魔王進撃


「久しいのぉクロムよ」


 実に5日ぶりに見た弟子の姿は酷いあり様であった。

 火傷に切り傷。骨も折れているのか、一部骨格がおかしな点がある。それに魔力の流れも異常をきたしていて、散々な目にあったであろうことは想像に難くない。

 

「リヴィ……なんでここに」

「何、最近お前が鍛錬をサボるんでの。我自ら迎えに来てやったまでよ」


 血だらけでボコボコになった顔でクロムは涙を流した。

 戦場で感情による涙を流すとは軟弱者め。だが――。


「リザードマンと雷人族相手によくここまで戦えたのぉ。及第点をやろう」

「いっつも……それしかくれないじゃんか」

「クハハハハハ。お前はまだまだ弱いのだから当然であろう」


 軽口を叩きながら、放っておくと不味そうな怪我だけを先に治してやる。全部治せないこともないが、さすがの我でもこれほど内蔵をズタボロにされている者を治すには数分ほどかかる。


「とりあえずこれで我慢して、そこで見ておれ」


 今にも倒れそうなクロムは地面に腰掛けさせ、我は振り返る。

 そこにはリザードマンが300と雷人族が50ほど。クロムが何人葬ったかはわからぬが、それなりの頭数を投入していたのであろう。


「待たせて悪かったの」

「何故あなた様がここに?」

「なに、ちょいと私物を取りにな」

「なるほど。では余計な話を抜きにして言わせて頂きましょう。そこの勇者の身柄を我々に渡してください」

「嫌じゃ」


 即刻断ってやると指揮官と思しき大柄のリザードマンが閉口した。

 

「何故ですか? そのガキは勇者ですよ!?」

「わかっておるとも」

「なら力をつける前に殺さなくては!」

「そんな面白くないことするわけがなかろう――――おっと」


 我とリザードマンの会話の隙を見て雷人族の1人が極小の雷槍をクロムへと放ったので、掴んで握りつぶす。大きさに合わないほど練りこまれた魔力から察するに本気でクロムを殺すつもりのようだの。


「まったく……力をつける前に殺すやら、話の途中に不意打ちをかけるやら。貴様ら言うこともやることも姑息極まりないのぉ」

「何とでも仰れば良い。勇者死すべし。それが我々魔王を崇拝する亜人種の認識であるはずです。むしろ我々には魔王の1柱たるリヴィエラ様こそ何を考えておいでになのか、わかりかねません。何故あなた様はそこな勇者をかばうのですか」

「ふむ、何故か……とな」


 こ奴らの言いたいことはわからんでもない。

 魔王と勇者は常に宿敵関係にあり、出逢ったが最後。どちらかが死ぬまで戦い続ける。それが魔王と勇者の定め。

 そして主君の栄光を永らえさせるため、眷属たちは勇者を始末しようと画策する。実にわかりやすい動機だ。

 ならば我も誠意を示し、わかりやすく答えてやろう。


「そんなの決まっておろう。弟子を守るのも師の役目故じゃ」

「あの勇者が……弟子?」

「うむ」


 それ以外誰がおるのかと言うように、堂々と首肯して見せる。


「こ奴……クロムは我の弟子だ。我の暇つぶしのためにもこ奴には。これから更に力を付けてもらわねばならないのでの」

「そ、そんな……魔王様の弟子が勇者など前例が……。そもそも許されるはずありません!」

「許しなどいらぬ。我に異を唱える者がいるなその口を縫い合わせてやろう。我の歩む道に塞がる者がいるなら、その身体を引き裂いてやろう。我の機嫌を損なう者がいるならば――――骸と化して償え」


 そこで我は先ほどから密かに練っておった魔力の一部を開放し嗤う。

 解放した魔力が空気や大地に干渉し、周りの瓦礫が浮き、地鳴りが起きる。魔王を敵に回すということは、すなわち自然災害と相対するのと同義。

 否! その力の矛先をコントロールできる分、さらにタチが悪いと言えよう。 


「元よりクロム我のお気に入りに手を出し、我が領地にて不貞を働いた貴様らを生きて帰す気など無いわ!」

「くっ……全員戦闘準備。リヴィエラを止めろ!」


 焦ったリーダー格のリザードマンが指示を飛ばす。

 ハッ。何が魔王を崇拝する亜人だ。こ奴らが崇拝するのはあくまで己らの魔王のみ。それ以外の魔王など自身の主の敵となるかもしれぬ邪魔者であり、勇者と同じ扱いよ。

 化けの皮を剥いでやるとほら見た事か。リザードマンも雷人族も我への敵愾心をまるで隠そうとしておらぬ。

 威嚇のために開放していた魔力を沈め、我は背後に腰掛けるクロムに言った。


「クロムよ」

「リヴィ?」


 きょとんと年相応のあどけない顔でこちらを見返す弟子に向けて一言。


「我を見ておれ」

「は……はい!」

「クハハハハハハ! 返事だけは一丁前じゃのう!」

「かかれー!!」


 さて、これだけ弟子の前で格好つけておいて負けましたじゃ話にならん。求められるのは完全勝利のみ。

 まず飛びかかってきたのは10人のリザードマン。全員目が血走っており、怯えの色も見てとれる。生半可な攻撃では瞬殺される。言葉通り決死の覚悟での突攻。そしてその怯えは……。


