往信2

まあ、そうだな。


『そんな未練があるなら、なんでそう言わないんだ。

全然そんなそぶり見せなかったじゃないか』


って、あんたは言うかもしれない。


まあ、そうだな。

うん。言えばよかった。

でもなんで言わなかったっていったら

――――平たく言えば、怖かったんだ。


あんたともう一回会ったら、

おれは一瞬であんときに戻る自信があった。


そしたらあんたがなんて言おうと、

他の者全部なげうってでも、あんたしか欲しくなくなる。


あんたがそれでいいって言うならいい。

でもそうじゃなかったとき、

俺はいままでこっちで必死に築き上げてきたもんを全部失っちまう。


それでもいいか、て思うには、

おれは社会人としての自分に、アイデンティティを持ち過ぎてた。


いや、なんだこれ、俺あんたみたいな回りくどい言い方してんな。

ただびびってただけ。本当は。



つうかあんたさ、この手紙で時効だ時効だって言い過ぎじゃね?


なんでそんな急に達観してんだよ。ばーさんか?


でも――――

そうあんたが言うなら俺も言うけどさ、

おれ、あんたが入院してるって知ったあのとき――――

ホント死ぬ程ショックだったんだよ。


マジで、足場が揺らいで、

急に無くなって奈落の底に落ちてくみたいな怖さっていうか。


あんな感覚は初めてで、そんとき俺「あ、やべえな」って思った。

そんとき初めてわかったんだ。

おれやばいくらいあんたのこと好きなんだって。


とか言うとさあ、あんたは「今更だな」とかいって尊大に笑いそうだけど。

まあいいや。




だからさ俺、今ちょっとほっとしてんだ。

もう一生、俺の人生壊れることはねえって事だからさ。


でもその反面、

めちゃくちゃ悲しくて寂しくてやるせなくて苦しくて辛くて

体中の骨とか臓器がばきばきに折れてるみてえに苦しいよ。


俺、ほんとにあんたと一緒に居たかったんだ。


いまならわかるよ。

それだけを望んでたんだ、俺はずっと。

なんでわかんなかったんだろうな。

いやわかってたのになんでおれ

今までぼーっと生きてたんだろ。

最低最悪のクソ馬鹿野郎だ。


最後に、すげーバカなこと書くけど、許してな。


次生まれ変わったら、俺と一緒に居てくれる?


次は絶対言うから。一生一緒に居てくれって。

あんたがなんて言おうと、俺はあんたの幸せのためだけに生きるって。




俺はペンを置いた。

便せんの文字がゆらゆらとにじみ、

紙にぽたぽたと涙が垂れた。

俺はそれを手で乱暴に拭う。

破いたメモがクシャリと歪んだ。


顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

それなのにどっかで、

おれほんとこの人のこと好きだったんだなあって

冷静に考えてた。


俺はティーポットから紅茶のおかわりをカップに入れた。

冷えて濃くなった紅茶がちょろっと出る。


カップを持ち上げると、紺の封筒から、

そき姉のくれたしおりがはみ出てるのが見えて、

おれはそれを引っ張り出した。


ピンクの和紙に、和歌が書いてある。

俺は苦笑しながらそれを裏返した。

おいおい、俺がピンクってがらかよ。


つうか和泉式部って恋人と死に別れてんだろ。

縁起悪すぎだろ。

おれは涙で腫れた目で、そのしおりの和歌を詠んだ。


――――君恋ふる心は千々にくだくれどひとつも失せぬ物にぞありける――――


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