝負方法も決まっていないのに本当に大丈夫なのか?」


テケレケ君は、自信満々のB坊を見て少し不安になった。



「ボクが負けるわけないだろ。」


「心配だな。」


「どんな手も使っても絶対に勝つから、大船に乗ったつもりでいて良いよ。」


B坊を見ると、まだ震えていた。


今の状態のB坊が、ミカキョに勝てるとは思えなかった。



「やっぱり、勝負するのを辞めにしてもらった方が良いよ。」


「いや、勝負は受けるよ。」


「勝負しても、B坊にメリットはないだろ。」


「勝負に勝ったら、借金がチャラになるんだ。」


B坊にもメリットがあった。


B坊は、どれぐらいの借金をしているのだろうか。


借金の額が、とても気になった。



「ミカキョン、勝負方法はどうする?」


B坊の声は震えていた。


ミカキョと向かい合って、逃げないB坊は立派だと思った。


たんに、ミカキョから逃げるのをあきらめただけかもしれない。



「力勝負はダメよ。か弱い私が、B坊さんに勝てるわけないわ。」


テケレケ君は、ミカキョの腕を見た。


丸太のようなゴッツイ腕をしていた。


ガチの殴り合いでも普通に勝ちそうだ。


次に、ミカキョの太ももを見た。


何を食ったら、そんな体になれるのだろうか。


蹴られたら一発であの世へ行きそうだ。



最後に、ミカキョの全身を見た。


全身から強者のオーラがあふれ出している。


今すぐ霊長類最強の称号を与えたいぐらい惚れ惚れするほど立派な体つきだ。


ミカキョの選択肢には力勝負の一択しかないように思えたが、命の危険を感じたテケレケ君は口に出して言わなかった。



「カードで勝負と言うのはどうかしら?」


ミカキョは、太ももに装着しているカードホルスターから1組のカードデッキを取り出した。



こうして世界に平和が訪れたのだった。

めでたしめでたし。

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