第45話 入稿完了!

 それから怒濤の土日が過ぎた。

 俺は原稿全体の修正を進め、まひるさんは表紙の仕上げとラストシーンのイラストを。

 夕姉はルルゥの衣装をブラッシュアップして細かいところまで完成度を上げ、さらに当日に向けてスタイル意地やお肌のチェックなど自分自身の管理調整。

 そして夜雨はクライマックス以降のルルゥのボイス収録。特にセリフは修正が入ることもあったため、夜雨にはかなり面倒を掛けたと思う。衣装やボイスは入稿後も修正が可能だが、原稿とイラストはそうもいかないため、夕姉と夜雨は俺とまひるさんに気を遣ってくれたみたいだ。

 とにかく朝晩も関係なく作業を進めて限界が来たら仮眠。起きてすぐ作業みたいなスタンスでやり続けていたため、風呂に入るのも集中が途切れてもったいなく感じるくらいだった。とにかく大変だったが、それでも家族一心となって一つのモノを作る時間は楽しかった。


 さすがに日曜の昼頃になるとみんなもうだいぶ疲れていたが、その頃には俺の原稿修正も完了。あとはみんなの作業のサポートをしつつ家事を――という感じだったのだが、さすがに俺もだいぶ疲労が溜まっていた。創作ならともかく、掃除や洗濯、洗い物、雑用一つに向き合う気力もスッカラカランだ。しかし、せめてちゃんとしたもんくらいは食ってもらわねば!


 そんな思いでキッチンに立ち、お手軽ミールキットの昼食を作っていた俺のスマホが震える。


「――ん? もしもしハルか。どした?」


 友人からの通話に出ると、ハルが『やぁ』と軽い前置きをして言った。


『ちょっと外に出てこられるかい?』

「外? お前、こっち来てんのか? ちょっと待っててくれ」


 コンロの火を止め、エプロン姿のままリビングを抜けて玄関へ。今はみんなそれぞれの部屋で作業に当たっているため、こっちにいるのは俺一人だけだった。


 玄関のドアを開けると、門のところでハルが「やぁ」とまた同じ挨拶をした。

 サンダルでそちらへ出向く。するとハルはなにやら詰まったスーパーのビニール袋を二つほど手渡してきた。


「うお、結構重いな。なんだこれ、栄養ドリンクか?」

「うん。他にもブドウ糖とかバランス栄養食のバー、あと温かくなるアイマスクも入れておいたよ。追い込み中の差し入れになればと思ってね。ちゃんと四人分用意したよ」

「マジか、サンキュな! いや助かるけど……お前んち3駅も先だろ。わざわざこれ届けに来てくれたのかよ」

「なんだか家にいても落ち着かなくてね。外に出たついでにさ。それじゃアサヒ、がんばって。ご家族にもよろしく」


 そう言って爽やかに手を振って歩き出すハル。


「おいハル! ちょっと待て!」


 引き留めると、ハルはすぐに振り返った。


「せっかくだから少し手伝ってけよ。お前、そのつもりで来てくれたんじゃないのか?」


 俺が軽口でそう言うと、ハルはちょっと驚いた顔をした。

 けど、小さく笑いながら戻ってくる。


「掃除や片付け、雑用くらいなら僕にも出来るかな」

「十分助かる。んじゃ家族に話してくるな」

「うん。アサヒ」

「なんだよ?」

「ごめん。君は逃げない人だよね」


 その言葉に、俺は少しだけ返事を考えて返した。


「ま、逃げそうになるとケツ叩くやつらが近くにいるからな」


 俺がニッと笑うと、ハルはまた小さく笑った。



 そのままハルを連れて家に戻り、まひるさんたちにハルのことを簡単に紹介した。


「朝陽ちゃんのお友達のハルくんですね~♪ いつも朝陽ちゃんと仲良くしてくれてありがとう~。お手伝い助かります~♪」

「へーイケメン君じゃん! うちの弟くんがお世話になってます! じゃ掃除は任せた!」

「兄さんの……お友達さん……。あ、あの……こんばんは、です……」


 まひるさんと夕姉はすぐ受け入れてくれたが、夜雨だけはいきなりの男性客の訪問に戸惑いを隠せないでいた。けど俺の友人ってこともあって、そこまで避けるようなことはなくてよかった。ハルも強引にコミュニケーション取りに行くヤツじゃないからな。程よい距離感を保ってくれて助かる。


 そんなハルのおかげで俺にも余裕が出来て、みんなで早めの昼飯を食ってラストスパートを掛ける。第三者であるハルの客観的な意見でより面白くなった部分があると思うし、元々ハルと俺はアニメの趣味が合うから、美空家のみんなとの会話にもスッと入ってこられたようだ。そのうちに夜雨も多少は慣れてくれたようで安心である。


 夕方になると、ハルは「これ以上は邪魔になるかな」と言って帰っていった。あいつの差し入れのおかげで夜の作業も捗り、美空家みんなで高い集中を保てていたと思う。今度あらためて礼を言わないとな。


 ――そして締め切りの21時がギリギリに迫った、20時55分。


 家族みんなで俺のノートパソコンに向き合う。

 俺はマウスをクリックして、入稿の手続きをすべて済ませた。


「――よっしゃー終わったっ!」


 振り返る俺。まひるさん、夕姉、夜雨がそれぞれ表情を明るくする。

 そして家族四人でバンザイをし、ハイタッチし合う。


「みんな本当にお疲れ様っす! まひるさん、時間ギリギリだったのに最後までイラストにこだわってくれてありがとうございました!」

「全力を尽くすのは当然のことですよ~♪ 朝陽ちゃんも、夕ちゃんも、夜雨ちゃんもお疲れ様~。とっても素敵な作品になりましたね~♪」

「あ~ほんっと疲れた! あたしとよるちゃんはまだ手をつけられるけど、とりあえずこれで一安心ね! 弟くんやればできんじゃん! 逃げずにがんばって見直したぞ、男の子っ☆」

「お疲れ様……でした……。兄さん、とっても……がんばった、ね。夜雨……やっぱり、兄さんが…………あ、に、兄さんのお話が……好き、だよ」

「まひるさん……夕姉……夜雨。ありがとな!」


 それぞれに感謝の念を示す俺。三人がいなかったら、とてもここまでやれなかっただろう。


 そこでまひるさんが服をパタパタしながらいつぶやく。


「う~ん。昨日はシャワーだけでお風呂に入れなかったから、なんだかベタベタしますね~」

「あーそうそうっ、あたし以外ちゃんと入ってないんだからさ、とっとと入ってきなさいな! 入稿終わりのおフロ、マジサイコーよ!」

「そういやそうだったな。よし夜雨、一緒に入るか」

「う、うんっ!」


 嬉しそうにうなずいてくれる夜雨。可愛い。

 さて、そんじゃあひとっ風呂浴びてさっぱりしてくるか!

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