第40話 理由

 失意の中、異国へ渡ったブルーノは、滞在先の城で一人の王族の姫に出会った。

 彼女もまた、恋人を病で亡くしたばかりだという。傷を舐め合うように、二人は穏やかに距離を縮めていった。

 そして、滞在最終日。彼女はブルーノにこの地に留まるよう懇願した。王位継承権にはかすりもしないほど遠いが、王家の血を引く女性に、ペルグラン伯爵も要請を受け入れた。そして、ブルーノも……散々迷ったものの、彼女の願いを聞き入れた。

 かくしてブルーノは、異国の地で、王族の姫の伴侶として暮らすことになった。


「……ちょっと待ってよ」


 ノノがしかめっ面で話を遮る。


「それって、レナのお葬式から一〜二ヶ月くらいのことでしょ? ほぼ喪に服してないじゃん。正式な婚約者が死んだってのに、あんまりにも薄情じゃない?」


 珍しくまともな抗議をする狐の子に、人間の騎士は困ったように首をすくめた。


「これには外交も絡んでいるんだ。それに……」


 ゲオルグは言いにくそうに、レナロッテを横目で確認し、


「今にも後を追いそうに落ち込んでいたブルーノが、生気を取り戻したんだ。誰も反対できなかったよ」


 ……ズキン。

 右腕と心臓が軋む。レナロッテは上腕を握って痛みに耐えた。


 ――話は続く。


 理由もなく異国の騎士を滞在させておくわけにもいかず、姫の城は早々にブルーノを結婚間近の婚約者と公表した。

 そうなると、ペルグラン伯爵家も傍観しているわけにはいかない。


「で、レナの触手爆発祝菓子事件に繋がるわけか」


 運悪く異国からブルーノの結婚を報せる便りが届いた日、レナロッテが街に帰ってきていた。


「その後、つい最近、俺は将軍と共にセニアの街に戻ってきたのだが……」


 部隊長は上目遣いに言葉を選びながら、


「ペルグラン邸は恐慌状態だった。その……レナロッテの幽霊が出たって」


「え?」


「ブルーノを恨んでバケモノになって暴れたと。住民にまで被害が及んで……最期は森に追い詰められて、憲兵隊に焼き殺されたと噂になっていた」


「うわぁ。どうする? レナ。九割真実じゃん!」


 ノノの容赦のない発言に、レナロッテはグハッとテーブルに突っ伏した。

 ……もう二度と、街には戻れない……。


「ってことは、鬼のおっさんはその噂を頼りにまたレナを捜しに森に来たの?」


 ゲオルグは「おっさんて呼ぶな」と渋い顔をしてから、


「そうだ。伯爵邸のメイドが間違いなくあれはレナロッテだったと言っていたんだ。だから……自分の目で確かめたかった」


「隊長……」


 義理堅い上官に、部下の胸は熱くなる。


「一介の部下を、そこまで気に留めて頂きありがとうございます。ブルーノのことも教えてもらえて感謝しています」


「うむ。……俺も、レナロッテが生きていて嬉しかった」


 無骨な表情を緩めて、鬼神がはにかむ。


「でも、ブルーノのことや街のことを考えて、私はこのまま死んだことにしておいた方がいいと思うのです」


「まあ……それはそうかもな」


 レナロッテの言に、ゲオルグは複雑そうに頷く。


「なので、私が生きていることは、ゲオルグ隊長の胸に収めておいていただけると助かります」


「ああ。……分かった」


 了承する上官にほっとして、部下は頭を下げた。


「今日は会えてよかったです。本当にありがとうございました。騎士団のみんなに挨拶できないのは寂しいけど、私は私なりに精一杯生きていきます。さようなら、ゲオルグ隊長」


「は? いや、ちょ……」


「ちょっと待ってよ!」


 別れの言葉で締めくくろうとしたレナロッテに狼狽え出したゲオルグ。そんな騎士達の間に割って入ったのは狐の子供だった。


「レナ、何勝手にこの場をお開きにしようとしてんの? 鬼のおっさんはまだ本題に入ってないじゃない!」


「へ? 本題??」


 キョトンとする鈍い女騎士に、弟子は呆れたように魔法使いを振り返った。


「ほら、お師様も! ポンコツレナに何か言ってください!」


 フォリウムはこてんと首を捻って、


「うちになら、いつまでも滞在してて平気ですよ?」


 ……師匠もポンコツだった。


「ちーがーうー!」


 察しの悪い大人達に、推定二百歳以上の幼児は大爆発した。


「レナもお師様も、揃いも揃ってどーしてそんなに鈍いの! ちゃんと状況見て! 空気読んで!」


 珍しく、フォリウムにまで纏めて暴言を吐く。


「この鬼おっさんがなんでここに来たか、よく考えて!」


「それは……部下の安否確認だろ?」


 当然、とばかりにレナロッテは返すが、


「それもあるけど……」


 ノノは赤毛頭をクシャクシャに掻きむしると、キッとゲオルグを指差した。


「いい、レナ? このおっさんは、レナのことが好きなの!」


 びしっと断言する。


「死んだって聞いても信じられなくって、バケモノになったって言われても諦めきれなくって、この森にレナを捜しに来たの! それくらい、レナが大好きなの! このおっさんは、レナを連れて帰る気なの!」


 尻尾をぼわぼわに膨らませて鼻息荒く懇切丁寧に解説する子供に、大人の女性は目を皿にする。


「ま、まさか! 隊長が私のことなんて。……ねえ?」


 動揺を無理矢理笑いに変えて、レナロッテはゲオルグを振り返る。


「……」


 当の本人ゲオルグは、巨体を縮こめ、子犬のように肩を震わせ、膝に載せた拳を握り真っ赤な顔で俯いていて……。


 …………。


「えええぇぇええぇぇ!?」


 レナロッテの驚愕の叫びが、しずかな森に轟いた。

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憑かれた女騎士は森の魔法使いに癒やされる 灯倉日鈴 @nenenerin

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