第29話「ハイパーごちそうタイム!~食堂の改革~」
☆ ☆ ☆
そして、晩餐の時間――。
「なんだ、すごい料理だな。今日は誰かの結婚式か?」
師匠はテーブルに並べられた極上の御馳走を前に感嘆と呆れの混じった感想を口にした。
「ふわぁああ……! す、すごいよぉ~……!」
「あら? こんな繊細な料理をこのハゲオヤジが作るだなんて。正直、驚きましたわ」
カナタの目は点になり、リリィも目を見張っている。
「ふふん、どんなもんでぇ! これで少しは俺の株も上がったろぃ!?」
師匠はコエードという地方城下町出身なので、感情が高ぶるとそこの訛りが出る。
やや巻き舌になるのだ。
「しかし、ほかの連中は食堂に来ないとはな? 庶民の作ったメシは食えないということか。この国の特権階級意識は、ここまで来ると病的ですらあるな」
師匠は微苦笑を浮かべながら嘆いていた。
「戦場じゃ同じ釜のメシを食うしかねぇってのに、どうしようもねぇやなぁ! ったく、寮生全員分のメシを作っちまったぜ! どうすんだ、これ!」
ちなみに寮生は食堂以外にも自分たちでデリバリーを頼むこともできるらしい。
「……学園長命令で強制的に呼び出して食わせるか」
「あら? どうせならわたくしの転移魔法で全員食堂に連れてくればよいんじゃなくて? 別に愚かな貴族たちと一緒に食事をとろうとは思いませんが」
「こんなにいっぱい美味しそうな料理を作ったのに、みんなに食べてもらえないなんておかしいよ! わ、わたし、みんなに食堂に来るようにお願いしてみます!」
そう言うと、カナタは駆け足で食堂から出ていってしまった。
「ちょ、カナタ! 俺も行く!」
本当にカナタは真面目だな……。というよりも献身的、いや、自己犠牲精神に溢れすぎている。
「ふふ、やはりカナタ・ミツミは次の人類の始祖に選ばれるだけあって実に清らかな心の持ち主だな。心洗われる思いだ」
「あなたのような鬼畜外道とは違いますわね? はぁ……仕方ありませんわ、カナタを放っておけないですし、わたくしも寮を回りますか」
「お嬢ちゃんだけ放っておけねぇ! 俺も生徒たちを説得するぜ!」
結局、みんなカナタに協力して寮の各部屋を回ることになった。
まぁ、五人で手分けすればそんなに時間はかからないはずだ。
……そして、十五分後。
俺たちの説得の甲斐あって、三分の一ぐらいの寮生が食堂に集まった。
残りの連中は「体調が悪い」だの「すでに食べた」だとか言って拒絶されてしまったが、まぁ、仕方ない。
「諸君、よく集まってくれた。今日は突然のことで申し訳なかったが、新寮生入寮と新寮長兼料理長就任、そして、わたしも寮に住むことになったので親睦を深めようと思い、このような会を催させていただいた次第だ」
師匠は朗々と謡(うた)うように挨拶を口にした。
さすが人の上に立つだけあって、こういうときの仕切りが上手い。
なお、パーティは立食形式で、すでに俺たちの前には人数分のコップが用意されており、各々が好みの飲み物を注いでいる。俺たちは葡萄炭酸水だ。
「貴族だ庶民だ家柄だなんだと色々とあるだろうが、人は美味い食べ物の前には平等だ。人間誰しも腹が減る。今宵は大いに食らい、胃袋を満足させてほしい」
「もともとパーティ用の料理だったから多少冷めても美味いもんだらけだぜ! あと温め直せるものは直したし今流行りのライブキッチン? ってやつで、みんなの前でも焼いてやらぁ! ま、戦場で目の前で焼くのは当たり前だったしなぁ!」
料理長の前には鉄板が用意してあった。寮に入るにあたって、持ってきたらしい。
戦場でも旅団長の鉄板焼きは好評だった。
「それでは、いただこうではないか! 諸君、今このときの食事を存分に楽しんでくれ! 乾杯!」
師匠の号令によって、俺たちはコップを掲げる。
といっても、寮生のほとんどはつきあってくれなかったが……。
ともあれ、食事は始まった。
カナタは目の前のテーブルからスモークサーモンと三種チーズの盛り合わせを小皿にとって、フォークで口に運ぶ。
「ふわぁ……」
一口食べて、カナタは目を丸くした。
「すごい、なにこれ、すごく美味しいよ!」
「ふふん、どうでい!? 戦地を渡り歩いたことで各地の特産品を知ることができたからな! 村から特産品を送ってもらうことで復興の役にも立つし俺たちはうめぇもんを食える! これぞ一石二鳥ってやつだな!」
なるほど。確かに戦地を渡り歩いたことで俺たちは王都の連中よりも各地の特産品について熟知している。
「今までは貴族に縁の深い地方の農産物しか寮の食堂は使っちゃならねぇみたいなケチくせぇ規約があったんだがソノン師団長が撤廃してくれたのさ!」
さすが師匠。食堂の改革まで行っていたとは。
「改革を成功させるには、まずは身近なところから。そして、人心掌握には胃袋から。古の書物にも書かれていることさ」
事もなげに言いながら、師匠はチーズを口に運んだ。
「ふむ。実に上質なチーズだ。貴族どもの領地のものとは訳が違うな」
続いて、リリィも同様にチーズを口に運んだ。
「あら? ここまでとは……侮れませんわね、このハゲの目利きも」
「ハゲは余計だぜ、嬢ちゃん!」
俺もサーモンやチーズを口に運び、その横のミニサンドイッチも食べる。
正方形状になるように、綺麗に切り揃えるのは俺の役目だった。
「うん、うまい! さすが旅団長!」
この武骨なおっさんから、これだけ繊細な味わいの料理が作られるのだから魔法みたいなものだ。
俺たちが料理を絶賛しているものだから、パーティ参加に乗り気でなかった寮生たちもコソコソと目の前の料理に手をつけ始めた。
「……う、うまい」
「な、なんだこれは」
「信じられないわ!」
やはり美味いものの前に、人は正直だ。
感嘆の声を抑えられずにいる。
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