第30話「ステーキ&デザート~美味しい料理で心も豊かに♪~」

「よおっし! ちょっと早いがメインディッシュだぜ! ヤナギ! 切るの手伝え!俺ぁ肉を焼く!」

「合点!」


 俺も旅団長の言葉にあわせて「了解」と同じ意味の「合点」で応える。

 これは旅団長の故郷の方言らしい。戦地で料理を手伝ううちに覚えた言葉だ。


「肉を食いたい奴は並べぇ! 最高の焼きたてステーキを御馳走してやるぜぇつ! いくぞ、ヤナギ!」

「合点承知!」


 俺は師匠の横に陣取り、ナイフと小皿を横に置く。


「はわわわ、な、なにが始まるの~!?」

「はは、懐かしいな。兵士たちも目の前で肉を焼くと喜んだものだ」

「……どういう食事ですの?」


 慌てるカナタと懐かしむ師匠と首をひねるリリィ。

 寮生たちは、俺とゴエモン寮長の異様なテンションに呆気にとられている。


 俺たちの前に並ぶ者は出てこない。

 ならば、こちらから火蓋を切るまでだ!


「カナタ、ステーキの焼き加減はどれぐらいが好みだ?」

「えっ……! えっと、普通の感じ。み、ミディアムだっけ?」

「旅団長! ミディアム入りました!」

「ほいきたぁ!」


 ――ジュウゥウウウウウ~!


 師匠はステーキサイズに切り揃えられていた肉を取り出すと、鉄板で焼き始めた。

 たちまち湧き上がる肉を焼く音。そして、鼻腔をくすぐる香しい匂い。


「わ、わわ、わわわっ!」


 すぐ目の前で肉を焼くという趣向に、カナタは驚き混じりの歓声を上げる。


「くく、肉を焼く音というのは、いつ聞いてもいいものだ」

「まったく品のない調理方法ですわ。見世物ではありませんのに」


 そんなことを言いつつも、リリィの目はジュージューいい音を立てているステーキに向けられていた。


「ほい、出来上がり! ヤナギ!」

「合点!」


 俺はナイフを煌(きら)めかせると、ステーキを一口で運べるサイズに瞬時に切り揃えて小皿に乗せ、旅団長特製のステーキソースをサッとかけた。


「ほら、カナタ! 冷めないうちに食べるんだ!」

「は、はい!」


 カナタは返事をして皿を受け取る。

 なお、フォークもちゃんと乗せてある。


「い、いただきますっ」


 カナタは近くの机に小皿を置くと、ステーキを口に運んだ。


「……ふわぁ……!」


 極上の肉質のステーキであり、なおかつ一口サイズに切り揃えられているので少し噛んだだけで舌の上でとろけていく。


「す……すごい……! これ、しゅごいよ! おいししゅぎるよぉ♪」


 あまりの美味さに呂律の回っていない舌で感想を口にするカナタ。


「はは、うめぇだろ? ブランド的には無名だが肉質が最高のガノオ牛だからな! 復興のためにも今度からここの牛を使うからよ! みんな楽しみにしておけよな!」


 ガノオは冷涼な山岳地帯で、激戦地のひとつだった。

 さいわいなことに牧場は無事だったので、こうして出荷もできるのだ。


「ほれ、そこのお嬢ちゃんはどうだ!? レアかミディアムかウェルダンか!?」

「わ、わたくしは…………うぅ…………じゃ、レアで」

「ほいきたぁ!」


 旅団長の押しに負けて、リリィも注文した。


 調理法にケチをつけてたものの、目の前でこれだけ美味そうに肉を焼く音を聞かせられカナタの幸せそうな表情を見せられれば心も動くだろう。


「ヤナギ!」

「合点!」


 レアなのですぐに出来上がる。

 俺はナイフを煌めかせて、ステーキを切り分ける。


「ほら、リリィ!」

「えっ、ええ……」


 気圧されたようにリリィも皿を受け取る。

 そして、上品な所作でステーキを口に運んだ。

 みるみるうちに、リリィの表情が驚愕の色に染まっていく。


「……な、なんという肉質ですの! そして、この極上の味わい!」


 ふだんはクールなリリィが絶賛していた。


「っ……わたくしとしたことが、たかが人間の食べ物に対して、こんなに感情を動かされるだなんて……」


 しかし、すぐに自分の言動を恥じるようにリリィは顔を赤くしていた。


「ふふ、食べ物はバカにしたものではないぞ? 食事を素直に楽しめる者こそが最も幸せだと言っても過言ではない。ほら、おまえたち。この極上の肉をわたしたちだけで食べてしまっていいのか? この極上の肉はみんなのものだ! 並べ、並べ!」


 師匠は絶妙のタイミングで指揮力を発揮した。

 カナタ、リリィというデモンストレーションのあとなので、効果は絶大。

 寮生たちも鉄板の前に次々と並び始めたのであった――。


☆ ☆ ☆


「ふわぁ……♪ お寿司もデザートも美味しかったよぉ……♪」

「……あんなハゲオヤジの手から精緻かつ至高のスイーツが作りだされるだなんて……言いようのない敗北感を覚えますわ……」


 あのあとは旅団長の故郷の名物である『スシ』や、栗やサツマイモを使ったスイーツ『モンブラン』や『イモヨウカン』などを楽しみ、歓迎会は大成功のうちに終わった。


 旅団長はこの一年でさらに料理の腕に磨きをかけてお菓子作りまで会得したらしい。この貪欲な向上心は見習わねば。


「ふふ、美味い料理は人の心をほぐすことに役立つ。マズいメシを食い続けると心は荒廃する。旅団長を寮長兼料理長にした人選は我ながら上手くいったな」


 師匠も満足そうだ。

 さすが数々の作戦を成功させてきた智謀の持ち主である。


「寮にいる中級貴族の生徒は上級貴族の連中ほど凝り固まっていないからな。まずは落としやすいところから落とす。それが戦術の鉄則だ」


 師匠は旅団長が持ち込んだ『ショーギ』という盤面遊戯でも無類の強さを発揮していた。俺も暇なときにやってみたのだが、師匠にはまったく歯が立たなかった。


「まったくまどろっこしいですわね。さっさと人類など滅ぼしてしまえばいいのに」


「そんなことをしたら人類が築き上げてきた至高の料理も失われるぞ? おまえも、ずいぶんと料理を楽しんでいたじゃないか? 『モンブラン』と『イモヨウカン』を三つずつ食べたのをわたしは見ているぞ?」


「うぐっ!? そ、それとこれとは話が別ですわ! というか人の食事風景を盗み見るなんて恥を知りなさい、俗物!」


 師匠にかかればリリィも手玉にとられてしまう。

 さすが師匠。


「でもでも、本当に美味しい料理を食べられてよかったよぉ……♪ これから毎日食事が楽しみ♪」


 カナタも満面の笑みで今日の料理を讃えていた。

 ここまで明るいカナタの表情を見ることができて、俺としても和む。

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