第31話「過去と罪滅ぼしと寮内巡回」

「ふふ、カナタ・ミツミ。君も明日からは普通に起きられるようになるはずだ。遅刻令嬢の汚名も返上できるな。寮での生活も学園生活も大いに楽しむがいい」


 師匠が陰に日向に動いてくれたおかげで、カナタの生活は良い方向に激変することになったわけだ。


「ソノン学園長先生、本当にありがとうございます! わたし、まさか、こんな日が来るなんて思いもしませんでした……! ほんとに、ほんとに感謝してもしきれないです!」


「いや、むしろ謝りたいぐらいだ。暗黒黎明窟のゴタゴタに君を巻きこんでしまったわけだからな……。君が依代に選ばれていなければ少なくとも『遅刻令嬢』の汚名は着せられなかったはずだ」


「……悪かったですわね。わたくしがカナタの中に入っていたせいで。……まあ、これからはわたくしがいますからカナタに不快な思いをさせる人間はことごとく排除してさしあげますわ。それが、わたくしの罪滅ぼしでもあります」


 師匠だけでなくリリィからもそう言われて、カナタは両手を前に出して慌てた。


「罪滅ぼしだなんて、とんでもないよ! リリィちゃんに夢の中で魔法の指導をしてもらったおかげで、わたしの魔法のレベルすごく上がったわけだし!」


 睡眠学習も侮れない。膨大な魔力があってもそれを使う技術がないと暴発して術者の命に関わることもある。


 そう考えると、睡眠時にリリィによって術式の編み方を一年間じっくりと教えてもらったからこそ今日の模擬戦で精緻なバリアを張れたとも言える。


「遠からず暗黒黎明窟急進派の連中が動き出すだろう。寮にいるといっても油断しないでくれ。リリィ、カナタのことを頼むぞ」

「あなたに言われるまでもないですわ。わたくしを差し置いて新たな精霊を召喚しジェノサイド・ドール・弐式なんてものまで勝手に製作していただなんて。本っ当に不快ですわ! わたくしを用済み扱いするとは!」


 プライドの高いリリィにとって、暗黒黎明窟急進派の動きは許しがたいようだ。

 そこのところをあらかじめ話した師匠は策士かもしれない。

 これなら意地でも暗黒黎明窟急進派からカナタを守ろうとするだろう。


「ヤナギ。おまえの魔力復活についても色々と調べている。それまでは剣術一本となってしまうが、なんとか切り抜けてくれ。……まあ、仮に暗黒黎明窟急進派から刺客を送りこまれてもおまえの実力なら心配していないが」


「はい。大丈夫です、師匠。最前線で戦ってたときに比べれば建物で守られているだけマシですよ」


 戦場は全方位が敵ということもあった。死んだふりして足を掴んできたり木や崖を利用して上から襲いかかってくる奴までいたのだから油断も隙もなかったのだ。


 寮なら少なくとも罠の心配をしないで済む。戦場ではブービートラップもバカにならないのだ。精神が疲弊していると簡単なトラップにもひっかかってしまう。それで命を落とした仲間もいた。


「わたしも警戒は怠らない。結界も張ってある。それはそれとして学園生活も十分に楽しんでくれ。おまえには過酷な青春を送らせすぎた。この学園でまっとうな青春を送ってもらう。それがおまえを酷使したわたしの罪滅ぼしだ」


「罪滅ぼしだなんて、そんな。俺は、自らの意志で戦っただけです」


「だが、わたしは多くの若者を死なせすぎた。今でも夢に見るよ。わたしの作戦で死んだ者たちのことをな」


「師匠の作戦は、どれも最善でした。もし師匠が作戦を練っていなかったらもっと多くの被害が出たと思います。それどころか王都も落ちて数え切れない犠牲が出ていたかと」


 戦力的には帝国のほうが遥かに上だった。

 その劣勢を覆したのは師匠の天才的な作戦と指揮によるところが大きい。


「おまえがいなかったら、どの作戦も成功しなかった。そして、おまえがいなかったらジェノサイド・ドール・零式によって世界は滅びていた。あらためて感謝の言葉を述べさせてくれ。ありがとう、ヤナギ」


 そう言って、師匠は頭を下げた。


「ちょ、いえっ、俺に頭なんて下げないでくださいっ! 孤児同然だった俺を助けて鍛えてくれたのは師匠なんですから! 師匠は命の恩人であり俺を一流の剣客にしてくれた一生の恩人ですよ!」


 師匠からここまで頭を下げられるなんて初めてのことなので焦ってしまう。


「……わたしはいい弟子に出会えて幸せだ。ありがとう。それではわたしは私室に戻る。なにかあったらいつでも訪ねてきてくれ。二階の中央だ。……ああ、三階の中央には談話室があるから鍵の締まる二十二時半までは話してもいいぞ。あのスペースは男女兼用だ。それでは、カナタ・ミツミ、リリィ。ヤナギのことをよろしく頼む」


「ふへっ? は、はいっ!」

「別にあなたに指図されるまでもなくわたくしは自由にヤナギと接しますわよ」


 師匠はそのまま食堂を出て、廊下を出てすぐのところにある階段を上がっていった。ちなみに、一階の左側に食堂と厨房。右側に寮長室と倉庫がある。


「えっと、それじゃ、どうしよっか……?」

「わたくしも疲れましたわ。新しい機械人形に馴染むのには時間がかかるのに今日は魔力を使って長時間活動してしまいましたもの」

「とりあえず俺は男子寮の間取りだけしっかりと確認しておく。結界の貼ってある寮の中にまで刺客が入ってくる可能性は低いと思うが、いざというときのために備えておかないとな。談話室とかで話すのは、また今度だな」


 戦場となる可能性のある場所は、しっかりと下調べしておく。

 これも師匠や旅団長から教えられたことだ。

 地の利を得ておけば、それだけで戦いを有利に進めることができるのだ。


「う、うんっ。そだね。それじゃ、ヤナギくん。おやすみなさいっ」

「まったく、わたくしが学生寮で暮らす日が来るなんて……。昨日まで思いもしませんでしたわ。それでは、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」


 こうして共同生活をするというのも悪くないな。戦場にいた頃を思い出す。

 とはいっても戦場ではほとんど野営だったわけだし、いつも夜襲を警戒しなければならなかったので安心して眠れなかったが。


 俺はカナタたちと別れると一階から三階にかけて隅々まで寮内を回って、間取りを確認していった。


 基本的に学園と構造が似ている。廊下沿いに教室の代わりに部屋が並んでいるといった感じだ。


「ここが談話室か」


 最後に師匠の話にもあった三階中央の談話室にやってきた。

 男子寮側と女子寮側にドアが設けられており、テーブルとイスが並んでいる。

 魔導自動販売機も置いてあって、飲み物も購入することができる。

 ちょっとしたカフェテリアのような感じだ。


「…………」


 そこには先客がいた。

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