第39話「志半ばで終わった無数の命を背に」
「あまりにもあからさまだったので逆にスパイではないのではないかと思っていたほどだが……あまりにもお粗末な内通者だったな?」
「うふふふ~? 別に隠すつもりもなかったですからぁ~? どうせ世界は滅びるんですし~、細かいことはどうでもいいじゃないですかぁ~?」
シガヤ先生は狂気に満ちた笑みをこぼしながら、左手に死神を思わせる長大な鎌を出現させた。
「ほう……暗黒黎明窟急進派の秘蔵っ子『睦月の死神』だったか……噂には訊いていたが、まさか学園に潜りこんでいたとは……」
「そんなたいそうなものじゃないですよ~? わたしはただの怠惰な教師ですからぁ~、でもぉ~、こんな退屈な世界ならば~、滅ぼしたほうが楽しそうじゃないですかぁ~?」
笑みを深めながら快活にしゃべるシガヤ先生。
こんなゾッとする満面の笑顔は初めて見る。
「ほらほらほらぁ~、プライドだけは高い無能なクソガキども~、ロイルとラビ~、今度はちゃんと働いてくださいね~?」
シガヤ先生の言葉に弾かれたようにビクンッ! と身体が不自然に跳ね、気絶していたはずのロイルとラビが立ち上がった。
「くっ……?」
瞳が暗い紅に染まっている。
……眷属化だと?
「ふん、吸血鬼だったか」
「そういう変な呼び方しないでくださいよぉ~。わたしはバンパイアって呼び名のほうが気に入っているんですからぁ~。あと、正確にはわたしは吸血鬼と死神のハーフですからぁ~。あっはははははあぁあ~、久しぶりに楽しくなってきましたぁあ~」
笑うシガヤ先生の口に一対の牙が生える。
背中にも蝙蝠のような翼が現れた。
「ひゃあ!? し、シガヤ先生がぁっ!?」
「カナタ、落ち着きなさい。いちいち驚いていたら戦いに支障が出ますわ」
そうだ。リリィがいてくれて助かる。
しかし、シガヤ先生が吸血鬼と死神のハーフだったとは……。
ともあれ、眷属化は厄介だ。
本人の限界を超えて戦うようになるから命に関わる。
「ほらほらぁ~、ほかの子たちもちゃんと戦ってくださいよぉ~?」
シガヤ先生の声に合わせてクラスメイトたちにも異変が起こった。
「う」
「あ」
「ぐ」
こちらは眷属化ではなく隷属魔術っぽいが、全員が正気を失って俺たちに暗い瞳を向けてきた。
「ひぃい!? みんながぁっ!?」
「あなたはリアクション芸人ですの!? だから、落ち着きなさい!」
そう言うリリィはツッコミ芸人と化している。って、ふざけてる場合じゃないな。
ますます状況が厄介になってきた。
「ヤナギ、この吸血鬼はわたしがなんとかする。おまえは生徒たちからカナタを守りながらジェノサイド・ドール・弐式の襲来に備えろ」
「了解です!」
とはいったものの、今の俺は剣のほかに戦う術がない。
だが、やるしかない。
「ヤナギイイイイイイイイイイイイイイ!」
「今度こそ仕留めてやるよおおおおおお!」
ロイルとラビが狂気と狂喜に溢れた絶叫を上げながら、こちらに突撃してくる。
ネガティブな感情を思いっきりぶつけることが、そんなに楽しいか。
「力を得られることは嬉しいんだろうが自分で身につけた力以外に意味はないぞ」
しかも、眷属化なんてのは自分の人生を完全に他人に委ねる行為だ。
「誰かの下僕になるだなんてそんなつまらない青春もない」
剣を構え、先ほどとは纏う闘気が変わったロイルと交戦する。
眷属化により肉体強化されているため剣を振るう力が尋常ではない。
「だが、力頼みだな」
いかな筋力が上がっても、技は向上させられない。
絶え間ない鍛練の末に、技術は身につく。
「うるせえ! 殺す! おまえだけは絶対に殺す! 俺のプライドに賭けて!」
「プライドなんて戦場ではクソの役にも立たないぞ。それに囚われているうちは真の強者になるのは無理だ」
「うるせえ! うるせえ! うるせえぇ! なんだてめぇごとき庶民に説教されねぇとならねぇんだ! 叩っ斬る! 真っぷたつにしてやるぅ!」
こうやって好き嫌いの感情をさらけだせるということは、それだけこいつが恵まれた人生を送ってきたということでもあるだろう。
「戦場じゃワガママなんて言ってられないんだからな」
戦場では、どこまでも冷静に、冷徹に、冷然と――。
すべてを計算し尽くして、生きのびる――。
そして、周りを生きのびさせる――。
「るっせぇええ!」
感情を爆発させたロイルの魔力斬撃は校庭の地面を数メートルほど斬り裂いた。
だが、かわせばどうということはない。
「死ねよぉおおおおおおおお!」
そして、ラビは大規模魔法を行使してきた。
狙いは――カナタたち。
「リリィ! バリアだ!」
「わかってますわよ。わたくしを誰だとお思いですの?」