「魔王を相手にする怯えに決まっておろうな!」


 死への怯え? 笑わせる。死よりも恐ろしいものがあるということを教えてやろう。

 

「らあああ!」

「遅い」


 真っ先に我を間合いに入れたリザードマンが、猛々しく唸り声を上げサーベル振り上げた。その所作は欠伸がでるほどに遅い。だから我はそのサーベルを持った腕の肩からを手刀で斬りとってやる。

 

「あ……」

「邪魔じゃ」


 まだ自分が何をされたかも理解できておらぬ隻腕のリザードマンに回転蹴りを見舞う。

 吹き飛んだ腕が地面に降ちた頃には残った骸は遥か彼方。

 神経がまだ生きておるのか、未だにピクピクと気色悪い動きをする腕が持つサーベルを奪う。

 2、3度振って刃こぼれをたしかめ……問題なさそうだ。


「我には不要ではあるが、弟子の扱う武器の戦い方を見せてやらねば意味ないからの」

「リヴィ!」


 サーベルの調子をたしかめているとクロムが背後からクロムが叫んだ。

 

「そう喚く出ない」


 左右からの挟み撃ちくらい見えておる。

 息の合った2人のリザードマンが同時に我へと斬りかかった。1人目同様、瞬殺しても構わなんだが、それでは芸に欠けるというもの。

 2人の間合いに入る一瞬前に我は前方に走りこんだ。

 勿論挟撃を仕掛けた2人は我を追ってくる。奴らが方向転換した気配を察した瞬間、我は足でブレーキをかけ、バック宙の要領でさらに2人の真後ろに回り込んだ。

 その動きも何とか見えていたようで2人はさらに真後ろへと身体を振り向かせ――。


「――っ!」

「す、すまん!」

「お仲間との連携くらいしっかりせんと、話にもならぬぞ」

「うるせぇ!」

「おお、怖い怖い」


 片方の剣が振り返った勢いでもう片方の足を掠めた。いわゆる自滅じゃ。

 これは我がかつて相対した勇者パーティとの戦闘でもやっていた手だ。

 2人ないし複数人で息を合わせたコンビネーションで戦うのは悪い手段ではない。お互いの動きをカバーし合える上、単純に攻撃の手数が増えるからの。

 このような場合の基本的な対処方法は各個撃破じゃが……寡兵対複数という局面では中々に難しい。さらに当然敵も各個撃破を狙いの相手との戦闘も想定済みと想定して動かなければならん。

 各個撃破なら結界を張るか瞬殺できるのが前提。まぁクロムにはできぬので、ここは一網打尽を狙う。

 常に相手の想像外の行動を取り流れの主導権を握っておれば、相手の間合いや呼吸、思考に亀裂ができる。その亀裂が生んだ好機を逃してはならぬ。

  

「次こそ決めるぞ!」

「応!」


 リザードマンの剣士どもが地面を蹴った。

 身体を交差させ互いの位置を入れ替えて我に疾駆する。標的を絞り辛くさせる魂胆か。

 

「その程度で我を翻弄できると思うてか」

 

 半身となって間合いを図る。

 片方に的を絞れば相手の思惑に嵌まるのであればただ漠然と、されど確実な殺意を込めた1撃を放ち流れを戻すまで。

 迫りくるリザードマンらが間合いに入るまで残り数メートル。3……2………ここじゃ。奴らが間合いに入るギリギリ手前、最後の距離をこちらからの1歩で詰め剣を横凪ぎに振るう。


「フ――――ッ!」

「ウオッ!?」

「……っぶね」

「ほぉ、今のを躱すか」


 サーベルがリザードマンらの横腹を割く直前で、奴らは飛び上がり空中へと非難した。

 奴らも我がカウンターを狙うことくらいは予想済みであっただろう。だからこそ最も警戒する我の間合いに入る前に、タイミングをずらしてやってのだが、こ奴ら……それなりに地力があるようだの。と言っても想定内であることに変わりない。


「これで次は逃げられんぞ」

「ぁ――――」


 ほんの僅かだけ、先ほどよりも足に力を込めて我も空中のリザードマンらを追うように飛び上がる。

 その次の瞬間には終わっていた。

 僅かと言っても、先ほどの5倍ほどの速度で飛んだ我の動きに反応できず、右側のリザードマンが何かを言おうとする前に喉へとサーベルが突き刺さる。

 幾らリザードマンの表皮は硬い鱗に包まれていると言えど鉄壁ではない。ズブリと首を貫通するサーベルからリザードマン特有の草色をした、返り血が刀身を伝い滴り落ちる。


「ぐ、ぎゅあっ……あががガガガガ――」


 首に刃が突き刺さった程度では直ぐには死なない。死ねない。

 空中で喉から逆流した血を吐きながら、藻掻き苦しむリザードマンの姿は見るに堪えないほど醜いものだ。さっさとサーベルを抜き、蹴飛ばしたいところだが……刃こぼれと返り血で刃が傷んだのか中々抜けぬ。無理矢理抜けんこともないが、どのみちこの剣はもう役に立ちそうにないの。

