第39話 ゲオルグの話
――ゲオルグがレナロッテの訃報を聞いたのは、彼女が療養を始めて二ヶ月ほど経過した頃だった。
ペルグラン将軍の外遊の同行のために近くの砦に駐留していたゲオルグの部隊は、慌ててセニアの街に駆けつけた。
療養所に入ってすぐレナロッテは家族以外面会謝絶になったので、ゲオルグは彼女に会っていなかった。婚約者のブルーノも、日に日に症状の悪化していく彼女を見るに忍びなく、病室への足が遠のいていたという。
レナロッテの葬儀は、ペルグラン伯爵邸でひっそりと行われた。身内のみの参列で、彼女の所属部隊からは代表でゲオルグしか式に呼ばれなかった。軍人の戦死なら楽団が国歌を演奏し、軍隊が棺を担ぎ墓地までの道を行進するはずなのに、正式な手順は一切踏まれなかった。
ただ、祭壇の前に献花して終わり。棺の蓋が開けられることもなかった。
……今、思い返せば当然だ。棺の中にレナロッテはいなかったのだから。
翌日は異国へと旅立たねばならない。早々に片付けられた葬儀の場に、ゲオルグは居たたまれずに外へ出た。
そして……ふと、妙な噂を耳にした。
一週間ほど前、療養所の付で魔物が目撃されたと。
それは、不快な臭いを撒き散らす紫の粘膜を纏っていて……人間の女に似た形をしていた、と。
そしてその魔物は、森の方角へ消えていったと。
ゲオルグは紫の粘液に覚えがあった。豹の死体から吐き出され、レナロッテが受けてしまった謎の物体。……すべての元凶。
彼は藁にもすがる思いで森へ向かった。そして……。
「ボクに会ったのか」
言葉を継いだノノに、ゲオルグは頷く。
「正直、あの時は噂を信じていなかった。ただ、森を見て自分を納得させたかったんだ」
……レナロッテが、死んだという事実を。
「あー、葬式帰りだったから、あんな格好してたんだ」
ノノは勝手に得心する。
「軍服の左袖に黒い布巻いてたでしょ? あれって……」
「喪章だ」
レナロッテは複雑な表情でため息をつく。まさか、自分の葬式が行われていたとは。
当時、ノノから話を聞いた彼女は、ブルーノが捜しに来てくれたと信じて喜んでいたのに。
ゲオルグは話を続ける。
「それから、俺達は将軍の護衛として外遊に同行した。その中にはブルーノもいたのだが……落ち込み方が酷くてな」
無理もない、婚約者を亡くしたのだから。屋敷に残そうという案も出たのだが、父であるペルグラン将軍が却下した。父は常々、軟弱な三男を苦々しく思っていたのだ。
元使用人であるレナロッテは、その辺りのペルグラン家の事情をよく知っている。伯爵は勇猛さを好み、繊細なブルーノの扱いに困っていた。だから武功に優れたレナロッテとの婚約を喜んでいた。
無理矢理同行させられた異国の地で、ブルーノは新たな運命に出会った。
そこまで語るとゲオルグは言葉を切り、部下を見た。
「ここから先は、聞きたくなければ省こう」
気遣いからの申し出に、レナロッテはいいえと首を振る。
「全部教えて下さい。知らなければ、私はきっと……」
……先に進めない。
レナロッテの強い意志に頷いて、ゲオルグは話を再開した。
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