第37話「常在戦場とクレープタイム」

「む。すでにジェノサイド・ドールは去ったあとか」


 師匠は魔剣を手に、周囲を見回す。スズネが結界内に入りこんだので、すぐに駆けつけてくれたのだろう。


「師匠、実は……」


 俺はスズネの口にしたことを説明した。


「なに? 明日の午後三時ということは、ちょうど模擬ペア戦のテストが終わる頃だな」

「師匠、念のため試験テストは中止して襲撃に備えたほうが……」

「いや、テストはそのまま行う。おまえたちは明日のために鍛練をしてきただろう?なら、それが終わってからでいい。明日、誰と戦うことになってもおまえたちならクラスの誰もをひとひねりで終わらせることができるはずだ」


 それは、まぁ、そうかもしれない。


「それに校庭に集まってくれたほうが全員の動きを注視しやすい。もっとも、暗黒黎明窟急進派に通じているスパイの目星はついているんだがな」

「……師匠、それはシガヤ先生ですか?」

「ああ。おそらくな」

「えぇえ!? シガヤ先生が!?」


 俺の推測に師匠は頷く。

 やはり、そうだよな。俺たちに対して露骨に悪意を向けていたからな。

 カナタは驚きの声を上げるが、リリィも予測していたのか平然としていた。


「ふん、あの教師のことは気にくわなかったですわ。わたくしが背を向けているときに露骨に睨みつけてましたからね。わたしが三百六十度視野展開魔法を使っていることも知らずに」


 魔法のスペシャリストであるリリィは、さすがだ。

 俺も剣術の極意でシガヤ先生から時折向けられてくる殺気に気がついていたが。


「そ、そんな、シガヤ先生が……ショックだよぅ……」


 一方で、カナタは落ちこんでいた。

 さすがピュアなカナタだった。


 ほんと、ロクでもない連中がのさばる世の中において絶滅危惧種みたいな存在だ。 俺たちがしっかりと保護せねば。


「ふ、それにしても『虚無の精霊』自ら危機を知らせにくるとはな。精霊にもカナタ・ミツミの心の清らかさが伝わったのかもしれないな。念のために今から結界を強化しておこう。カレキ委員長の力も借りてな。だが、万が一ということもある。夜襲にも警戒しておけ」


 にわかに緊迫感が強まってきた。

 この校庭が明日には戦場になるのだろうか。


「それでは、なにかあったらまた来る。常在戦場。臨機応変にあたれ」


 最前線で戦っていたときと同じ訓示をすると師匠は空間転移していった。

 師匠は常在戦場という言葉が好きなのだ。


「うぅ……こんな状況で明日のテストを迎えるなんて……」

「ま、やることは変わらないだろ。これまで鍛練したことをそのまま模擬戦で出せばいい。普通にやってれば、すぐに終わる」


 教室の連中が鍛練を積んだ形跡はない。


 俺たちが校庭の隅で練習をすればするほど「努力する奴らはダサい」みたいなふうに思おうとしていたようだ。それは教室内でかわされる雑談や雰囲気で感じられた。


 今までさんざん格下に見ていたカナタがすごい魔力に目覚めたので、接し方を改められないというのもあるだろう。


 あとは庶民だの転校生だといって排斥しようとしていた俺の剣技のレベルの高さを授業のたびに目の当たりにすればな。


「貴族といっても愚民は愚民ですわね。特にうちのクラスの連中はゴミクズですわ。寮生はまだマシですが」


 ゴエモン旅団長、いや、寮長兼料理長の美味いメシを毎日一緒に食べるようになったからか(師匠の命令で同じ時間に食事をとることが徹底されたのだ)寮生たちと俺たちの距離はだいぶ縮まっていた。


 今では普通に挨拶もするようになっているし、中には俺に剣技のコツを訊ねてくる者もいる。中級貴族のほうが変なプライドがないぶん付き合いやすかった。


「とにかく今日も寮長の美味いメシを食べて英気を養おう」

「うん、そうだね! あ、でも、今日は久しぶりにプレアさんのクレープ食べたい」

「本当に危機感がないですわね、この子は……。でも、わたくしもクレープとやらを食べたいと思っていたんですのよ。」

「うん、行こう! リリィちゃんと一緒にクレープ食べたいと思ってたんだ!」


 こうして俺たちは三人でクレープ屋に行くことにした。


 師匠が俺たちに常々言っている『学園生活で青春を送れ』というものは俺とカナタだけでなくリリィのことも含まれているだろう。


「それじゃ、行くか。しっかり警戒はしつつな」

「わたくしを誰だと思ってますの? 『殲滅の精霊』でありジェノサイド・ドール・壱式ですわよ?」

「えへへ、三人でクレープ食べるの楽しみ~♪」


 こうして友達ができるいうのはよいものだ。まさか、世界を滅ぼそうとした精霊やかつて救った少女と仲間になる日が来るとは思わなかったが。

 

 俺たちは明日に備えて英気を養うべくクレープ屋へと足を向ける。

 青春ってのは、悪くないものだ。

 改めて、そう感じた。


 『最前線の羅刹』と呼ばれた俺も、変われば変わるもんだ。

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