試練
力を求めて1
風が強く吹いている。
それにあおられた噴水の飛沫が、ざっと音をたてて水面を打つ。
「起きられました?」
大きな傘が強い日差しを遮っている。何度かまばたきを繰り返して、ナディアは目を擦った。
「んまぁ、すやすやと。すっかり午前の
「しょうがないわよ。ナディア様ったら昨夜は殿下と2人きりで、たぁっくさん、お楽しみだったのですからぁ。ねぇ? ナディア様」
扇で風をおくるザハルのぽってりした唇がにっこりと笑顔をつくる。
たしかに昨晩、部屋に戻ったのは遅かった。寝不足による疲労感はあるし、身体は変な感じに痛む。それがジャミールのせいだと言われている恥ずかしさよりも、ナディアはまだ夢の名残のなかにいた。
「……私、寝てた?」
「はい。おはようございます」
柔らかい膝枕の感触すら現実と同じ、変な夢だった。
「カミリヤ」
「はい、ナディア様」
こちらを見下ろす侍女の微笑みが、夢の中の少女と重なる。
(夢のカミリヤがこのカミリヤで、アマール様がジャミールのお母様だとして……)
自分はいったい、何を見たのだろう。
起き上がったナディアは、ここが北の宮から一番近い庭園で、星見の庭と呼ばれている場所だということを思い出した。
「あの……あなたたち夢占の庭ってご存じ? 後宮にあるのかしら」
若い侍女たちはお互いの顔を見合わせた。
「どこですの、それ」
「どうしましたの、起き抜けに。夢占の庭、ですか」
カミリヤは一瞬面食らったかのように目を瞬いたけれど、「懐かしいですね」と呟いたときにはもう、いつもの彼女らしい穏やかさで皆を見渡していた。
「夢占の庭は霊廟にあったのですが、ひと昔前に埋められてしまいましたのよ。あそこを愛していたお妃様が亡くなったときに、王がそのようにされたのです」
へぇ、と相槌を打つライムーンたちは知らなかったようだ。
カミリヤが知っているとなれば、それほど昔の話ではないだろう。彼女の年齢についてはナディアはもちろん、ここの誰もが知らないようだけど。
「霊廟って、お墓のこと……よね」
「ええ。北の宮の、さらに北側の建物ですわ。初代ドゥーヤ王ナハル・アル・アリーブ様から代々、王族のご遺体がおさめられているところです」
不思議そうに首を傾げるカミリヤは「ご興味が?」と、ナディアの真意を探るような目をしている。
(……全部を話すのは、よくない気がする……)
味方とはいえ、彼女らはファラーシャと繋がっている。あの神官長にジャミールとナディアの逃亡計画が漏れないためには、極力すべてを秘密にしておくのがいい。
(だめだわ、寝起きでぼうっとしていた。気をつけないと)
「いいえ、なんでもないの。ちょっと耳にしたものだから」
「そうですか」
けれどどうも気にかかって、話を終えても夢の中の王妃と王のことを考えてしまう。
(あの夢が本当の話だったらいいのに。そうしたらジャミールは、国王様への恐怖に囚われずにすむのではないかしら。自分が両親に愛されて生まれてきたってわかれば……、当時の様子をカミリヤに尋ねて……ううん、だめ。うっかり夢占の庭のことを聞いてしまったし、変に思われちゃう)
そういえばうんと小さい頃のナディアは、妙にはっきりした夢を見ることがあった。過去視、というのだったか。それもこの本に書いてあった気がする──。
(ジャミールと話してから、少しずつ、思い出してるんじゃないかしら……この調子なら、もしかしたら全部思い出せないかな)
服の中に隠してあるまじないの本をそっと確かめる。今はこれだけが頼りだ。
(なんだろう、今なら読める気がするんだけど……)
ナディアは侍女らをともなって、北の宮の自室へと急いだ。
腕に描かれたジン除けの紋様がピリピリして、噴水の音がやたらと耳に残るのが気にかかった。
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