第38話「模擬ペア戦開始と本性を現したスパイ女教師」

☆ ☆ ☆ 


 いよいよ試験当日の午後二時。


「え~、では~、実戦テストを始めますね~。適当に魔法で組み合わせた籤(くじ)で対戦相手を決めましたが~……最初のカードはヤナギ・カナタVSロイルくん・ラビさんです~」


 俺たちは呼び捨てで、ロイルとラビだけ「くん・さん」づけか。露骨だな。

 しかも、俺たちに最も敵意を持っているロイル・ラビが対戦相手とは。

 作為を感じる。


「うう、緊張してきたよぉ……」

「普通にやれば大丈夫だ。カナタは基本的に自分の身を守っていればいい。あとは、まぁ、余裕があったら俺に支援魔法を付与してくれたらオッケーだ」


 クラスメイトの中では一番剣術のできるロイルと魔力の高いラビだが俺たちの足下には及ばない。


 未だに俺は魔力を自由に使えるようになってはいないが、それでも以前よりは使える魔力量が増えつつある。その魔力を使えば、ラビの防御障壁も打ち破れるだろう。


「……暗黒黎明窟急進派の連中がなにかしてきましたら、わたくしが対応いたしますわ。カナタ、存分に力を振るってきなさい。応援していますわ」

「あ、ありがとう、リリィちゃん!」


 リリィの言葉によって、カナタの緊張も解けたようだ。

 あの殺戮兵器そのもののリリィも変われば変わるものだ。


 カナタと共に過ごしたことで、リリィにも人間性が培われた気がする。

 俺と戦っていたときは、ただの戦闘狂だったからな……。


「……ヤナギ。本番はこの模擬戦のあとですわよ?」

「ああ、わかってる」


 最前線で戦った者同士、戦場勘というものがある。

 その第六感的なものは、このあとに待っている激戦を予感していた。


 なお、師匠はカレキ委員長の力を借りて魔法虫を街中に展開して警戒しつつ学園の結界を強化。


 そして、自身も校庭の隅にある木陰に隠れている。

 完全に気配を消しているので、俺とリリィぐらいしか気がついていないだろう。


「はい、それでは~、ちゃっちゃと始めてください~。試合開始です~。……はぁ、さっさと世界は滅べばいいんですけどね~」


 シガヤ先生が聞き捨てならないことを言っていたが、今さらか。

 今はともかく、目の前の試合に集中だ。


「ヤナギ、てめぇ! ぶち殺してやる!」

「ふたりまとめてこの学園にいられねぇようにしてやるよぉ!」


 まったくこの品格のない連中が上級貴族だっていうんだからドン引きだ。

 戦場でもここまで下品で感情的な奴は稀だった。

 むしろ、ぬるい学園生活だからこうなるのかもな。


「ひゃっ……」

「落ちつけ。奴らの言葉に惑わされるな」


 カナタに短く言い聞かせると、俺は模造剣を手に一直線にラビに向かった。


 なぜ最初にラビを選んだかというとラビが敵意を向けてるのがカナタでありロイルの狙いが俺だからだ。まずは敵をすべて俺に引きつける。


「ちっ、邪魔なんだよ! クソ偽善女の下僕!」

「俺は下僕じゃないぞ。カナタの友達だ」


 カナタに向けて魔法を放とうとしていたラビは俺が接近してきたので対処せざる得なくなる。


 威力よりも発動速度を優先した魔力波をこちらに放ってくるが軽く左右に身体を振ってかわしつつ距離を詰める。


「てめぇ! 俺を無視するんじゃねぇ!」


 最初から俺を狙っていたロイルが横から斬りかかってくるが、さらに加速して振り切る。遅い上に大振りすぎる。


「こっち来んなよ下僕ぅ!」


 ラビがさらにすぐに撃てる魔法波を三発放ってくるが、俺からすると止まっているかと思うぐらい遅い。


「待ちやがれ、糞庶民!」


 そして剣が空振りしたあとコケそうになりながらも、追いすがるロイル。

 こいつも、遅い。遅すぎる。


「戦いは速さが命だ」


 速攻こそ戦いの要諦。

 常に先制し主導権をとる。

 押して押して押しまくる。

 それが俺の培った戦場哲学だ。


「来んな来んな来んなあああ!」


 ラビが恐怖に表情を引き攣らせて魔法を連発するも、術式に失敗していくつかは不発。戦いの最中に感情を高ぶらせるのは愚の骨頂。


「冷静さを失ったら終わりだ。戦場ではな」


 ラビの脇をすり抜けると、剣の柄を背中に叩きこんだ。


「ごぶげ!?」


 ラビは無様な声を上げて校庭に激突する。

 これで失神だろう。剣を振るうまでもない。


「てめぇえええ!」


 振り返ると、ロイルが声を上げながら跳躍してくるところだった。

 大上段から剣を振り下ろしてくる。


「跳ぶ意味がないだろうが」


 感情のままにジャンプしてしまったのか、それともそういう技なのか。


「貴族は無駄が多い」


 その余計なプライドも、動きも。

 戦場に求められるのはシンプルさである。


 相手の太刀筋を完全に見切った俺は、逆に踏みこんですり抜ける。

 そして、ラビのとき同様に剣の柄を背中に叩きこんだ。


「げごが!?」


 ロイルも無様な声を上げて校庭に激突した。

 やはり、力の差がありすぎる。

 ロイルも簡単に失神。これで終わりだ。


 ……って、しまった! 俺ひとりで倒してしまった。

 ま、いいか。下手にカナタがふたりを倒すと、余計な恨みを買いかねないしな。


「ふえぇ、わたしの出番~」


 カナタから情けない声がしているが、きっとこれから出番はあるだろう。

 むしろ、ここからが本番だろう。


「……シガヤ先生、ふたりともKOで終わりです。これで俺たちの勝利ですね」


 俺は背中に殺気を感じて、そちら――シガヤ先生のほうを振り向きながら訊ねた。


「……うふふ~。違いますよぉ~? これが終わりではなくて~……これからが終わりの始まりですから~」


 シガヤ先生は懐に手を突っこむと、俺に向けてなにかを放った。

 それは――三つの手裏剣。


「ふっ!」


 こちらの眉間・心臓・股関に跳んできた手裏剣を、全て瞬時に弾く。


「ふふふふふ~、本当にむかつくクソガキですねぇ~? 先生はガキのくせして強くて生意気な奴がめちゃくちゃ嫌いなんですよぉ~?」


 笑みを深めて胸元から苦無(くない)のような特殊な形状の短剣を手にする。

 ブワッと背中から暗い闘気が舞い上がり、敵意と悪意と害意を俺に向けてきた。


「ええぇっ!? し、シガヤ先生がっ!?」

「ふん、ついに本性を現したというわけですわね」


 驚くカナタを守るようにリリィが位置をとる。

 そして、俺とシガヤ先生に割ってい入るように師匠が転移してきた。


「やはり貴様がスパイか」


 魔剣を手にした師匠は、シガヤ先生のほうを見ながら冷たく告げる。


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