 仕方なしと得物を諦め、我はサーベルの握る手にさらに力を込める。すると剣を軸にリザードマンの身体が持ち上がった。


「ガギャギエエエエエエ!?」


 どうやら我の意図を察したようで血と涙、汗、鼻水……と身体中からありとあらゆる雫を溢れさせながら、既に我の真上まで掲げられたリザードマンが奇声を発する。その瞳には久しく見ない、強い懇願の情、生への執着が映っていた。

 これほど真摯な感情には我も礼儀を持って返さねばならん。ただ一言。無駄な装飾などいらぬ純粋な想いを――。


「とっととくたばれ」


 握っていたサーベルを振り下ろし大地へと投擲した。弾丸の如き速度で飛んだリザードマンを串刺しにしたサーベルの最後はどうなったかは知らぬ。どーせ死んでおる。

 だから最後を見届けはせずに次の行動に移る。

 狙いは残ったリザードマン1匹。こ奴も空中に飛び上がっているためロクな防御姿勢もとれない上、相方が気になるのか完全に無防備である。安心するがよい。直ぐにまた合わせてやる。

 残ったリザードマンがこちらを見る前に回転蹴りを見舞う。

 ゴグッとぐぐもった音と骨を砕いた時の独特な手応え。首があり得ない方向に折れたリザードマンも急激なスピードで落下し、燃え続ける民家へと衝突した。

 翼を使いゆっくりと地上に降りると、既に10を超えるリザードマンが四方八方を囲んでいた。雑魚が幾ら頭数を増やそうと同じ事よ……。


「お前たち、1度退けー!」


 正面に構えるリザードマンの後方で、事の成り行きを傍観していた雷人族の女が声を張り上げた。

 我を警戒しながらもリザードマンらが雷人族の女の声に耳を傾ける。

 

「その魔王との近接戦闘は不利だ! 安全な距離から雷人族の魔法で滅す――」


 などと戯言をほざくので、そ奴の周りにいる雷人族を数人火球で消し飛ばしてやった。

 

「――ならば貴様らの安置はないのぉ」


 なにせ我は体術より魔法を得意とするのだからの。

 奴らの恐怖をさらに煽るために言ってやろうかと迷ったが止めた。

 弱い奴ほどよく吠える。自信がない者ほど理論武装を固める。

 ならば力のある者はどうするか? 丁度良い言葉がある。

 我は左腕を天へと伸ばし魔法を行使する。

 ――百聞は一見にしかず。とな。

 左腕を起点に空中に魔法が具現化された。

 余談だが、複数の魔法を同時に展開することを並行展開アブレストと言い、2つの魔法を同時に扱う者はデュアルキャスターと称される。

 まぁ正直2つの魔法を並行展開するデュアルキャスト程度なら、魔法の才能が皆無の者以外は、それなりの鍛錬を積めばできるようになる。得意な魔法や初級魔法に限るがの。

 さて我が知る最高位の賢者でさえ、4つの上級魔法を組んで見せたクワトロキャスターが人間の限界であったのに対して、目の前の雷人族とリザードマンの連中は我を目にして何を抱くだろうか。

 煌々と燃えながら小さく爆ぜ続ける火球。激流の渦潮。砂埃と瓦礫を巻き上げる竜巻。バチバチと放電す雷槍。圧倒的質量の土塊つちくれ。禍々しく輝き空気を淀ませる毒。空間を歪ませるほどの重力波。

 7つの魔法の並行展開――セプテキャスト。

 しかもただの魔法ではなく、そのどれもが凡人が生涯を懸けても習得できないほどの難易度のもの。当然そこいらの亜人風情が敵うものではない。


「――――有り得ない」


 戦慄が招く静寂の中。

 か細く消え入りそうな誰かの声だけが不気味なほどに木霊した。

 ある者は呆然と立ち尽くし。ある者は膝を折る。またある者はこうべを垂れ懇願した。

 これこそが魔王と凡百の種族どもとの正しい関係である。

 我は戦意を亡くした者どもの姿に、嗜虐心を前面に出した笑みを浮かべた。

 魔王とは生きる災害。それ以外の者は崇め讃えることしかできないのだ。

 ようやくこ奴らはソレを理解した。

 だがもう遅い。

 

 「灰塵と帰せ」


 手首を下ろし魔法を亜人らの下へと誘導する。

 それぞれの魔法が放つ音が懇願の言葉を打ち消す。

 もう奴らは何も見えぬ。何も聴こえぬ。何も届かぬ。

 凄まじい轟音が過ぎた集落に残るものは何一つなく。

 魔王が立っていた。

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