ロイルの斬撃を回避しつつ振り返らず叫んだが、すぐにリリィから声が返ってきた。味方にすると、これほど頼もしい存在はいない。
「舐めないでほしいですわね?」
チラリと後方を見ると、リリィの展開した菱形防御壁が完全にラビの魔法を撃ち消していた。
「さすがだな」
「目の前の俺を無視するんじゃねぇえええ!」
「っと」
ロイルの斬撃は勢いを増している。
さすがに余裕をかましすぎた。ギリギリでかわしながら、体勢を立て直す。
「おまえらは目障りなんだよ! ここは上級貴族の学園なんだ! それなのに強さだけで偉ぶれると思うなぁ!」
「学園だけがすべてじゃない。世間はもっと広い。世界は貴族だけでは動いていない。多くの人たちによって成り立っている」
最前線で多くを見てきた。
戦場になる場所には、それぞれの生活が、人生があった。
荒廃した村、略奪された町、屍となった両軍の兵士――。
「生きたくても生きられなかった人々がいる。数え切れないほどな」
「そんなの知るか! 俺の目に映るものだけがすべてだ!」
視野が狭い。しかし、仕方がないのかもしれない。
政治というものは、特権階級である上級貴族たちによって行われる。
ゆえに、庶民なんて税金を搾る対象としか見られないのだろう。
「だが、そこには確かに人生があったんだ」
村人の、町人の、兵士の屍は――よく夢の中に出てくる。
その無念を思うたび、俺はこの世界をどうにかしないといけないと思った。
最前線で戦うことに忙殺されて具体的にどうすればいいかわからなかったが。
「ソノン師団長は、師匠は……だから、ゲオルア学園の理事長になったんだと思う。世界を少しずつでも変えていくためにな」
「兵隊は兵隊やってりゃいいんだよ! 政治は貴族の仕事だ!」
「ノブレス・オブ・リージュ。形骸化してる言葉だが、本来は高貴ゆえの義務があるはずだ。義務を失った特権は、ただの腐敗だ」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うっせぇええええええ!」
眷属化で戦闘的になっているとはいえ、ここまで直情怪行な貴族も珍しいかもな。
「だが、俺は諦めない。少しずつ変えていく。戦いで犠牲になった人たちや戦場で散った仲間のためにもな」
俺は、俺ひとりで生きているわけではない。
俺の背中には、多くの人生が繋がっている。
志半ばで終わった、無数の命が――。
「死ねぇええええええええええええええええええ!」
「軽々しく、その言葉を俺の前で吐くな」
振り切られた剣に対してカウンターの斬撃を放ち一刀両断する。
ロイルの剣は刀身の真ん中から、真っ二つになった。
「ぐぅう! 認めねぇ! 麗閃一刀流が庶民の剣に負けるなんて認めねぇんだよぉ!」
「まずは自分の弱さを認めることだ。そこから道は開ける」
なおも折れた剣で斬りかかってくるロイルをかわして背後に回り込み先ほどと同じように柄を背中に叩きこんだ。
「ごぶが!」
だが、眷属化で強化されているからか倒れない。
「俺はおまえをいつでも鍛えてやる。俺と師匠だけで国は変えられない。これからはおまえたち次世代の貴族の力も必要だ」
「ぐっ! そんなの知るかよ! 俺はおまえを絶対に倒す!」
「……ま、今は眠っててくれ。忙しいからな」
変に肉体強化されているせいで厄介だが。上手く気絶させねば。
最前線で戦うことで、俺はあらゆる剣の使い方を会得している。
殺傷するだけが剣術ではない。生け捕りにする技術というのも必要になる。
捕虜にして情報を聞き出すことも重要な任務なのだ。
「いくぞ。柄打乱舞(つかうちらんぶ)」
気絶しやすい急所だけを狙ってひたすら「打撃」を与える技。「縮地(しゅくち)」という特殊な歩方を使っているので最小限で最大限の攻撃回数を出すことができる。
「らあああああああああああ!」
「ぬぐあぁああぁあああああ!?」
ロイルからすれば数十人の俺に襲われているかのように錯覚しただろう。
だが、俺はひとりだけ。
歩法と剣技だけで、分身したかのように見せることができる。
「あぐっ……!」
ダメージを受け続けたロイルは、ついに白目を向いてその場に崩れ落ちた。
ゾンビ化なら本人の意識が飛んでも戦い続けるが、眷属化ならそこまでの強制力はない。あくまでも隷属先から魔力を付与されるだけだ。
「思ったより手こずったな」
意外と根性がある奴なのかもしれない。
このプライドをいい方向に使うことができれば、いいのにな……。
ま、今はそんなことを言っている場合ではない。
状況を把握せねば。
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