触るか

「胸、触るかい?」

「は?」


外からは雨の音がしてる。

俺は片手にマグカップを持って、汚えテーブルを拭きながら、そき姉にあほ面をさらした。


「な……なんで?」

「この前トランプで勝っただろう」


そき姉はぽかんと口を開けている俺の前で、ベージュのカーデガンを脱いだ。

白いタートルネックに包まれた爆乳のかたちがはっきりとわかる。

おれはつばを飲み込んだ。


どうしてこんなことになったのかというと、事の発端は3日前の電話だ。

そき姉から電話が来ることは珍しい。

そき姉は、俺んちの近くまで来る用事があるから、ついでに家に行ってもいいかと聞いた。


俺はうれしさよりもむしろ戸惑った。

いつもつるんでるような奴らならいい。

同じように貧乏だから、汚さにも狭さにも慣れてる。

でもそき姉はそうじゃねえ。

っていうかこの家はそもそも車椅子に対応してない。俺んち二階だし。


それでもそき姉は頑として譲らなかった。

けっきょく介護士を二人連れて俺んちまで来た。介護士の人はそき姉をおんぶして俺の部屋まで運び、クソ重い車椅子(一応軽い種類らしいが)も一緒に運んでくれた。


じゃあ、時間になったら迎えに来ますね、と言ってニコニコ去って行く奴らを、おれは素直に尊敬した。

そき姉を運ぶ難しさなら、少しは知ってる。


そう、そんで二人きりになって、たわいもない話をしてるとき――――そき姉は急に冒頭の言葉を言ってきたのだ。


「なんだ。触らないのか」


そう言ってそき姉はカーデガンに再び袖を通そうとする。


「あ――――っいやっ触るっ触るからちょっと待てよっ」


俺は慌てた。慌てて水をこぼした。

俺は舌打ちしながら床を拭く。


「なんだよ急に。今度はどんな裏があんだよ」

「裏なんてないさ」

「うそつけ。ずっとじらしてたじゃん」

「じらしてたつもりはないのだが」


嘘つけ。

俺は顔を上げ、タオルを絞りながら真面目な顔で言った。


「てかそき姉……おっぱい触られたことないだろ?」

「ある」

「は⁉誰に⁉」

「友人だ。学生時代に、たまにあるじゃないか。

女子同士胸をもみ合うイベントが」

「聞いたことねえよ」


俺は頭をかきむしりながら目を瞑り、深呼吸した。

落ち着け。いやでも罠かも。

いや――――でもそんな風には見えない。

俺は頭の中でぐるぐる考えた末、俺は目をかっと見開いた。


「そうだ。もう一つの条件って何だよ。そき姉言ってたじゃん。トランプに勝ったら胸触らせてやるけど、一つ条件があるって――――」


そき姉は数秒の間きょとんとして、そして言った。


「ああ。そうだったかもしれないな」


俺もしかして今すっげー余計なこと言った?


「まぁ、そんなに難しいことじゃないさ――――私も触っても良いか?」

「は?自分の胸を?どうぞ?」

「ちがう」


そき姉は俺を指さしながら言った。


「君のだ」

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