往信1

ちりりん、という鈴を鳴らして、俺は重い木の扉を開けた。

昨日調べた時に、まだ営業してて驚いたが、

実際その場所に来てみてもっと驚いた。


店内は17年前と同じようにひんやりしてて、

オレンジ色のランプがあたりを申し訳程度に照らしてた。

店内では爺さんとばあさんが一組、たまにぼそぼそ話ながら飯を食っている。


もっと驚いたのは、奥のカウンター席に新聞を広げて読んでる爺さんが居たことだ。

この喫茶店、マジで時間止まってんじゃねえか?


おれはふらふらとテーブルに手をつき、あの馬鹿でかい椅子を引いた。

店員に紅茶を注文して、鞄に入ってた紺色の封筒とメモ帳代わりのB5のノートを取り出す。


俺はすでに何度も読んでくたびれた手紙を開き、

もう一度読んだ。

それからノートを一枚破き、ペンを走らせ始めた。







そき姉へ。


久しぶりだな。

手紙ありがとう。

読むの遅れてごめんな。

引っ越ししたときに住所変更が遅かったから、

戻って来ちまったんだな。

住所わかんなくてもメールとかもあるし、

SNSでつながってるし良いかって思ってた。

ホントごめん。


手紙読ませてもらった

――――てか今更カップ数とか俺が恥ずかしくなるだけだから

勘弁してくれよ。

同時に、当時のこととか、その後のこととか思い出して、

俺めちゃくちゃ恥ずかしくなったんだけど?


てかさあ、何年経っても幾つんなっても、

後悔とか恥ずかしいって気持ちは更新されてくんだなって思ったら、

なんかちょっと生きるのヤになっちまったよ。

いや生きるけど。

あんたも、自分の過去を恥ずかしいと思えるのは、

成長の証なんじゃないかい、とか言ってくれるだろうと思う。


手紙読んで、

あんたも焼き肉食べたときのこと覚えててくれてんだなって

うれしくなったよ。

でその先読んで「は?」ってなったんだけど。


は?寂しい?ふざけんなよ、

俺の方が絶対寂しかったよ。


俺あのときあんたに告白するつもりだったんだからな。


告白っつうかプロポーズ?

指輪も安い奴だけど買ってもってってたんだぜ。

驚いた?


でもあんたあんとき指輪してたじゃん。

肉食べた後、俺泣きながら駅まで歩いたんだぜ。

すげえ無様だろ。

周りの奴らがじろじろ見てたよ。

あれはぜってえ俺の人生の中でも情けない場面ワースト3に入る。


しかも、かなり後になって、なんかのタイミングで

(ネギ送ったときのお礼のタイミングだったか?)

「職場がおカタくて、一応指輪をしている」

ってあんたが言ったとき俺がどんな気持ちになったかわかるか?


俺そんとき別の女と暮らしてたのに、

しばらくショックでセックスレスになったんだからな。

マジで責任取れよな。


まあそれはいいとして。


あんたと分かれて一年後、

けっきょく俺はあんたの側に居られないんだって思ってから

――――や、ほんとはどうだったか知らねえけど――――

俺はあんたを忘れることに必死になってた。


だって、そうじゃなきゃマジで死にそうだったから。

生きてく理由が全部あんただったから、

また一からいろいろ積み上げ直さなきゃいけなかったんだよ。


でも逆に良いこともあった。

バカみたいに必死だったから、

真面目な奴って勘違いされて、

仕事では高評価だった。


それに、初めてパートナーって言えるくらい

長い付き合いの彼女も出来た。

そんときあんたに送った年賀状は、

おれのささやかな対抗心だった。


でも、まあ、そういうのってなんでもそうだけどさ、

上手くいってるときはいいんだけどさ。

なんかひとつでも上手くいかなくなったとき、

やっぱあんたのこと思い出すんだよな。


どーしてるかなって。


泣いてねえかなとか。

いや、あんたは俺より全然強いけど。


あとは――――今どんな本読んでるのかなとか。

まだあそこで働いてんのかなとか。

あの同僚は今考えてもぜったい下心あったよなとか。


いや、わかってる。

ばかみたいだって。

俺もそう思うもん。

少ない情報を何回反芻してるんだって。

拾ってきたエロ本ずっと使ってる中学生かよって。

でもしょーがねえの、全部事実だから。

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